クラゲをサイボーグ化し、未知なる深海の秘密を解き明かそうとする科学者たち
地球上でもっとも手つかずの環境、それが深海だ。高圧と暗闇が支配するその世界には、今なお未知の生態系や環境変化が潜んでいる。
しかし、従来の調査方法ではコストもリスクも大きく、限界がある。
そんな中、アメリカの研究者たちはミズクラゲにマイクロチップとセンサーを取り付けて操縦可能にし、「サイボーグ・クラゲ」として活用する新しい探査手法を開発した。
生き物の動きと最新技術を融合させたこの試みは、エネルギー効率にも優れ、これまで到達不可能だった深海の観測を可能にするかもしれない。
この研究は『Physical Review Fluids』誌(2025年7月28日付)に掲載された。
アメリカ・コロラド大学ボルダー校の研究チームは、ミズクラゲに小型のマイクロ電子装置を取り付けることで、クラゲの泳ぎを制御できるシステムを開発した。
研究を主導するシュウ博士は、「この装置は心臓のペースメーカーのようなもので、クラゲの遊泳筋肉を刺激し、進む方向を調整できます」と説明する。
最終的には、クラゲに搭載されたセンサーによって水温やpH(酸性度)といった環境データを収集することが目標だ。
従来の探査装置ではコストも重量もかさむうえ、アクセス困難な海域も多い。
その点、サイボーグ・クラゲは小型で自然な移動が可能なため、これまで調査が困難だった深海域への到達を可能にする新しい手段となる。
この技術は、深海の探査のみならず、海水温度の上昇や酸性化といった気候変動による影響を、遠隔地から直接観測することも可能にし、将来的には地球規模の環境モニタリングにも応用されると期待されている。
この画像を大きなサイズで見るimage credit:unsplashミズクラゲ(英名:Moon Jellyfish)は、最も効率的なエネルギー消費で泳ぐ生物のひとつで、その体の構造はおよそ5億年前からほとんど変わっていない。
脳や脊髄は持たず、神経網によって動作する。痛みを感じる「侵害受容器」も存在しないとされ、研究対象として倫理面でのハードルも比較的低い。
ミズクラゲの大きさは直径1cmから30cm以上までさまざまで、短い触手を使って動物プランクトンや小型の甲殻類を捕食する。
人間の皮膚には刺胞が届かず無害である。沿岸部を漂う姿がよく知られているが、実はマリアナ海溝のような極限的な深海環境にも適応して生息しており、観測装置としての潜在力が高い。
使用されているのは、ポリプから水槽内で育てられた成体のミズクラゲで、十分な遊泳能力を持つため、装置による制御や深海観測にも対応できる。
成体の寿命はおよそ1年とされており、その間に多くの重要な海洋データを収集できると期待されている。
この画像を大きなサイズで見るimage credit:unsplashこのサイボーグ・クラゲ構想は、今からおよそ5年前にシュウ博士によって打ち出された。2020年にはマサチューセッツ州ウッズホール沖にて、実際の海中での試験も行われている。
「ミズクラゲの泳ぎ方には、非常に洗練されたしくみがあります。それを解明すれば、将来的にエネルギー効率の高い水中ロボットの設計に活かせるはずです」と博士は語る。
実際、研究ではクラゲの泳ぎが生み出す水流を可視化するため、生分解性の粒子を使ってタンク内での流体観測も行われている。
従来は銀でコーティングされた粒子が使われていたが、環境負荷を減らすため、トウモロコシでできた粒子など、より持続可能な素材が採用されている。
この画像を大きなサイズで見る研究室の水槽にいるミズクラゲ / Image credit:Glenn Asakawa/University of Colorado Boulder.近年では、無脊椎動物の一部が有害刺激に反応することが分かってきており、かつての「痛みを感じない生物」という見方は見直されつつある。
シュウ博士もその点を重視しており、クラゲにストレスを与えないよう慎重に観察を続けている。
クラゲが強いストレスを受けると、粘液を過剰に分泌したり、繁殖を停止したりすることがある。
研究チームはそのような兆候を見逃さず、個体の状態に応じて調整を行っている。現
現在、クラゲたちは水槽内で安定して生活しており、ポリプ(クラゲの幼生)も順調に形成されているという。
この画像を大きなサイズで見るPhoto by:iStock私たちの知らない深海には、地球の未来を左右するかもしれない重要な情報が眠っている。
その調査に選ばれたのが、古代から変わらぬ姿で泳ぎ続けるミズクラゲだった。
このサイボーグ・クラゲが活躍することで、これまで到達できなかった深海の秘密が明かされる時がくるのかもしれない。
References: Journals.aps.org / Microchipped cyborg jellyfish may reveal secrets of Earth’s darkest ocean frontiers
本記事は、海外の記事を参考に、日本の読者向けに重要な情報を翻訳・再構成しています。
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