道徳心がないからでも、自分勝手だからでもない…日本の「彼ら」が列に割り込み、物を買い占める本当の理由 (2ページ目)

逆に言えば、なぜ日本人は並べるのでしょうか。社会心理学者で北海道大学名誉教授の山岸俊男氏の研究は、これを「制度的信頼」の差であると説明します。

私たちが並ぶのは、隣の人を愛しているからではありません。「電車は必ず来るし、全員乗れる」という資源の安定性。「割り込んだら駅員や周囲に注意される」という周囲の目。この2つがあるからです。これを「安心社会」と呼びます。

私たちは「並んでも損をしない」という特権的な環境にいるからこそ、余裕を持って並べるのです。もし明日、日本が大災害に見舞われ、水が100人に1人分しか行き渡らない状況になったら、私たちもまた、生き残るために「列を乱す側」に回るかもしれません。

サバイバル戦略とは、環境によってスイッチが切り替わるものなのです。

悪意ではなく、「過剰な防衛反応」

厄介なのは、国が豊かになり、環境が改善されても一度刻まれた「生存のルール」はすぐには消えないという点です。これを「集団的トラウマ」と呼びます。

海外の研究では、戦争や独裁政権下の恐怖、あるいは深刻な貧困の記憶は、文化的な遺伝子として継承されます。「システムは信用するな」「隙を見せたら奪われる」「ルールを馬鹿正直に守る奴は馬鹿を見る」。親たちは愛する子を生き延びさせるために、こうした「戦場の知恵」を家庭教育の中で徹底的に教え込みます。祖父母の記憶が、孫の行動を決めるのです。

その結果、平和な日本に来てからも、彼らの脳内ではまだ「見えない椅子取りゲーム」が続いてしまいます。電車のドアが開いた瞬間、彼らの脳の扁桃体は「今すぐ確保せよ!」と警報を鳴らします。それは悪意ではなく、過去の亡霊に対する過剰な防衛反応に近いでしょう。

異文化の人々の行動、あるいは日本国内でも見られる「買い占め」などのパニック行動を目にしたとき、私たちは反射的に怒りや軽蔑を感じます。

それは自然な反応です。しかし、そこで思考を止めず、もう一歩だけ踏み込んでみてください。

「なぜ、彼らはこれほどまでに焦っているのだろうか?」 「彼らの背後には、どのような『奪い合いの歴史』があるのだろうか?」

そう問いかけることは、彼らの迷惑行為を肯定することではありません。毅然と対応することこそ、私たちの回復につながるのです。

しかしここでは、それとは違う視点として、私たち自身が「信頼のある社会」に生きていることの奇跡を噛み締め、分断ではなく対話の糸口を探るための、知的な成熟への第一歩を踏み出すことが、私たちの回復につながると確信しています。


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もう1つ、日本社会特有の根深いトラウマシステムが存在するのが、現在でも見られる学校の運動部における「厳格な上下関係」と「体罰」です。

理不尽なシゴキ、水飲み禁止、先輩への絶対服従、そして指導の名の下に行われる暴力。これらによって、熱中症での死亡事故や自殺といった悲劇が繰り返されてきました。なぜ、学校という「学びの場」が、法律の通用しない「治外法権の暴力装置」と化したのでしょうか。

歴史を紐解けば、日本のスポーツ教育の根底には、戦時中の軍事教練の影響が色濃く残っています。極限状況(戦争)では、「個人の尊厳」や「科学的合理性」よりも、「命令への絶対服従」と「苦痛に耐える根性」のほうが、兵士として生き残る確率は高かったのです。

「殴られるのは、自分のためを思ってのことだ(愛の鞭)」と脳を洗脳しなければ、精神が崩壊してしまう。こうして「殴られて育った」被害者は、自分が先輩や指導者になったとき、同じことを行います。

そうすることで、「自分が受けた痛みには意味があった」と過去を正当化できるからです。つまり、被害者が加害者になるシステムです。

これは個人の資質の問題ではありません。かつて、それで凌がざるを得なかった「暴力で人を支配する」というサバイバル戦略が、伝統や教育という名の下にパッケージ化され、世代を超えて再生産される「システムのエラー」なのです。

「賞味期限切れ」のマニュアルを捨てる勇気

先に挙げた事例のようなマニュアルは、もう賞味期限が切れています。

和田一郎『大人になっても消えない重荷を抱える人のための 生きづらさの手放し方』(KADOKAWA)

現代の科学は、アルコールがトラウマを悪化させることや、恐怖による指導が脳のパフォーマンスを低下させ、逆にうつ病やドロップアウトのリスクを高めることを証明しています。

「手放す」とは、過去の人々を断罪することではありません。「あの時代はそれが必要だった。でも、今は違う」と冷静に仕分けを行うことです。

「つらいときは酒に逃げるのではなく、言葉で伝えよう」 「指導は暴力ではなく、科学にもとづこう」

その新しい価値観(OS)へのアップデートを、あなたから始めるのです。

世代を超えた負の連鎖は、誰かが「ここで終わりにする」と決めた瞬間に、初めて止まるのです。

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