“既得権益”を守るのに必死なリベラルのダブルスタンダードをベストセラー作家・橘玲氏が指摘「脱成長」が左派の偽善に過ぎない本当の理由

「資本主義が格差を拡大させる」――。こうした批判は後を絶たないが、そもそも「資本主義」とは何かを明確に定義できるだろうか。作家の橘玲氏は、多くの議論、特にリベラル派による批判は、マルクスが見た19世紀の「産業資本制」のイメージに囚われた時代錯誤なものだと断じる。

 現代の格差の本質は国内の「階級」ではなく、生まれた国で人生が左右される「場所」にあると語る同氏に、複雑な現代を生き抜くための思考法とサバイバル術を伺った。全3回の第2回。みんかぶプレミアム特集「資本主義は人を幸せにできるのか」第6回。

目次

  • 思考停止したリベラルが次に見つけ出した「新しい悪魔」の正体
  • 「ウォール街を占拠せよ」が根本的に間違っていたワケ
  • あなたの人生の9割は“生まれた場所”で決まっている
  • なぜリベラルは“世界最大の格差”について本気で議論しないのか
  • “既得権益”を守るのに必死な左派のダブルスタンダード
  • “脱成長”を唱えながら自分の資産は守りたい「偽善リベラル」たち

 イーロン・マスクのような個人に目を向けてみましょう。彼はおよそ5000億ドル、日本円で75兆円もの天文学的な個人資産を持っていますが、彼に対して「その富を不正に獲得した」と非難する声はほとんどありません。税金を払っていないと批判されたときは、ストックオプションを行使して110憶ドル、当時の為替レートで約1兆2500億円を納税しました。こうなると、批判した側が逆に「あなたはいくら税金を払っているのか」と問われることになります。

 このように、現代社会では「どこに悪があるのか」を特定するのが非常に難しくなっています。分かりやすい悪役がいなくなってしまったのです。

 だからこそ、人々は新たな「悪者」を探し始めました。2000年前後には、それは「ネオリベ(新自由主義)」や「グローバリズム」で、左派(レフト)の活動家は、「WTO(世界貿易機関)を廃止しろ」といったデモを世界各地でさかんに行いました。

 ところが2016年にドナルド・トランプがアメリカの大統領になると、「グローバリズムがアメリカを貧しくした」としてWTOからの脱退を主張しはじめました。これで左派・リベラル派は混乱し、思考停止に陥ってしまいます。ある日、鏡を見たら、自分の顔がトランプと瓜二つになっていたからです。

 これは日本も同じで、当時、右も左も「TPP(環太平洋パートナーシップ協定)はアメリカの陰謀」と大合唱していましたが、トランプが「TPPはアメリカに対する陰謀」だとして協議から離脱してしまうと、誰もが沈黙し、過去の主張を忘れてしまいました。

 そこで彼らが新たに持ち出したのが「テクノ封建制」といった言葉です。これは、プラットフォーマーを中世の封建領主になぞらえ、私たちユーザーを土地に縛られた農奴のように描くことで、新たな悪役を作り出そうとしたわけです。

 しかし、前回見たように、封建制は「土地資本制」の時代のシステムです。土地から富が生まれるからこそ、領主は土地と農民を支配しました。それを現代のデータ資本制に当てはめるのは、文学的な比喩としては面白いかもしれませんが、まともな社会分析とは言えません。

 結局のところ、これらはすべて「アテンション・エコノミー」の産物です。善悪二元論の分かりやすい物語を提示しないと、誰も注目してくれない。だから、一生懸命に悪者を探して、その格好のターゲットとして、イーロン・マスクやピーター・ティールのようなテクノリバタリアンや、Google、Amazonといったプラットフォーマーを悪役に仕立てあげ、勧善懲悪のハリウッド映画のようなお話をつくっているのではないでしょうか。

「格差が拡大している」という叫び声が、世の中には満ち溢れています。しかし、この問題も、どの視点から見るかで全く様相が異なります。

 ハーバード大学の進化心理学者スティーブン・ピンカーが『21世紀の啓蒙 理性、科学、ヒューマニズム、進歩』などで膨大なデータを挙げて示したように、人類社会は長期的に見れば、暴力は減り、寿命は延び、全体として確実に豊かで快適になっています。

 たしかに、1980年代の金融資本制以降、グローバリズムによって先進国のなかで格差が拡大したというデータはあります。しかしこれは、同じグローバリズムによって中国やインドのような人口大国が経済成長をはじめ、世界規模の格差が縮小に転じたという事実を無視しています。

 そのうえ、西欧のような先進国で見ても、一部の資本家が富を独占していた1920年代に比べれば、現代はむしろ格差が縮小していることは、トマ・ピケティのような経済格差を批判する経済学者も認めています(『平等についての小さな歴史』)。現在の格差論は、グローバルな格差の縮小を無視し、第二次大戦後の中産階級が社会の主役だった時代の西欧や日本を基準にすることで、かろうじて成り立っているのです。

関連記事: