消費税の5%減税は「インフレ大増税」になる

経済

国民民主党が先頭を切った消費税の減税ブームは維新から立民にも拡大し、全野党が(タイプは違うが)消費減税の大合唱になった。石破首相もその波には抗しきれないだろう。遅くとも参院選までには石破政権が減税を示唆する可能性が高い。

問題はそのとき日本経済がどうなるかである。税法を改正して実際に減税するのは、早くても2026年4月だが、臨時国会で減税が決まった瞬間に毎年13兆円の歳入欠陥が確定する。この財源は今のところどの党も具体的に言及していないので、これはすべて赤字国債でファイナンスされると考えよう。そうすると何が起こるか。

これは史上最大規模の減税なので予想は困難だが、インフレのとき減税したら、インフレが加速することは明らかだ。インフレになると 長期金利=自然利子率+予想インフレ率なので、長期金利が上がることも確実である。

「黒田ショック」でインフレになった

これには前例がある。2022年12月20日、日銀の黒田総裁(当時)は長期金利(10年物国債)の買い入れ上限を0.25%から0.5%に上げると発表し、債券市場は大混乱になった。これは急激な円安で1ドル=150円になったことを受けての発表だったが、市場にはサプライズだった。

日銀は0.5%の指し値を維持するために国債を大量に買い、2023年3月末までに135兆円の国債を買い取った。これはそれまでの最高記録の2倍近いマネタイゼーション(国債の日銀券への置き換え)だったが、長期金利はその後も上がり続け、一時は1.5%に近づいた。

日銀が国債を買って大量の円を供給したため、インフレが激しくなった。予想インフレ率(BEI)は2022年のウクライナ戦争のときを上回り、1.5%を超えた。

もし消費減税が決まると、毎年13兆円の国債を新規に発行しなければならない。これは年間の新発債35兆円を1.5倍に増やす大増発で、債券市場では消化できない。もしこれを日銀がすべて引き受けてマネタイズすると、大量のマネタリーベースが市場に供給され、大インフレが起こるだろう。

実質債務をデフォルトする「インフレ税」

2017年にクリストファー・シムズは安倍首相と面談し、消費税の増税延期でインフレにする政策を提案して大きな衝撃を与えた。そのときは8%から10%に上げるのを延期してインフレを起こすという発想だったが、今回の5%減税はそれよりはるかに過激なインフレ税になる。これは荒唐無稽にみえるが、理論的には可能である。シムズのFTPLで考えると、物価は

物価水準=名目政府債務/プライマリー黒字の現在価値

で決まる。消費減税して発行する国債をすべて日銀が引き受けると、政府債務(国債)を日銀当座預金(日銀の債務)に置き換えるだけなので、政府と日銀を合計した統合政府では名目政府債務は変わらない。

ここで日銀が「引き受けた国債は償還を求めない」と宣言してマネタイズ(国債を日銀券に置き換える)すると将来の税収は減り、統合政府の資産(右辺の分母)が小さくなるので、左辺が増えてインフレになり、実質債務は減る。これがシムズのいう実質債務のデフォルトである。

名目債務のデフォルトは財政破綻だが、実質債務のデフォルトは今も起こっている。それはインフレによる課税なので、ほとんどの人は気づかない。それによって過剰に蓄積された金融資産も減価するので、所得分配は平等になる。

同じようなことを国民民主の玉木代表も提唱している。消費減税で発行する国債をすべて無利子の永久国債とし、全額を日銀が引き受ければいいのだ。

これは「財政ファイナンスだ」と批判され、海外ファンドが日本国債を大量に空売りするだろう。日銀がそれをすべて買うと大量の通貨が供給され、黒田ショックのときをはるかに上回る大インフレが起こるだろう。それがねらいである。

「マイルドなインフレ税」は可能か

5%のインフレになると、毎年65兆円(政府債務1300兆円の5%)が踏み倒せる。それが10年続くと650兆円で政府債務は半減し、財政危機は解決する。1000兆円以上ある年金債務も、インフレで大幅に軽減できる。減税分13兆円を相殺するだけなら、インフレ率を1%上げて4%にすればいい。

インフレ税は理論的には最適課税だが、うまく行くとは限らない。これによって政府の信認は傷つき、海外ファンドは「日本政府は債務を返済する意思がない」と判断して国債を売り、国債が暴落して金融危機が起こるかもしれない。

その成否は政権に4~5%のインフレをコントロールできるかどうか、またそれを国民が支持するかどうかにかかっている。日銀はインフレ目標を超えるインフレは利上げで抑制しようとするだろう。

そのとき日銀を説得して国債の大量発行を続けられる政権があるだろうか。安倍首相ならできたかもしれないが、石破首相には無理だろうが、玉木氏が首相になれば「マイルドなインフレ税」を続けることも可能かもしれない。

もちろんこれは政府の信認を傷つけるので、金融危機でトラス・ショックのような地獄を見るリスクも大きい。大事なことは、消費税の減税は「物価高対策」ではなく、物価高を加速する政策だということだ。

国民が5%程度のインフレを容認するなら、この政策は持続可能である。これは安倍政権の試みたリフレとは違うが、人為的な財政インフレという点ではより危険な政策である。本当に実行するなら政府と日銀のアコードも改正し、国債発行を管理する独立行政委員会を設けるなどの制度設計が必要である。

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