羽生結弦が「春よ、来い」で右手に込めた思いとは ~ゼビオアリーナ仙台The First Skate」~

 ゼビオアリーナ仙台(仙台市アリーナ)の開館記念イベントが5日、同アリーナで行なわれた。バスケットボールなどで使用していたアリーナは改修工事を終え、フィギュアスケート国際規格(縦30メートル×横60メートル)の通年リンクとしてリニューアルした。アイスショー「The First Skate」が開催され、プロフィギュアスケーター4名(羽生結弦、本田武史、鈴木明子、本郷理華)とアイスリンク仙台のスケーターが出演し、会場に詰めかけた3378人を魅了した。同ショーは後日、有料配信される。

 羽生らプロスケーターたちはアイスリンク仙台のスケーターとオープニングで共演した。

 そして、この記念すべきアイスショーのトリを飾ったのは、羽生だった。登場前、事前収録した羽生のコメント映像が、アリーナのモニターに映し出された。彼は、こう語った。

「新しいアイスアリーナがまた仙台にできるということで、仙台市のフィギュアスケーターたちがたくさん練習できて、たくさんうまくなれることを願いながらこのショーに参加させていただいております。未来をどう描いているかはその子たち次第ですが、この仙台市からオリンピックを夢見て、オリンピックの金メダルを夢見て頑張ってほしい、と願っております」

 羽生が白とさくら色を基調とした「春よ、来い」の衣装でリンクに登場した。

 ピアノの旋律に合わせて、羽生が優雅に滑り出す。

 私が注目したのは、彼が氷すれすれに上半身を近づけるハイドロブレーディングを披露する少し前。羽生が右腕を伸ばして、何かを追いかけているように見える箇所だ。私には、いつもより右腕を力強く伸ばしているように映った。もっと言えば右手を強く押し出しているようにも見えたのだ。

 先のコメントを頼りに考察しよう。私は2つの線を考えた。

 1つ目――。羽生は今回の「春よ、来い」で、自身に“オリンピックの金メダルを夢見る子”を投影させたのかもしれない。目標であるオリンピックの金メダルを自らの手で掴み取りに行くようなイメージだ。

 2つ目――。羽生が、後輩スケーターたちのあと押しをしているようにも映った。

 羽生は公演後の囲み取材で、こう語った。

「後輩たちと一緒に滑った事については僕自身、本田さんと鈴木さんとかと一緒に滑る事が小さい頃に、アイスショーでありました。その度に非常に大きな刺激を受けました。僕は小学校6年生からシニアのアイスショーに出させていただいたのですが、その時に間近で見るジャンプの迫力、表現力、スピードの緩急など、いろんなことに刺激を受け、勉強になりました。きょう滑った子どもたちが、少しでも僕らから、刺激を受けたり。“いや、コイツら絶対うまくなってやる”って思ってくれるような(笑)。子たちが出てきてくれたら嬉しいです」

 2つ目の線について、語っておくべきことがある。私の認識では、羽生は競技会に出なくなっただけでいまも尚、現役のアスリートだ。何項目も演じた後に、平昌冬季オリンピックで金メダルを獲ったショートプログラム(SP)「バラード第1番」をノーミスでやってのけたことが、その証左だ。もちろん、金メダル獲得時と同じ構成だ。付言すれば、現行のショートプログラムの規定より、平昌冬季オリンピック当時の方が、ジャンプの構成についてのレギュレーションは、体力的に厳しいのである。そんなアスリートが第一に優先すべきことは、自らのパフォーマンスを向上させることだ。手取り足取り、1から10まで、指導することが彼の仕事ではない。

 ただ、後輩たちは、羽生の姿を見て自分で何かを感じ、刺激を受け、何かを盗むことは可能である。羽生は、公演終了後、こうとも語っていた。

「何か少しでもきょう滑った子たち、きょう観に来てくださった方々の中で、(演技を)見た事がきっかけとなり何かが始まったり、“何か一歩進む事ができたらいいな”、という思いを込めて滑りまきた」

 見て学ぶ、見て盗むためのあと押しに彼は、セーブをかけない。きょうの共演、パフォーマンス披露、YouTubeチャンネルでの練習公開(無料視聴可能のアーカイブあり)などが後輩にとって“一歩進む”ためのきっかけになるだろう。

 The First Skateの「春よ、来い」で魅せたあの右手。金メダルを夢見る子の投影か、一歩進むための後押しか――。スポーツと芸術の掛け合わせの考察は、尽きないものだ。

(文/大木雄貴)

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