わずかながん検体から染色体上の狙った部分の長いDNAのメチル化の検出が可能に
2025年11月4日
東京大学聖マリアンナ医科大学
国立がん研究センター
発表のポイント
- 少ないDNA(8ナノグラム)からでも染色体上の狙った部分の長いDNA上のメチル化を検出できる方法「t-nanoEM」を開発しました。
- がん組織の微小サンプルについて、高い深度でがんに重要な部分の長いDNAのメチル化解析に成功しました。
- がんでの異常なメチル化の詳細な解析などへの応用が期待されます。
t-nanoEM法の概略図
概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の関真秀特任准教授と鈴木穣教授、聖マリアンナ医科大学の津川浩一郎主任教授、国立がん研究センター東病院の坪井正博呼吸器外科長らの研究グループは、先行研究で開発したnanoEM法注1(関連情報参照)にハイブリキャプチャー法注2を組み合わせることで、少ない量の検体から染色体上の狙った部分の長いDNA分子のメチル化注3を解析できる「t-nanoEM法」を開発しました。
これまでの染色体上の狙った部分の長いDNAのメチル化解析では、ごく限られた場所(数十カ所程度)しか解析できない方法や、多くのDNA(数百ナノグラム以上)を必要とする方法しか存在していませんでした。研究チームは、今回開発したt-nanoEM法を乳がんと肺がん組織の微小サンプルの解析に適用し、がんに特徴的なDNAメチル化の状態や、がんの進展に伴うDNAメチル化の変化を高解像度に観測することに成功しました。本手法によって、がんの微細領域のDNAメチル化の変化や微小な検体の詳細なDNAメチル化解析ができるようになります。将来的には、がんの検査方法への発展も考えられます。
発表内容
DNAメチル化は、遺伝子の発現量の調節などに中心的な役割を果たしており、がんを含むさまざまな疾患や発生・分化に重要な役割を担っています。近年、長いDNAの配列を読み取ることのできるナノポアシークエンサー注4などのロングリードシークエンサーにより、1分子の長いDNA上のメチル化解析が可能となりました。DNAメチル化解析では、遺伝子発現の調節に関わるDNA領域が特に重要なため、ゲノム上の特定の領域を選択的に解析する技術が必要となります。これまで、少ない量の長いDNAについて大量の領域を一気に解析する方法は存在していませんでした。
研究チームは、先行研究で開発した少量のDNAから長いDNA上のメチル化解析ができるnanoEM法に、目的のDNAを選択的に取得するハイブリキャプチャー法を適用することで、染色体上の大量の領域の長いDNAのメチル化を解析できる「t-nanoEM法」(図1)を開発しました。
図1:t-nanoEM法の利点赤い部分はメチル化されているDNA上の場所を、青い部分はメチル化されていない場所をそれぞれ示す。
t-nanoEM法は最少8ナノグラムのDNAから解析することができます。また、非常に高い確率で狙った領域を選択的に読み取ることができるため、メチル化情報を高い深度で取得することができます(図1左)。さらに、この高深度かつ長い読み取りを活かして、父親と母親から1本ずつ受け継ぐ相同染色体の間の配列の違いや突然変異の有無で読み取られたDNAを振り分けることで、相同染色体間のメチル化状態の違いや、突然変異を持つがんのDNAメチル化状態を検出できることを示しました(図1中央、右)。t-nanoEMは少量のDNAから実施できるため、乳がんと肺がん組織からくり抜いたサンプルに適用しました。その結果、がんに特徴的なDNAメチル化の状態やがんの進展に伴うDNAメチル化の変化を高解像度に観測することができました。がんに起こった片方の相同染色体のメチル化や、突然変異を持つがん由来のDNAに特徴的なメチル化状態を検出することに成功しました(図2)。
図2:t-nanoEMのがんサンプルへの応用t-nanoEM法によって、がんの微細領域のDNAメチル化の変化や微小な検体の詳細なDNAメチル化解析ができるようになりました。今後、がんで特徴的に見られるDNAメチル化の異常についての詳細な解析などへの応用が期待され、将来的にはがんの検査方法への発展も考えられます。〇関連情報:「プレスリリース:少量のDNAから実施できる長いDNAの全ゲノムメチル化解析法を開発 ー 希少なサンプルの長鎖DNAメチル化解析が可能に ー」(2021年05月25日)
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/8599.html (外部サイトにリンクします)
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院新領域創成科学研究科
鈴木 穣 教授
関 真秀 特任准教授
鈴木 絢子 准教授
永澤 慧 特任研究員
救仁郷 圭祐 博士課程
聖マリアンナ医科大学
乳腺・内分泌外科学
津川 浩一郎 主任教授
本吉 愛 講師
病理学
小池 淳樹 主任教授(診断病理)
長宗我部 基弘 講師
国立がん研究センター東病院
呼吸器外科
坪井 正博 呼吸器外科長
野村 幸太郎 がん専門修練医
病理・臨床検査科
石井 源一郎 病理・臨床検査科長
など、計17名
Cell Reports Methods
タイトル
Targeted long-read methylation analysis using hybridization capture suitable for clinical specimens
著者
Keisuke Kunigo, Satoi Nagasawa, Keiko Kajiya, Yoshitaka Sakamoto, Suzuko Zaha, Yuta Kuze, Akinori Kanai, Kotaro Nomura, Masahiro Tsuboi, Genichiro Ishii, Ai Motoyoshi, Koichiro Tsugawa, Motohiro Chosokabe, Junki Koike, Ayako Suzuki, Yutaka Suzuki, Masahide Seki
DOI
10.1016/j.crmeth.2025.101215
掲載日
2025年11月4日
URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2667237525002516 (外部サイトにリンクします)
研究助成
本研究は、科研費「微量サンプルからの長鎖全ゲノムメチル化解析手法の開発(課題番号:JP21K15074)」、「ターゲット特異的な長鎖DNAメチル化解析法の開発と乳がんでの応用解析(課題番号:JP23H02467)」、「先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム(課題番号:JP22H04925)」、「植物の不均一環境変動へのレジリエンスを支える転写開始点制御機構(課題番号:JP20H05906)」、「不均一環境変動に対する植物のレジリエンスを支える多層的情報統御の分子機構(課題番号:JP20H05905)」、日本医療研究開発機構(AMED)ゲノム医療実現推進プラットフォーム・先端ゲノム研究開発(GRIFIN)「精神疾患関連バリアントの機能解析のための完全長cDNA解析法の開発(課題番号:JP25tm0424235)」、次世代がん医療加速化研究事業(P-PROMOTE)「ロングリード技術による肺がんゲノム・エピゲノム不均一性と微小環境ストレスの関係性解明に関する研究開発(課題番号:JP23ama221522)」、先端国際共同研究推進プログラム(ASPIRE)「クロマチン分子病理学による精密医療の実現(課題番号:JP23jf0126003)」の支援により実施されました。
用語解説
注1 nanoEM法
少量のDNAで実施できる長いDNAのメチル化修飾を解析する手法。本研究チームが先行研究にて開発した(関連情報参照)。DNAメチル化は、PCR(特定のDNAの断片を短時間で大量に増幅させる技術)などでは消えてしまうため、この手法では、メチル化されていないシトシンをウラシルに変換し読み取りに必要な量までPCRで長いDNAを増やした後、ナノポアシークエンサーで読み取る。
注2 ハイブリキャプチャー法
標的のDNA配列に結合するプローブを使用して、目的のゲノム上の領域のDNAを取り出す方法。遺伝子診断にも使用されるターゲットシークエンスにも用いられている。
注3 DNAメチル化
真核生物のDNAのシトシン塩基の一部はメチル基が付加されるメチル化修飾を受けており、一般的に、このシトシンのメチル化修飾をDNAメチル化と呼ぶ。DNAメチル化はRNAの合成量を抑えるなど遺伝子の働きを抑制する役割を持ち、さまざまな病気や細胞の発生・分化に重要なことが知られている。
注4 ナノポアシークエンサー
ナノポアと呼ばれる数ナノメートルの穴をDNAやRNAが通るときに生じる電流の変化を読み取ることで、DNAやRNAの配列を解析できる機械。ナノポアを使用して配列を読み取ることをナノポアシークエンスと言う。
お問い合わせ先
研究に関するお問い合わせ
東京大学大学院新領域創成科学研究科
特任准教授 関 真秀(せき まさひで)
Tel:04-7136-4076 E-mail:mseki●edu.k.u-tokyo.ac.jp
東京大学大学院新領域創成科学研究科
教授 鈴木 穣(すずき ゆたか)
Tel:04-7136-4076 E-mail:ysuzuki●hgc.jp
東京大学大学院新領域創成科学研究科 広報室
Tel:04-7136-5450 E-mail:press●k.u-tokyo.ac.jp
聖マリアンナ医科大学
Tel:044-977-8111 E-mail:soumu●marianna-u.ac.jp
国立がん研究センター 企画戦略局 広報企画室(柏キャンパス)
Tel:04-7133-1111(代表) E-mail:ncc-admin●ncc.go.jp