社会構造は「贈与の繰り返し」で変化する…物理学が提示した「人類の歴史」の新しいシナリオ(板尾 健司) - 3ページ目
競覇的な贈与の数理モデルにおいては、贈与が頻繁に交換され、かつ利子率が高くなるにつれて、(1)富と名声の格差がない状態から、(2)富の格差だけがある状態、(3)富と名声の格差がある状態、(4)富の格差は著しいが名声の格差が抑えられた状態の間を移り変わることがわかった。
(図1)贈与によって駆動される社会変化。モデル上で生まれたバンド、部族、首長制社会、王国について富(黒)と名声(赤)の格差の程度(ジニ係数)を計算した。
実は、このモデルで明らかになった社会の四つの状態は先ほどの4つの社会構造(バンド、部族、首長制社会、王国)の分類に対応している(図1)。
ポイントは、贈与が頻繁に交換され、かつ利子率が高くなるにつれて、富の格差は単調に増大しているが、身分の格差は首長制社会で最大になり、王国ではその格差が抑えられていることである。
ここで前提知識として、前回までの記事で解説した「分布」という概念について簡単に補足する。分布とは、数量の値と頻度の関係(例えば年収がいくらの人が全体の何%であるかという関係)を示すものであり、それを図示したものが分布の形状である。分布の形状として代表的なものは「指数分布」と「べき分布」である。
これらは異なるメカニズムで生まれ、格差の程度によって異なる。指数分布とはランダムなやりとりの結果として生まれるもので、格差はあったとしても小さい。一方、べき分布とは「富める者ほどますます富む」仕組みによって生まれるもので、平均的な人の何倍も豊かな人がいる、格差が大きな状況に対応する。
まず、贈与が稀である場合には、富と名声は指数分布に従う。つまり、贈与がまれにしか起こらずお返しのために必要な利率も小さい状態は富や身分の格差がない「バンド」に対応する。
贈与の頻度やお返しの利率を大きくしていくと、まず富の分布がべき分布に変わる。ここでは富の格差はあるが名声(身分)の格差は存在しない。これは「部族」に対応する。
贈与がさらに頻繁かつ大規模になると、名声の格差もべき分布になる。これは社会が階層的に組織されることを意味しており、「首長制社会」に対応する。
最後に、贈与が極めて頻繁にかつ利率も大きくなると、名声の分布は一人を除いて指数分布に戻る。これは抜群に栄えている王様により、他の人々の活動が抑制されて、王族の地位が安定している状態、すなわち「王国」に対応する。
以上のことから、競覇的な贈与の数理モデルにおいて、社会が贈与に駆動されて、異なるタイプの社会構造の間を移り変わることがわかった。このことは、贈与という個人レベルのやり取りと集団レベルの社会構造の間に、深い関係があることを示している。
さらに、実際の社会についてのデータベースを用いて、「贈与の規模や頻度」と「富や身分の格差の程度」の関係を調べると、その結果はモデルと整合的であった。つまり、人類史のデータは確かに贈与が盛んになるにつれて、まず富の格差が生まれ、そのあとで身分の格差が生まれることを示していたのである。