アルテミス2の宇宙食を食べてみた おいしさに驚いた一品は

米航空宇宙局(NASA)ジョンソン宇宙センターのキッチンで、シューレイ・ウー氏が記者のためにコース料理を用意してくれていた。バーベキュー風ブリスケット(牛胸肉)、チキンのサルサソース添え、サイドにはトルティーヤ。クリーミーなマカロニチーズとレッドキャベツの蒸し煮。デザートはチェリーとブルーベリーのコブラー(焼き菓子)、そしてホットコーヒー。

料理は、NASAのロゴが入った皿に美しく盛り付けられている。食欲をそそるごちそうが並んでいるが、この光景はウー氏が本来想定しているものとは少し違う。「微小重力では、そもそも皿は使えませんからね」とウー氏は言う。

これが21世紀の宇宙飛行士の食事だ。本来なら、時速数千キロで飛ぶ宇宙船の船内で、体がふわりと浮いたまま、地上とはまったくちがう壮大な光景を眺めながら味わうものだ。

ウー氏は、宇宙食開発を手がけるNASAのスペース・フード・システムズ研究所のマネージャーを務める。つい15分ほど前まで、この食事はそれぞれ密閉パウチに封入され、フリーズドライ加工によって完璧な保存状態に保たれていた。これに水と熱を加えて元の状態に戻し、パッケージの上部を完全に切り離さないよう注意しながら開封する。切れ端が浮遊して散らばるのを防ぐ、宇宙飛行士の開け方だ。

私たちが座っているのは、有人月周回飛行「アルテミス2」の宇宙飛行士たちが、今回の歴史的なミッションに持っていく食事を試食し、お気に入りを選んだときと同じテーブルだ。

月周回ミッションは実に50年以上ぶりとなる。打ち上げは4月1日(日本時間2日)に行われ、宇宙飛行士たちは月を回って帰還する10日間のミッションへ旅立った。1969年の月面着陸成功へつながった初期アポロ計画と同じ方式だ。

今回のアルテミス2は、これまでクルーを乗せたことのない新型の船体とロケット技術を用いた、極めて重要なミッションであり、そのため膨大な準備と訓練が必要とされた。そして食事の内容もまたミッションの大切な要素だ。

宇宙時代の幕開け以来、宇宙飛行士の食事は重要な課題だ。生命を維持し健康を保つために必要なのは言うまでもない。月面着陸の直後、ニール・アームストロング飛行士とバズ・オルドリン飛行士がまずやったことの1つが食事だった(中身は角切りベーコンとコーヒーなど)。

「地上管制は2人に対し、予定されていた休憩時間を省くことは認めたが、食事を抜くのは認めなかった」と、NASAの食品科学者たちは1969年、学術誌「Nutrition Today」に書いている。「月面を歩くには、食事から得るエネルギーが必要だったからだ」

当時の科学者も、現在の科学者と同様に、風味豊かでバラエティーに富んだ食事が宇宙飛行士の体だけでなく心も満たし、地球とはまったく異なる環境の中で「日常」の感覚を生み出すことを知っていた。

ここ数十年で宇宙食は大きく進歩した。生ぬるいペースト状の肉をアルミチューブから押し出して食べる姿を見ることはもうない。

「宇宙でも野菜を食べなくてはなりませんが、心配はいりません。マカロニチーズだってあるんですから」と、アルテミス2のミッション・スペシャリストのクリスティーナ・コック宇宙飛行士は、ミッション4日目にカナダの子どもたちに語った。

実際、アルテミス2には最新の宇宙食メニューが用意され、食事を温めるための新型キッチン装置も搭載されている。

試食させてもらったマカロニチーズは、市販の箱入り商品のような懐かしい味がした。ただし塩分はかなり控えめだ。微小重力環境下で骨の健康を維持するため、宇宙飛行士の食事は塩分を控える必要があるのだ。

一番驚いたのはインスタントコーヒーだった。きっと薄くて味気ない、焼けたゴムと失望の香りがするのだろうと想像していたが、実際は口当たりのよい、なかなかおいしいコーヒーだった。壮大な夢を抱く宇宙進出時代の人類にとって、おそらくコーヒーは重要な存在になるだろう。必要不可欠と言ってもいいかもしれない。

現在、国際宇宙ステーション(ISS)の食品庫には、約200種類の食料と飲料がそろい、いずれも1〜3年にわたっておいしさ・安全性・栄養価を保てるようになっている。

宇宙では味の感じ方が変わると報告する宇宙飛行士もいる。研究者たちは、微小重力下では体液が頭部に移動して鼻づまりを引き起こし、風味を感じるのに重要な嗅覚を鈍らせている可能性があると考えている。

ウー氏のチームは、帰還した宇宙飛行士全員に、どの食品が好きだったか、また嫌いだったかを調査している(不評で提供をやめたものもある)。「全員が気に入る標準メニューを作るのは不可能ですが、常に改善の余地があります」とウー氏は語る。

パンはいまだに攻略が難しい食品だ。パンくずが浮遊すると宇宙船の機器類に悪影響を及ぼすため、宇宙飛行士は代わりにトルティーヤやフラットブレッド(薄く平たいパン)を食べている。

最近NASAの調理担当者がビーフテリヤキを試作したところ、一般的な保存処理である「熱安定化」(食品を高温にさらす工程)によって、肉が硬くなってしまうことがわかった。そこで、腐敗の原因となる微生物を死滅させるガンマ線照射を試してみた。しかし、この料理にはパイナップルが入っており、その中に含まれる特定の酵素にはガンマ線が効かなかった。

「仕上がりはとてもおいしいのですが、2年ほど保存するうちに、その酵素が肉の食感をどんどん損なってしまうのです」とウー氏は言う。「最終的に牛肉の食感がひどく劣化して、食べられたものではありません」

アルテミス2のミッションはわずか10日間だが、宇宙飛行士たちはフライト前に合計4時間をかけて約200種全ての食品と飲料を試食した、とウー氏は説明する。地球の重力圏を離脱するには、積み荷は軽くなくてはならない。フライト中にクルーが食べないものを宇宙に送るわけにはいきませんから、とウー氏は言う。

宇宙では直火で料理はできない。そのためクルーは、宇宙船「オリオン」用に特別に作られた新しい装置で食事を温める。記者がジョンソン宇宙センターのオリオン・フライトシミュレーター内部に入れてもらったとき、アルテミス2のフライトコントローラー、ワイス・マッキンリー氏がフードウォーマーの実物大模型を持って現れた。ウォーマーは金属製のブリーフケースのような形をしている。

金属プレートの上に食品パウチを置き、サイドのストラップで固定して温める仕組みだ。プレートは約85℃度まで加熱でき、食品や飲料を約70〜80℃まで温められる。熱湯を噴射するピストル型の装置で再加熱していたアポロ時代に比べれば大きな進歩で、15分ほどで食べられる状態になる。最大12パックまで一度に温められるが、その場合は1時間近くかかる。

2018年にNASAでこの装置の開発が始まった当初、朝食・昼食・夕食のときだけウォーマーを使い、それ以外は収納しておく運用が想定されていたと、オリオンのクルーシステム・マネージャーのポール・ベーム氏は語る。

しかし宇宙飛行士から、食べたくなったときにいつでも温めたいという要望が出たため、運用方法の変更が必要になった。ウォーマーを常時稼働させると電力を消費するうえ、「クルーがウォーマーを開けるたびに熱がキャビンに入り、冷却が必要になるのです」とベーム氏。そこでエンジニアが再計算を行い、朝に電源を入れたら就寝時までつけっぱなしにできるようにした。

また、ミッションの準備段階では、オリオンの積載制限を考慮し、食事1回分のカロリーと栄養を含む棒状のフードバーを主食にする案も検討されたとベーム氏は言う。

ウー氏のチームはジンジャーバニラ、ハニーナッツ、バナナナッツなど数種類のフレーバーを開発し、ジョンソン宇宙センターのスタッフに試食してもらった。味は悪くなかったものの、「すべての食事をフードバーに置き換えるのはちょっと……」という反応だったとウー氏は振り返る。「やはりほとんどの人は普通の食事の方を好みますから」

上の階に上がると、あたりにはなにやらおいしそうな香りが漂っていた。業務用キッチンでは、白衣とヘアネット姿の食品科学専攻の学生たちが、温めた宇宙食の計量をしている。「インド風フィッシュカレーです」と学生のひとりが教えてくれた。

10年後には、月面基地の居心地のいい空間の中で、月探査クルーたちがこの香りを嗅いでいるかもしれない。

文=Marina Koren/訳=夏村貴子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2026年4月11日公開)

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