地球環境が後戻りできなくなる「分岐点」はどこにある?海の「渦」が地球規模の大循環に影響する

ーー海洋大循環については、地球環境に大きな影響を与えていると聞いたことがあります。

グリーンランド沖や南極周辺では、海水が大気に熱を放出する代わりに、自身は冷たく重くなって沈みこみます。沈みこんだ海水は、水深3000メートル以下の深層をゆっくりとめぐって、やがて上昇して元の海域までもどってきます。これが海洋大循環です(図4)。

図4:海洋大循環の概要(気象庁「深層循環の模式図」をもとに作成)      拡大画像表示

海は大気との間で大量の熱をやり取りしていますから、もし海洋大循環に異変がおきると、気候にも大きな影響をおよぼします。

およそ1万2000年前に北半球が急激に寒冷化した「ヤンガードリアス・イベント」という出来事があるんですが、これは何らかの理由で海洋大循環が止まったことが原因ではないかといわれています。

元の状態に戻れなくなる分岐点とは!

海洋大循環などの大きな流れに、小さな渦状の流れが影響を与えるかもしれないというわけで、さかんに研究が行われています。

南極大陸の回りには大陸をぐるっと一周する海流があって、その海流の周囲に渦がいくつも発生しています。

シミュレーションを用いた研究では、渦をどれくらい正確に再現するかによって、南極周辺の海流の強さが変わったり、南極の氷の溶け方も変わったりすることが示されています。

図5:南極周辺の海流(作成:加藤愛一、提供:JAMSTEC)      拡大画像表示

通常、渦の発生数は多い時期と少ない時期を繰り返しています。こうした渦の発生の頻度や渦の強さを正確に再現することが、南極の氷の解け具合のような地球環境に大きな変化をもたらし、元の状態に戻りにくい状態を発生させる現象にたいしてのキーとなっている可能性を示しています。

ーー南極周辺での海水の沈みこみは大循環にとって重要ですよね。南極周辺で異変がおきると大循環もおかしくなって、大規模な気候変動がおきるかもしれないということですか!?

そうなる可能性はありますが、あくまでもまだ仮説の段階です。ただ、ヤンガードリアス・イベントは何らかの原因で、地球のシステムが「元には戻りにくい状態」になったことを示しているのだと考えられます。そうなると数百年とか数千年とか1万年くらいの間、地球環境はそれまでとはまったく別の状態になる可能性があります。

大きく状態が変わる分岐点のことを「ティッピングポイント」といいます。ティッピングポイントの存在は、地球科学のシステムを理解するうえでとても興味深いものです。      小規模な渦の存在が地球環境のティッピングポイントをこえるトリガー(きっかけ)になる可能性が、最近わかってきたというわけです。

1000年、2000年前からのシミュレーションを

ーー海洋観測のデータは、シミュレーションによる気候変動などの研究にどのように活用されますか?

観測データは、シミュレーションの精度を上げるために欠かせません。シミュレーションというのは、初期条件を決めてやれば、あとは自動で計算を進めてくれます。たとえば温暖化のシミュレーションをやるときに、1900年時点の地球環境のデータを入れてやれば、それ以降の気温や海水温の変化などが自動で計算されてくるわけです。ただ、どうしても現実とのずれが出てきてしまいます。

それを修正するために、実際の観測データをシミュレーションのモデルに取りこませる「データ同化」という作業を行います。観測データという“正解”を教えることで、シミュレーション結果を現実に近づけることができるんです。

天気予報がやっていることは、まさにこれです。最新の気温や気圧のデータを取りこませて、シミュレーション上の地球の状態を現実に近づけることで、予報の精度を上げています。

ーーなるほど。観測データが充実しているほど、シミュレーション結果をより現実に近づけられるというわけですね。

地球温暖化の将来予測を行う場合は、天気予報のように1日後や1週間後の日本の天気を予測すればいいわけではなく、100年後、200年後の地球環境を予測しないといけません。

そこで温暖化予測の場合は、事前に1000年や2000年以上、シミュレーションをして長い期間での海洋循環の様子を再現するところから始めます。そのうえで産業革命時点などからスタートさせる過去再現実験をします。遠い未来を正確に予測するには、まずは過去から現在までをしっかり再現できていることが重要なのです。

これまでの観測データを取り入れて、過去の地球をきちんと再現できるモデルに仕上げてからでないと、精度の良い将来予測は行えません。

図6: 温暖化シミュレーション。シミュレーション動画(下記)より抜粋。(文部科学省「統合的気候モデル高度化研究プログラム」)      拡大画像表示
温暖化シミュレーション。シミュレーション動画。(文部科学省「統合的気候モデル高度化研究プログラム」)

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