がんは身体機能を衰弱させるだけではなく脳を乗っ取って精神を衰弱させる可能性が示される

サイエンス

癌(がん)が進行すると、身体的な痛みや機能低下が発生するだけではなく、多くの患者がかつて好んでいた活動への興味を失い無気力に陥ることがあります。2025年4月に発表された論文では、がんは単に体を衰弱させるだけではなく、意識を制御する特定の脳回路を乗っ取ってしまう可能性が示されています。

A neuroimmune circuit mediates cancer cachexia-associated apathy | Science

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adm8857

Cancer hijacks your brain and steals your motivation − new research in mice reveals how, offering potential avenues for treatment

https://theconversation.com/cancer-hijacks-your-brain-and-steals-your-motivation-new-research-in-mice-reveals-how-offering-potential-avenues-for-treatment-254043

末期がんの患者が人生の活動で無気力になりがちなことは、身体の衰えに対する避けられない心理的反応だと医師は考えていました。がんが進行すると悪液質(カヘキシー)と呼ばれる栄養的に衰弱した状態に陥り、患者は努力と忍耐を要する困難な治療に取り組むことに苦労するため、治療を複雑化させる傾向にあります。

しかし、ワシントン大学医学部神経学科のアダム・ ケペックス氏らがScienceで公開した論文によると、悪液質はドーパミンシグナルを抑制する脳幹から基底核への回路に作用し、抑制性ニューロンを駆動させる可能性があるとのこと。

研究者らは、がん性悪液質のマウスモデルに神経科学ツールを用いることで、マウスの脳活動が疾患によってどのように変化するかを調べました。結果として、研究者らは脳の炎症を検出する器官として機能する「最後野(さいこうや)」と呼ばれる小さな脳領域を特定しています。 実験では、マウスは餌の入ったボックスに鼻を入れることで餌を得ることができる1つ目の課題、水を得られるボックスが左右に配置された橋を繰り返し渡ることで左右で水を補充することができる2つ目の課題を学習しました。以下は、論文で用いられた課題のイメージ。2つの課題では、餌や水を繰り返し得るたびに、必要な活動の数が多くなります。例えば水を得るための橋では、飲んでいる間に水の量は減るため橋を渡ってもう片方の水を獲得しにいく必要がありますが、時間ごとに水の量が減るため、より素早く繰り返し橋を渡る必要があります。

がん性悪液質が増加する(がんが進行する)につれて、マウスは依然として餌および水の報酬を求め続けましたが、簡単に獲得できる課題のみ取り組み、より努力をしてさらなる報酬を得る課題はすぐに放棄しました。同時に、ドーパミンレベルがリアルタイムで低下していく様子が観察されています。

身体に腫瘍が増殖すると、炎症を引き起こす分子であるサイトカインが血液中に放出されます。最後野が炎症性分子の増加を検知すると、複数の脳領域にわたる神経伝達が引き起こされ、最終的には脳のモチベーション中枢である側坐核(そくざかく)におけるドーパミンの放出が抑制されます。ドーパミンは報酬を得るために努力する意欲と関連しているため、神経の作用として腫瘍の増殖が意欲の低下につながることになります。

マウスを使った研究では、がん性悪液質がモチベーションを低下させる作用が明らかになっただけではなく、低下した意欲を回復させる方法が発見されたことも重要だとケペックス氏は述べています。論文によると、がん自体は進行し続けていたとしても、最後野の炎症感知ニューロンをオフにするか、ニューロンを直接刺激してドーパミンを放出させることで、マウスの正常な意欲を回復させることができたそうです。

また、炎症を引き起こす分子であるサイトカインを阻害する薬剤をマウスに投与したところ、最後野が側坐核にドーパミン抑制を働きかける作用も抑えることができたとのこと。これらの結果はマウスモデルに基づいていますが、人間に対する治療に適用できる可能性を示唆しています。 ケペックス氏は「私たちの発見は、がんだけにとどまらず、はるかに広範な意味合いを持っています。がんにおける意欲喪失を引き起こす炎症性分子は、他の多くの疾患にも関与しています。この脳回路は、様々な慢性疾患に苦しむ何百万人もの人々が経験する、衰弱させるような無気力状態を説明できるかもしれません。これらの発見をヒトへの治療法として応用するにはさらなる研究が必要ですが、今回の発見は有望な治療目標を示しています」と研究の意義について語りました。

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