「地球がもうひとつの家」になる世界:SANUが“第2ステージ”で向かう先

日本だけでなく、地球全体が「もうひとつの家」になる世界を実現する──。そんな壮大な計画を、自然の中にセカンドホームを借りられる会員制サービス「SANU 2nd Home」を展開するSANUが打ち出した。海外展開を進めることで、2035年までに全世界に計500拠点を設けるというのだ。

SANU 2nd Homeのサービスを2021年に開始したSANUは「Nature for all(自然をあらゆる人へ)」というテーマを打ち出し、都市生活者を中心に支持を広げている。しかし、その道筋はあくまで日本のユーザーを対象に、日本国内に施設を増やしていくことを前提に描かれていた。

SANUの拠点数は今年6月時点で国内32カ所に増え、ユニークユーザー数は23,000人。それを10年後には拠点数を一気に15倍以上に、しかも世界中に広げていく──。その目標は、あまりに突拍子もなく聞こえるかもしれない。

だが、すでにSANUは壮大な“第2ステージ”に向けた布石を打ち始めている。そのひとつが、共同オーナー型で買い切りタイプのサービス「SANU 2nd Home Co-Owners」を基軸としたビジネスモデルへの転換だ。

従来のSANU 2nd Homeは、月額55,000円で自然の中にもうひとつの家を借りられる定額制のサービス。これに対して2024年にスタートしたCo-Ownersは、1口330万円から(管理費として年98,000円が1口ごとに別途必要)の買い切りタイプとなる。

ユーザーは対象となる建物の共同所有権を購入することで、1口につき12泊/年の権利が30年間にわたって付与される仕組みだ。いわゆるリゾート会員権の仕組みに似ているが、人と自然とのつながりを重視した独自設計の建物(キャビン)や、共同所有していないSANU 2nd Homeの拠点にも宿泊できることが特徴といえる。

2つ目の“車輪”を事業の主軸に

このCo-Ownersへのシフトが、なぜSANUにとって“次への布石”といえるのか。

SANUが最初にサブスクリプション方式でサービスの提供を始めたのは、まずは実現を目指す世界観への“入口”をつくる狙いがあったのだと、共同創業者で最高経営責任者(CEO)の福島弦は言う。「そこから少し裾野が広がってきたことで、より長い期間の体験、いわば“人生”を購入してもらうような感覚を意識して、自然とCo-Ownersへとシフトしていったんです」

共同創業者の福島弦(右)と本間貴裕(左)。インタビューは2025年6月にオープンした静岡県伊東市の拠点でおこなわれた。

Photograph: Shintaro Yoshimatsu

もちろん、SANUにとってのメリットは大きい。30年間という長期にわたってユーザーを囲い込む機会につながるうえ、拠点の開発やキャビンの建設に必要な資金の調達を、ユーザーを巻き込むかたちで先行して進められるからだ。こうしてサブスクリプションに続く2つ目の“車輪”として始まったCo-Ownersは、SANUにとって事業の主軸になりつつある。

このCo-Ownersの対象となる建物を中心に、SANUは新規の拠点を2026年に向けて全国40カ所、2028年内に全国100カ所に増やす計画だ。つまり、約3年で60カ所、単純計算すると毎月1.6カ所以上の新規拠点を開設していくことになる。2035年までに全世界に500カ所という計画に基づいて計算すると、約7年で海外も含め400カ所にキャビンを建設しなければならない。

“建築テック”の企業へと進化

この驚異的なペースを、いかに実現していくのか。秘策としてSANUが打ち出したのが、木造モジュール建築を手がけるADXを子会社化することで、キャビンを内製化して“量産”することだった。

量産するといっても、ただのキャビンではない。自然との共生を意識したSANU 2nd Homeの既存の建築モデル「SANU CABIN MOSS」のように、リジェネラティブな建物を量産していくというのだ。

ADXは「森と生きる。」というフィロソフィーを掲げる建築チームで、SANU CABIN MOSSを手がけたことでも知られている。ADX代表の安齋好太郎は自然との共生を重視し、モジュール構造やプレファブリケーション方式によって自然環境への負荷を抑えながら、建設地の環境に建物のほうを最適化しようと試みてきた

そんな安齋の思想を反映してか、SANU CABIN MOSSも苔(moss)のように自然と一体になるような建築を目指してつくられている。 風が建物の向こう側へと自然に流れていく高床式で、折り紙のような屋根は雨や風、雪を特定の箇所に集中させない。木質化率は一般の木造住宅を大幅に上回る40%に達する。

SANU 2nd Homeの建築モデル「SANU CABIN MOSS」。ADX代表の安齋好太郎の考えに基づいて、苔(moss)のように自然と一体になるような建築を目指してつくられている。

Photograph: SANU

こうした構造のキャビンを、ADXは現地での着工から僅か2週間程度で完成させる。工場で加工済みの建築モジュールを現場で組み立てる構造にしたことで、施工を簡略化できたからだ。しかも、土壌や木々、水脈への影響を抑える独自工法により、自然環境への影響を最小限に抑えられるという。

安齋の考えやそれに基づくADXの工法、技術、そして建築の完成度の高さに、SANUの福島と共同創業者でブランドディレクターの本間貴裕は強く共感し、そして驚かされたのだという。「目指す未来において一緒になっていくことで、次のステップに進めるんじゃないかと考え始めたんです」と、福島は語る。

その中核となる拠点が、ADXが建築モジュールを加工する福島県内の工場だった。SANUはADXの工場を拡張して自社の生産拠点 「SANU FACTORY」とすることで、木造モジュール建築の量産を加速させる計画を打ち出したのである。

拡張後のSANU FACTORYでは建物のデータを3Dモデルとして一元管理し、ロボティクスによる加工と組み立ての一部自動化も進める計画だ。これにより、2028年には年間300棟の木造モジュール建築の生産を開始する体制の確立を、SANUは目指している。

この工場のデジタル化が、実はSANUが海外に展開していくうえで重要な意味をもってくる。日本にあるSANU FACTORYを手本に設計した工場の“双子”を海外にも展開し、日本と共通のデータとノウハウに基づいて建築モジュールを国内外で量産する計画なのだ。

つまり、建築を“デジタル輸出”する構想で、これにより世界各地に同じ設計のキャビンを展開しやすくなる。だからこそ、ADXとの経営統合によって“建築テック企業”になるプロセスは、SANUにとって欠かせなかった。

「SANU 2nd Home OS」が描く未来

そのプロセスにおいて、重要な鍵を握る人物がいる。2024年にSANUのCCXO(Chief Connected-Experience Officer)兼ソフトウェアエンジニアとしてメンバーに加わった井上恭介だ。「彼の存在は今後のファクトリー構想や建築の“デジタル輸出”において重要なピースだと思っています」と、福島は語る。

実は井上の前職は、スマートホーム技術を手がけるHOMMAのソフトウェア・アーキテクト。テクノロジーの存在を感じさせないシームレスなスマートホーム体験を提供する術を熟知している。その知見を生かすことで、SANUはユーザー体験の向上や拠点管理の効率化などを加速させようというわけだ。

実際に井上は、SANUの拠点の部屋にある温泉の温度をユーザーの好みに合わせて到着前に最適化するシステムのプロトタイプまで、自発的に試作していた。そんなギークな側面をもつ井上は、SANUが描くエコシステムのデジタル化とテクノロジーの実装には欠かせない。

井上が加わったことで、SANUの事業の中核をなす新たなソフトウェアを開発する構想も静かに進行している。今後は世界中に分散していくことになるであろう拠点を統一的に管理・運営し、ユーザー体験も向上させるソフトウェア「SANU 2nd Home OS」の開発だ。

これからのSANUは、急速に増えていく拠点を適切に管理しながら、より優れたユーザー体験を長期に渡って提供し続けていく必要がある。そこで“頭脳”になるソフトウェアをつくることで、各地に建設するキャビンやモジュールの生産プロセスから完成までのプロジェクトマネジメントのみならず、完成後の管理や修繕といったこともデータに基づいて分析・対応できるようにする考えだ。

そして、このソフトウェアをユーザー体験の向上にも活用する。「ワンクリックした瞬間にどこにでも行ける。それがわたしたちの目指す世界線です」と、福島は語る。そうしたシームレスな体験を提供することで、都市と自然との間にある「見えないバリア」を埋めていくというのだ。そのためには、優れたインターフェイスをもったソフトウェアの存在は欠かせない。

例えば、各拠点の部屋や風呂の温度を、個人の好みや季節に応じてユーザーが到着する前に最適化できるようなシステムも想定している。こうしたシステムの構築は、スマートホーム技術を熟知したエンジニアである井上の得意とするところだ。

群馬県内にあるSANUの拠点の様子。森に囲まれた自然豊かな立地だ。

Photograph: SANU

今後は人工知能(AI)の技術を活用していく構想もあるが、その使い方は少し他とは異なっている。福島と本間によると、「人間を“不便”のなかに連れ出すAI」を目指しているというのだ。例えばSANUの施設に泊まったとき、屋外で鳴いている野鳥のことを教えてくれて、外に出て散歩するよう後押しする。就寝前に日の出の時刻を知らせることで、早起きして朝日を楽しむよう促してくれる──。

つまり、ユーザーと自然との接点が増えるように、そっと背中を押してくれるAIアシスタントというわけだ。これを福島と本間は、人間と自然とのつながりの深さと意義を伝えるレイチェル・カーソンの著作『センス・オブ・ワンダー』にちなんで、通称「ワンダーくん」と呼んでいる。

「もちろん、スマートフォンがあれば自分で野鳥について調べることもできます。でも、AIを通じて自然とかかわる機会を増やすことで、人間が本来もっている力を呼び起こしたり、もっと地球のことを理解したりできるようになってもらいたいんです」と、本間は言う。「例えば、『雨が降るのは嫌だな』じゃなくて、それを楽しめるような感性をSANUで身に付けてほしい。それだけで心がハッピーになると思いますから」

拠点の価値を高めるパートナーの存在

よりよいユーザー体験の実現と規模の拡大を両立させるべくSANUが進めていることは、キャビンの量産やテクノロジーの実装だけではない。自社で提供するサービスの価値をさらに高めるべく、業界を超えたパートナーシップの枠組み「SANU Lifestyle Partners」の構築もスタートさせた。第1弾として、ゴールドウイン、J.フロントリテイリング、日鉄興和不動産、日本航空、ANAグループ、クレディセゾンが参画している。

ただ、SANUは提携先を増やしていくことに注力したり、ポイント制度の大規模なネットワークを構築したりすることを第一に考えているわけではないという。「(SANUのコンセプトである)Live with natureという考えや文化、哲学を基にした、さまざまな企業やプレイヤーの集合体になればいいなと思っているんです」と、福島は言う。ある意味、理念を共にする共同体のような仕組みといえるかもしれない。

第1弾の提携先はいずれも大企業だが、その理由について福島は「まずは“うねり”をつくりたいという思いがあるんです」語る。「SANUのことを知っていただける人を増やしたり、ひとりでも泊まっていただけるきっかけづくりのために力を借りたい。その意味で、顧客基盤の大きさが重要だと考えたからです」

最終的な目標は、SANUのサービスを契約したり権利を購入したりすることが「人生や生活の一部を買う」ような体験になることだと、福島は説明する。つまり、SANUのキャビンに泊まることで自然を体験するだけでなく、理念を共にするさまざまなブランドに出合える仕組みをつくろうと考えているのだという。

SANUは「Live with nature./自然と共に生きる。」という理念を共にするパートナーシップの枠組みも構築し始めている。

Photograph: SANU

ふたりの共同創業者がいることの強み

こうしてSANUは足場を固めながら、「地球がもうひとつの家になる」世界の実現に挑んでいくことになる。海外進出に際して最初に狙う市場は、人口が100万人以上いる大都市の周辺だ。具体的には米国、そして東南アジアからオセアニアにかけてのエリアを想定しているという。

「先日はインドネシアのジャカルタに行ってきたんですが、そこでも新しいライフスタイルを模索する動きがあることを実感できました」と、福島は言う。都市化が急速に進むなか、30代から40代を中心に自然のなかで過ごすライフスタイルを求める先進的な層が相当数いるのだという。「そうした市場で、日本発のブランドとして存在感を示せるようになりたいんです」

そこで重要になるのが、ゲストハウスやホステルの運営企業であるBackpackers' Japanを創業した経験をもつ本間の役割だ。「市場のニーズや企業としての成長を考慮して進出先を計画的に決めていくことも重要ですが、“人のつながり”をベースに展開することも大切だと思っているんです」と、本間は言う。「やはりセレンディピティというか、“愛のある偶然”を大切にしたい。偶然性がデザインする未来みたいなものが必ず存在していると思うし、その積み重ねこそが圧倒的なオリジナリティーになり、差別化につながると思うんです」

市場としてのポテンシャルを意識しながら事業規模を拡大し、そのために必要なインフラを緻密に組み立てていく。一方で、人と人、人と自然との出会いのセレンディピティを大切にする──。そこが、福島と本間というふたりの共同創業者がいることによるSANUの強みであり、おもしろさなのかもしれない。

「パーフェクトな人より、真面目そうに見えて実はお茶目だったりする人のほうが愛されますよね。だから、企業にもそういう側面が欲しいなって思うんです」と、本間は笑う。

Photograph: Shintaro Yoshimatsu

これからのSANUが目指していくのは、自然の中にあるセカンドホームが人々にとってもっと身近になる世界だ。まだ構想の段階だが、セカンドホームと行き来できるような“ファーストホーム”をSANUが提供していくアイデアもあるという。

「当たり前ではないと思われているものを、当たり前にしていく。それがぼくらにとっての大きな命題なんです」と、福島は言う。「ひとりでも多くの人を自然の中に連れ出して、そこで暮らしを営んでもらいたい。そのためのハードルを、1mmずつでも下げていきたいと思っています」

だからこそ、SANUは「Live with nature./自然と共に生きる。」という理念を体現するために“建築テック企業”へと進化し、世界市場への足がかりをつくり、必要なサービスやプラットフォーム、インフラを提供するブランドへと有機的に変化していく。結果として、約30年かけて1兆円規模の企業になっていたい──。それが、福島と本間が思い描いている“第2ステージ”の先にあるSANUの姿だ。

「いつの日か『SANUって日本発だったんだ』なんて言われるくらい、“世界のSANU”になっていたらおもしろいと思うんです」と、本間は語る。「日本中の自然だけでもこれだけ感動できるのに、世界の自然を前に、世界中の人たちと一緒に感動できる。そういう幸せな感覚を少しでも多くの人に届けていたい。そんな姿を思い描いています」

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