オーバーツーリズムに気候変動が追い打ち、イビサが危ない-海は限界

スペインのイビサ島は、1950年代には既成の価値観にとらわれず自由な生き方を求める「ビートニク」たちの隠れ家だったが、今では巨大クラブやネオン、大型LEDスクリーン、鳴り響く電子ミュージックの幻想的な空間へと姿を変えている。

  イビサ最古のホテル「モンテソル」を2021年に買収したフランスの高級ホテル運営会社エクスペリメンタル・グループは、イビサの観光産業が直面する新たな厳しい現実を反映した改修を行った。

  過去10年、度重なる干ばつや人口増加、観光客の急増によってイビサでは淡水の不足が深刻化している。そのため新しいオーナーは客室のバスタブを撤去し、シャワーのみを設置した。

  非営利の調査団体イビサ・プレザベーションによれば、過去70年間でイビサの平均気温はセ氏1.26度上昇している。そのため、館内を涼しく保とうと断熱を強化。さらにエネルギー使用の抑制に向け、空調の設定温度は最低19度とし、窓を開けるとエアコンが自動的に停止する仕組みも導入した。

  「顧客から反発を受けることもよくある。皆、室温を16度にしたがる」と、エクスペリメンタル・グループの共同創業者の1人、ロメ・ド・ゴリアノフ氏は話す。「環境に配慮したいとは思っていても、それが自分の快適さやバカンスに関わるとなると話は別になる」という。

  昨年イビサ島を訪れた観光客は370万人に達し、8年間で23%増加した。バカンス用の住宅や短期賃貸、季節労働者向けの住居への需要に加え、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)後に裕福な移住者が流入したことで、家賃は高騰している。こうした状況を受けて、エクスペリメンタル・グループは、従業員に住居を提供することを給与パッケージの一部とせざるを得なかった。

  観光業は何十年にもわたり、欧州の地中海地域における経済成長と発展を支えてきた。業界団体の世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)によれば、2023年と24年には、スペイン、ギリシャ、ポルトガル、イタリアの4か国で合計800万人超が観光業に従事している。観光産業はスペインとギリシャの国内総生産(GDP)の約13%、イタリアでは10%超、ポルトガルでは16.5%を占めている。

  パンデミックで一時的に落ち込んだものの、その後観光客数は回復傾向にあり、国連の専門機関、世界観光機関(UNツーリズム)によると、欧州地中海地域への海外からの旅行者数は19年比で8%増となっている。

  こうした観光客の増加は、気候変動にもかかわらず、あるいは気候変動の影響によって加速している。国連によれば、地中海地域の気温上昇は世界平均より20%も速く、平均気温は既に産業革命前と比べて1.4度上昇している。

  極端な気象現象も頻発しており、山火事や干ばつ、激しい嵐や猛暑などが毎年のように起きる。夏季には気温が過去の平均を10度近く上回ることも年に数回ある。今年8月には猛暑が欧州やトルコ各地で深刻な山火事を悪化させ、住宅地やリゾートから数千人が避難を余儀なくされた。

  暑さが厳しくなると同時に夏の期間も長くなっており、従来のピークシーズン外のいわゆる「ショルダーシーズン」に訪れる観光客が増加する結果となっている。

  観光客の急増と気候変動の影響が重なり、観光業を支えてきた生態系、経済、社会にこれまでにない負荷がかかっている。こうした状況は、長年にわたり観光業を成り立たせてきたビジネスモデルそのものの持続可能性に疑問を投げかけている。

  今年は猛暑と干ばつ、そして強風の影響で、ギリシャ、トルコ、ポルトガル、スペイン、フランスの各地で山火事が発生している。スペイン保健省によれば、今年同国では猛暑による死亡者が1100人を超えている。また、アテネのアクロポリスやパリのエッフェル塔など、欧州各地の観光名所が危険な水準の高気温のため一時閉鎖される事態も起きた。

関連記事:エッフェル塔最上階が立ち入り禁止、欧州を熱波が襲う-各地で警報

  それでも欧州の観光客数は増加を続ける。観光シーズンが長期化していることが背景だ。南欧各地では春や秋の到着者数が増加しており、夏のピーク期の伸びがやや鈍化している分を上回る勢いだ。

  ギリシャとスペインは既に世界有数の観光地だが、ここに来てさらに急速な成長を遂げている。UNツーリズムによると、24年のギリシャへの国際到着者数は19年比で14.7%増加し、スペインでは12.3%の増加だった。不動産分析会社コスターによれば、両国のホテル宿泊料金は過去最高水準に達している。

  バルセロナではショルダーシーズンの人気が高まっており、港湾局によると昨年10月にクルーズ船で同市に到着した観光客数は19年の8月を上回った。また、スペインのバレンシアやイタリアのカターニアなど複数の観光地では、5-6月や10-11月のバカンス向け賃貸物件のレンタル需要が、18年比でピークシーズン以上の伸びを見せているという(AirDNA調べ)。

  こうした傾向が重なり、インフラへの負荷がさらに高まっている。ピークシーズンの高温・乾燥化により、空調への電力需要や水資源への圧力が増すと共に、観光シーズンの長期化が負担に拍車をかける。

  英サリー大学で持続可能なマーケティングを専門とし、観光当局に持続可能な戦略を助言しているザビエル・フォント教授は、「ショルダーシーズンの観光を拡大すること自体は可能だが、その観光客数に対応できる適切なインフラ整備に投資することが前提だ」と語った。

  イビサの中心都市から車で1時間ほどの距離にあるカラ・デン・セラは、数年前までは木造の手こぎボートを収めた壊れかけの小屋が十数軒あるだけのひなびた場所だった。しかし今では、ビーチバーから広がるサンベッドとパラソルであふれかえっている。

  イビサ出身で環境保護団体、フレンズ・オブ・ジ・アースの活動家、ラウラ・サン・ミゲル氏「以前は、野性的で手付かずの、行く価値のある場所があったが、今はもう違う」と話す。

  アクセスの良い観光地が混雑するにつれ、観光客はさらに奥地へと足を延ばし、カラ・デン・セラのような小規模な場所にも人が押し寄せている。だが、こうした場所では単に混雑するだけでなく、物理的にスペースそのものが縮小している。

  イビサを含むバレアレス諸島の複数の科学機関による24年の報告書によれば、イビサ島のビーチの少なくとも20%で目に見える浸食の兆候が確認されたほか、同諸島周辺の海面は産業革命以前と比べて既に18.5センチ上昇している。

  観光過密化と異常気象による海洋環境へダメージが、沿岸の浸食を加速させている地域もある。バレアレス諸島は、成長の遅い海草ポシドニアの広大な群生地によって嵐から守られている部分があるが、ヨットのいかりによる損傷や船舶からのごみ投棄、海水温の上昇によって、群生地は大幅に縮小しているという。

  水質悪化のもう一つの原因となっているのが、イビサ島にある3カ所の海水淡水化プラントからの排水だ。これらの施設は、水不足への対応策として島にとって不可欠な存在だが、夏場は、通常行われる保守のための運転停止を行えないまま、フル稼働を続けている。

  この10年で、給水、海水淡水化、処理施設を含む水関連インフラへの支出は3倍以上に増加した。バレアレス諸島自治州政府は昨年、マヨルカ島、メノルカ島、イビサ島、フォルメンテラ島を合わせて、1億6600万ユーロ(約290億円)超を投じている。

  バレアレス諸島では、観光産業による社会的・環境的負荷を軽減する取り組みのために、1人1泊当たり最大6ユーロの「持続可能な観光税」が導入されている。しかし、この税収は実際にはオフシーズンの観光客誘致を目的とした会議施設やスポーツセンターなどの整備にも充てられており、批判の声が上がっている。

  「観光税は、観光客をさらに呼び込むよりも、既に抱えている問題の解決に使うべきだ」と活動家のサン・ミゲル氏は述べた。

  「海と海岸は限界に達している」。イビサ・プリザベーョンのサステナビリティー観測所のコーディネーター、エリサ・ラングリー氏はそう指摘し、自分たちの収入や雇用を支えている海を大切にしないのは「本当に矛盾している」と語った。

原題:Extreme Weather and Overcrowding Puts European Tourism at Risk(抜粋)

関連記事: