シーラカンスの頭部解剖で70年越しの新事実、 「生きた化石」が進化の常識を覆す
シーラカンスは、かつて絶滅したと考えられていた古代魚だが、20世紀に現生種が発見され「生きた化石」として知られている。
今回、ブラジルとアメリカの研究チームが現生種アフリカシーラカンスの頭部を詳細に解剖した結果、70年以上信じられてきた進化の定説の多くが誤りだったことが判明した。
最新の解剖学的分析では、脊椎動物の頭の筋肉の進化に関する従来の説明のうち、正しかったのはたったの13%だけであることが明らかになっている。
この発見は、シーラカンスだけでなく、私たち哺乳類を含む脊椎動物全体の頭部進化の理解に影響を与える可能性があるという。
シーラカンス目は古代の海で繁栄したが、白亜紀末(約6600万年前)までに絶滅したと考えられ、長らく化石でしか知られていなかった。
その常識が覆されたのは1938年だ。南アフリカ沖でラティメリア・カルムナエ(Latimeria chalumnae)が捕獲され、化石とほとんど変わらぬ姿に科学界が驚いた。
さらに1997年にはインドネシア・スラウェシ島北部沖で別種のラティメリア・メナドエンシス(Latimeria menadoensis:インドネシアシーラカンス)が発見され、現存種は2種であることが明らかになった。
大昔のままの姿をとどめているは、深さ約300mの海底洞窟で静かに暮らしていることが関係していると考えられている。
そこは天敵が少なく、非常に安定した環境でもあった。それゆえに、大きく進化しなくても生き続けることができたのだ。
この画像を大きなサイズで見るアフリカシーラカンス(Latimeria chalumnae)の標本 Citron / CC-BY-SA-3.0 WIKI commons今回、ブラジル・サンパウロ大学とアメリカ・スミソニアン博物館の研究チームが調べたのは、米国のフィールド自然史博物館とバージニア海洋科学研究所から提供された「ラティメリア・カルムナエ(Latimeria chalumnae)」の標本だ。
研究チームは、標本の頭部の筋肉と骨1つ1つを6か月かけて丁寧に解剖し、CTスキャンなども活用しつつ、詳細に観察した。
その結果、これまで70年にわたり文献に記されてきた内容が、ほとんど間違っているという衝撃の事実が明らかになったのである。
脊椎動物の進化による頭の筋肉の変化について、正しく理解されていたのはたった13%にすぎなかった。
その一方で、食事や呼吸の進化に関連するこれまで知られていなかった変化が9点が発見された。
研究を主導したサンパウロ大学のアレッシオ・ダトヴォ教授によると、シーラカンスは、現生の脊椎動物の約半数を占める「条鰭類(じょうきるい)」とは大きく違い、想像以上にサメやエイなどの「軟骨魚類」、さらには哺乳類・鳥類・両生類・爬虫類が含まれる「四肢動物」に近いことが分かったという。
これが意味するのは、全脊椎動物の進化の歴史に関するこれまでの理解を一度見直す必要があるということだ。
この画像を大きなサイズで見る詳細に解剖分析されたラティメリア・カルムナエ DOI: 10.1126/sciadv.adt1576とりわけ重要な発見は、シーラカンスの口とノドをつなぐ空間を広げるとされていた筋肉が、実際は収縮しない靭帯(じんたい:骨同士を繋ぐ強靭な結合組織の短い束)だったことだ。
シーラカンスをはじめとする全身が硬い骨でできた「硬骨魚」は、大きく「条鰭類(じょうきるい)」と「肉鰭類(にくきるい)」に分けられ、それぞれ約4億2000万年前に共通の祖先から分岐したと考えられている。
キンギョなどの条鰭類に特徴的なのが、口を開閉して水を吸い込みながらエサを食べる「吸引摂食」だ。これは生存に非常に有利な特徴で、今日の脊椎動物の約半数が条鰭類で占められている。
一方、シーラカンスやサメ(こちらは軟骨魚)は、主に「噛みつき」でエサを捕らえる。
実はこれまでの研究では、シーラカンスもまた「吸引摂食」のための筋肉があるとされており、これを根拠に、吸うための筋肉は条鰭類と肉鰭類の共通祖先もまた持っていたと考えられていた。
ところが、今回それらは筋肉ではなく靭帯だったことが判明した。筋肉と違い靭帯はただ力を伝えるだけで自ら収縮することはない。したがってシーラカンスは吸引することができないのだ。
この結果を踏まえると、条鰭類の吸引機能は、その共通祖先が現れてから少なくとも3000万年は過ぎてから進化したものであると推測されるという。
この画像を大きなサイズで見る本研究の著者の一人、アレッシオ・ダトーヴォ氏。国立自然史博物館に展示されているシーラカンスの標本のそばにて/Credit: Museum of Zoology (MZ), USPこのことは私たち自身の進化の歴史を知るうえでも非常に重要なことだ。なぜなら哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類といったすべての四肢動物は、水中に生息していた肉鰭類の祖先から進化してきたからだ。
そして今回の研究では、シーラカンスの頭部を解剖学的に分析し、その筋肉や靭帯の構造に関する誤解が明らかになったことで、大型脊椎動物全体の頭部の進化まで見直しが迫られる事態になっているのだ。
研究チームは今後、今回のシーラカンスに関する発見をもとに、両生類や爬虫類といった四肢動物との筋肉の共通点を探していく予定であるそうだ。
この研究は『Science Advances』(2025年4月30日付)に掲載された。
References: Science / “Living Fossil” Just Shattered 70 Years of Evolutionary Assumptions
本記事は、海外の情報をもとに、日本の読者がより理解しやすいように情報を整理し、再構成しています。
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