〈秋分の日・映画「国宝」を〉歌舞伎役者の「血」を拠り所にしている 中村米吉が語る映画「国宝」と歌舞伎界のこれから
9月23日は秋分の日。祝日に大ヒット上映中の映画「国宝」を楽しんでみてはどうだろうか。国宝の魅力を掘り下げた記事をあらためてお届けする(※この記事は、8月1日に配信した内容の再掲載です。記事中のすべての情報は当時のままです)
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大ヒット中の映画「国宝」。原作の吉田修一さんによる同名小説(朝日新聞出版)から描かれているのは歌舞伎の世界の「血筋」と「本筋」の生きざまだ。7歳から舞台に立つ若手歌舞伎俳優の中村米吉さん(32)が自身の歩んできた道に思いをはせつつ、映画とこれからの歌舞伎界について語った。(【前編】「生き方が羨ましくもある」 若手歌舞伎俳優・中村米吉が映画「国宝」の衝撃を語るはこちら)
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「お前の血が欲しい」
映画「国宝」には、任侠の一門に生まれ、上方歌舞伎の名門・花井半二郎(渡辺謙)に引き取られた立花喜久雄(吉沢亮)と、半二郎の実の息子である大垣俊介(横浜流星)という2人の歌舞伎役者が登場します。
私はどうしても俊介側の人間ですから、自然と彼の視点で物事を見てしまいます。
「京鹿子娘道成寺」の出番前に、半二郎が俊介に「お前には血がある。役者の血が守ってくれる」と励ますシーンがありますが、私もその言葉に共感してしまうところがあります。「血」を頼みの綱にしたくなってしまう時があるんです。
同じ血が流れていることは心の支え
もちろん、稽古を重ね、教わったことを大切に舞台を勤めることは大前提です。しかし、いざ大役を勤める時、自分の先祖に思いを馳せ、同じ血が流れているということを、心の支え、ある種の拠り所にしてしまう時があります。
一方、喜久雄に対して半二郎は「お前には芸がある。振りを忘れても、体は覚えている」と言います。しかしその後、半二郎の代役として「曽根崎心中」でお初を演じることになった喜久雄は、俊介に震える声で冒頭の言葉を伝えます。
私が良し悪しを言える立場ではありませんが、いわゆる歌舞伎の「世襲」を象徴する場面でしょう。
歌舞伎の世界で役者の子どもが舞台に立ったり稽古に通ったりするのは、特別なことではありません。
私自身、7歳から舞台に立っていましたが、特別なことだと思ったことはないです。だって、周りには「今日はピアノだから」と帰る子がいれば、「サッカー教室がある」「塾に行かなきゃ」と話す友達もいる。私の場合、それが日本舞踊やお囃子だったというだけのことです。むしろ、私よりも多く習い事をこなしていた子もいたはず。そして、習い事がある日は友達と遊べないのは、みんな同じです。
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しかし、子どもの頃から歌舞伎に親しんでいるのと、大人になってから始めるのとでは、アドバンテージが異なります。いくら「血」があっても、大人から始めてすぐに上達するものではないのではないでしょうか。
なぜなら、子どもは耳で聞き、目で見て、無意識のうちに芝居や音の感覚を身につけていくからです。「門前の小僧習わぬ経を読む」ということわざではありませんが、覚えようと意識せずとも、自然と吸収していくところがあります。
だからこそ、「血」以上に「幼少期からその環境にいたかどうか」が大切なのだと思います。もちろん、心がけ一つですから、ただその環境下にいればそれでいいわけではありません。私自身、「生まれてきだけではいけない」と先輩に言われたこともあります。
実力ある方が認められることが重要に
世襲でない方が、自らの努力によって地位を確立された例も多くあります。例えば、坂東玉三郎のおじさまは、守田勘弥のおじさまのご養子であり、「血筋」ではありません。しかし、玉三郎のおじさまは人間国宝で、いまでは日本を代表する女方として活躍されています。
これは歌舞伎が「血筋」だけではないことを象徴するエピソードですが、同時に玉三郎のおじさまは、子どもの頃から役者をされているのですね。6歳ぐらいのときから勘弥のおじさまのもとにいらして、14歳でご養子になられたわけです。そのため、世襲ではないにせよ、同じようなご経験をなさったんです。
この先、門閥内外問わず、実力のある方が認められて大きな役を任されることは、ますます重要になるでしょう。これまでも歌舞伎の世界はそうした流れで進んできました。そして、それを決めるのは歌舞伎界の中にいる私たちだけではなく、これからは今まで以上にお客さまのお力も大きいのではないかということを感じています。門戸を広げ、志のある方へのチャンスを増やし、現実の世界にも喜久雄のような役者が生まれてきてほしいです。そして、私たちも俊介のようにもがきながら進んでいかなくてはならないですね。
(構成 AERA編集部・古寺雄大)
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