「万里の長城でバク転」が1000万回再生…トランプの"嫌中政策"もむなしく米国で「中国の動画」が大人気の理由 「中国への認識」でも大きな世代間ギャップがある

トランプ政権の関税政策は、世界を巻き込んだ経済戦争の様相を呈している。

関税で何がどれほど値上がりするのか、株価はどうなるのか? 大人たちが強い不安を口にする中、アメリカの若いZ世代はまったく別の視点で冷静に状況を見据えている。

そこには「もうアメリカは世界の中心ではない。中国にも勝てない」という冷徹な現実だ。

interfmで放送中のラジオ・ポッドキャスト番組「NY Future Lab」のZ世代のメンバーが本音で語り合う。

コーヒーやバナナも値上げ…20代が見つめる現実

「関税は信じられない愚策だ」

そう言い放ったのは、ラボのZ世代の1人メアリーだ。

「トランプが言っているのは、高関税によって製造業をアメリカに呼び戻すべきだということだよね。でもアメリカには製造業はもうない。インフラも整っていないし、受け入れ態勢もない。例えばデトロイトを見ればわかるように、自動車製造業の多くが工場を閉鎖して去っていった。だから彼らが戻る場所はもうないし、関税をかけるなら工場を作ってからにすべきだと思う」

シャンシャンはこう続ける。

「中国に課税するのはわからなくもないよ。でもなぜカナダに課税するの? 例えばカナダはアメリカのいくつかの州にかなりの電力を供給している。そのひとつがここニューヨーク。もしカナダがスイッチを切ったら、私たちの街は真っ暗になるかもしれない。そんな関税はアメリカ人のためじゃないよね」

本稿を書いている時点で、アメリカはロシアと北朝鮮以外のあらゆる国に対して一律10%の追加関税を課している。それ以外のいわゆる「相互関税」の発効は90日間の延期となったが、かわりに中国への報復関税は145%にはね上がった。その直後、今度はスマホや半導体などのエレクトロニクスへの関税は免除されることが発表された。世界の株価は乱高下し、ビジネスは先行き不安に揺れている。

アメリカの日用品の多くを占める中国製品を筆頭に、数週間後には価格が上昇すると予測され、企業も消費者も戦々恐々としている。特に自動車に関しては、値上がり前の駆け込み需要が高まっている。また食品関連ではほぼ100%を輸入に依存するコーヒーが最低でも10%の値上がり。やはりほとんどが輸入のバナナやアボカド、魚介類などを筆頭に、食料品の値段もまもなく上がり始めると予測されている。激安通販で知られる中国のTemuとSHEINも、関税分の値上げを表明している。

写真提供=Pool/ABACA/共同通信イメージズ

2025年4月22日、ワシントンD.C.のホワイトハウス大統領執務室でポール・アトキンス証券取引委員会委員長の宣誓式に出席するドナルド・トランプ大統領


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一方で、個人がアリババのサイトから、通販で中国産の車を買ったという話がニュースになった。世界で最も売れている電気自動車、五菱「宏光ミニEV」で、わずか4500ドル(50万円弱)という価格もSNSで大きな話題になっている。こんな車がどんどん流入してきたら、どんなアメリカのメーカーも太刀打ちできないだろうと言われている。

だから高い関税をかけるしかない。そんなアメリカの弱みをZ世代は見抜いている。

中国産の自動車にはすでに、昨年バイデン政権によって100%の関税がかけられており、今回のトランプ関税でトータルで250%になると見られていた。しかし今度は対中関税の見直しを示唆しており、株式市場の混乱を招いている。

ここで興味深いのは、貿易戦争が激しくなればなるほど、若者の中国への関心が高まっていることだ。

そもそもアメリカに入ってくる中国の情報は極端に少ない。両国がお互いに情報統制し、自国に有利なプロパガンダをバラ撒いているからだ。そのためアメリカ人は年配になればなるほど、中国の現状を知る者は極端に減る。「言論や思想が統制され、人々は劣悪な環境で搾取される、恐ろしい国」というイメージしか抱かない人も多い。

しかし前述のように、若者は中国の実力に気づき始めている。五菱のミニEVやBYD車がどれほど安く高性能であるかが、TikTokなどのSNSにもたくさん投稿されている。

「スプートニク・モーメント」の再来

もうひとつ若者が注目したのは中国のAI技術だ。2024年12月に中国のDeep SeekがローンチしたAIは、これまでの大手AIと同等の性能を持つのに対し、学習期間はわずか約55日間、その費用も約550万ドルという、圧倒的に限られたリソースで開発されたことで大きな衝撃を与えた。同時にアメリカの経済制裁の限界も浮き彫りになった。

これは、“もうアメリカはAI開発のトップではない”証拠として象徴的に語られ、「スプートニク・モーメント」(アメリカが軍事力や技術力で他国に出し抜かれた瞬間という意味で、アメリカの深刻な危機感を表す。「スプートニク」は1957年にソ連(当時)がアメリカに先駆けて打ち上げた人工衛星の名)と呼ばれた。

Sputnik(写真=Музей Космонавтики/CC-Zero/Wikimedia Commons

こうしたショックが、テクノロジーに敏感な若者たちの目を見開かせたと言えるだろう。

いったい真の中国はどうなっているのか? そんな彼らの問いに答える若いアメリカ人のインフルエンサーが、今大ブレイクしている。


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「なのに驚くのは、“新しいiPhoneは必要ない”。“新車もいらない”みたいな書き込みがSNSにすごく多いこと」。そう指摘するのはメアリーだ。

「必要じゃないのに、ただ欲しいだけなんだろう? だったら何も買わずに耐えろ。黙って成り行きを見守れ! みたいな。信じられないよ」

それを受けてノエがこう言う。

「それは、トランプ自身がそう言ってるからだよ。“君たちは今大変な思いをしているが、大丈夫だ。俺を信じろ”、ってね。支持者はそれをそのまま繰り返しているだけなんだ」

しかしZ世代の多くは、その勇ましい言葉の裏に隠された真実に気づいている。

「長期的な大問題は、アメリカがテクノロジーや経済における、世界のリーダーとしての地位を失い始めていることだと思う」

眉をひそめるノエに対し、「もう失ってるよ」と皮肉っぽく言い放ったのはケンジュだ。ノエも切り返す。

「確かにリーダーの地位を失いつつあるけど、最も重要な軍事・防衛力は残っていると思うんだ。それにグーグルもアップルも、まだ代替可能な企業じゃない。中国でさえ、多くの人はまだiPhoneを使っているし、VPNなどを用いてグーグルも使っている。しかしアメリカがこのやり方を続けたら、もうそうはいかなくなる」 「他の国は別の方法を模索するよね。例えばVisaやMasterCardに取って代わろうとする新興企業や会社が、たくさん出てくると思うよ」

中国製EVの進撃は止められない

確かにテクノロジーも金融も今はまだアメリカに主導権がある。しかしEUは、金融主権を確保するためには、独立した決済プラットフォームを独自に開発する必要があるとすでに明言している。今回の貿易戦争の進展によっては、この動きが加速することは十分考えられる。

アメリカが長年リーダーと信じてきたあらゆる分野で、もう他国に勝てなくなってきている。それをいち早く嗅ぎとっているのがZ世代だ。

「中国とインドは、テクノロジーではアメリカよりはるかに進んでいるよ」と言うのはケンジュだ。

「特に中国。例えば、もしアメリカで中国車を売ったら、もう誰もアメリカの車を買わなくなるだろう」

実際アメリカでは、中国産の電気自動車(EV)はほとんど売られていない。もともと高い関税や政治的な問題により、販売網自体が存在しないからだ。例外はヨーロッパのメーカーだ。NYタイムズによれば、ボルボから独立し、中国のジーリー(浙江吉利控股集団)から出資を受けるポールスターが2023年に販売した中国産EVは、わずか2200台だ。

ボルボもまた、中国で製造されたEVの人気モデル「EX30」の販売も始めた。テスラなどの国産車に比べるとずっと安価で注目を集めている。(ちなみにボルボの株主が中国の浙江吉利控股集団であることは、アメリカではほとんど知られていない)


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「中国からストリーミング配信する大物ユーチューバーがいるの知ってる? 彼の名前はIShowSpeed(アイ・ショウ・スピード)。彼の動画が今すごく話題になっている。中国という国に対するアメリカの若者の考えをどんどん変えているんだ」

興奮した面持ちで教えてくれたのはメアリーだ。

IShowSpeedのYouTubeの登録者数は3900万人、世界のトップレベルだ。本名はダーレン・ワトキンス・ジュニア。オハイオ州出身の20歳の黒人の若者で、北京の紫禁城や万里の長城、上海などを巡って、数時間にわたりライブ・ストリーミングで紹介していく。

無邪気で弾けるような笑顔でそこにいる人たちにどんどん話しかけ、言葉が通じなくても気にしない。また万里の長城でバク転して見せる動画が1000万回超再生されるなど、エンタメ的なサービス精神も旺盛だ。人気の中国産の電気自動車もどんどん紹介する。そこには政治的な要素は一切なく、そこに生活している人々の息遣いが聞こえてくるような臨場感がある。

「見事なバク転」登録者数3900万人を誇るアイ・ショウ・スピードの中国動画

「ある意味プロパガンダかもしれないけれど、本当の中国が見えるんだよね」とメアリー。

どんなプロパガンダよりもアメリカの若者の心を掴んでしまったこのインフルエンサーは、中国のSNSでも噂になり、中国政府からも大歓迎されているという。

ノエが続ける。

「中国では自由がないとか、顔認証で管理されているとか色々言われるけど、それでも人々は自分らしく生きていてとても幸せそうなんだ。少なくともずっと気楽に生きている感じに見えたよ」

「アメリカ人の認識は本当に遅れてる」

メアリーはこう語る。

「私の上司は、このまま行くとアメリカが中国みたいになっちゃうんじゃないか。みんな工場に住んで、最悪に汚くて、誰も幸せになれないんじゃないかって言うんだ。でも中国はもうかつての中国ではない。アメリカ人の認識は本当に遅れてるよ」

年長者がネガティブな情報ばかりに気をとられている中、中国がアメリカをしのぐ技術や製造能力を着実に身につけている現実を、若いZ世代はネットを通じて急速に知りつつある。関税は経済制裁と同様、それを少しでも食い止めるための時間稼ぎにすぎないことも理解している。

ただその猶予の時間に何をすべきか、どんな未来像を描いているのか、政府や支持層から明確なプランは示されていない。それに気づいているのも、情報を得る力に長けたデジタルネイティブだからこそと言える。

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