マスク氏、代償は資産1130億ドルの消失-トランプ政権での波乱の日々

テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は今年、特別政府職員としてトランプ米政権に参画した。権力中枢やデータへの前例のないアクセスを得たマスク氏は、米政府全体に混乱をもたらした。トランプ氏が外国の首脳や閣僚と行った会合にも同席し、防衛政策や関税政策について意見を述べた。最も注目を集めたのは「政府効率化省(DOGE)」の顔として、数十もの政府機関の人員や支出を削減したことだ。

  一方、マスク氏が唯一所有する株式公開企業であり、同氏の資産の主要な源泉でもあるテスラは、同氏自身やその政策に対する国民の怒りの矛先となった。テスラの株価はトランプ氏の2度目の大統領就任式以来33%下落し、売上高も急減した。

ホワイトハウスでテスラ車にトランプ大統領(右)と同乗したマスク氏(3月11日)

  ブルームバーグ・ビリオネア指数のデータによると、マスク氏の個人資産は1月17日以降、全体の25%に当たる1130億ドル(約16兆700億円)が減少した。

  ブルッキングス研究所の効率公共管理センター所長、エレイン・カマルク氏は「これは100日間の破壊だ。DOGEは脂肪ではなく筋肉を削っている。マスク氏はトランプ氏の決定の責任を多く負わされており、人々はトランプ氏よりもマスク氏を憎むようになった」と指摘する。

  マスク氏は当初、最大2兆ドル規模の無駄な政府支出を削減すると約束したが、DOGEの集計によると、同氏の取り組みで節約された額は今のところ、1600億ドルにとどまる。取り組みに対する世論は低調で、28日に発表されたワシントン・ポスト、ABCニュース、イプソスの世論調査によると、マスク氏の政権内での仕事ぶりに反対する米国人は57%に上り、半数未満だった2月から増加した。

  事情に詳しい関係者によると、トランプ政権内と議会で多大な反発を招いたマスク氏は、ホワイトハウスのワイルズ首席補佐官と週に数回会談し、自身の行動を報告している。

  ホワイトハウス担当者はマスク氏の「特別政府職員」としての地位に変化はないと述べた。マスク氏とテスラ、スペースXは問い合わせに応じなかった。

テスラのショールームの前で行われた抗議活動(ニューヨークで)

テスラに打撃

  マスク氏の事業でテスラほど大きな打撃を受けたものはなく、投資家やアナリストらは、同氏に社業に専念するよう公に訴えている。同社は1月17日以来、時価総額で4483億ドルを失った。DOGEがこれまで節約したと主張する額の2倍以上だ。

  テスラの自動車やショールーム、充電ステーションは抗議活動のに加え、散発的な放火や破壊行為にも見舞われた。マスク氏の思い入れが強いステンレス鋼製ピックアップトラックの「サイバートラック」は特に標的となっている。

  テスラの1-3月期決算はここ数年で最悪となった。マスク氏は先週の決算発表後、アナリスト説明の冒頭で「私が政府関係に費やした時間に対して、一部反発があった」と認めた。5月からは「DOGEへの時間配分を大幅に削減する」としている。

スペースXの成功

  一方、マスク氏の宇宙開発企業スペースXは同氏の政府関与から恩恵を受けてきた。多くの人々はマスク氏をテスラのCEOと認識しているが、長年にわたる政府請負業者とみた方がより正確だ。トランプ氏は大統領就任の演説で火星探査に対する意欲を表明し、マスク氏への共感を示した。

  この数カ月間、スペースXはさらなる政府支援の恩恵を受けている。国防総省はスペースXに情報収集衛星の軌道投入のため、競合他社よりも高額な59億ドルを付与した。また、連邦政府による農村部を対象とした420億ドル規模のブロードバンド普及事業で、スペースXが大きな役割を担うことで共和党の支持を得た。民主党からは批判の声が上がっている。

  連邦航空局(FAA)では、マスク氏がスペースXのエンジニアを配置し、スターリンク端末の米国空域システム全体への展開を進めている。FAAの従業員がこの作業を妨害した場合、マスク氏に報告の上解雇されるリスクがあるとの警告を受けたと、ブルームバーグ・ニュースは先月報じた

  マスク氏はスペースXの大口顧客である国防総省も訪れている。同氏は何年も前から米安全保障面のクリアランス(機密情報取り扱い許可)を得ており、大統領専用機「エアフォースワン」の次世代機視察のため、テキサス州にある競合ボーイングの軍事航空機施設を訪問した。次世代エアフォースワンはトランプ氏の優先課題だが、プロジェクトは数年遅れている。マスク氏がこの施設を訪れたのは昨年12月、トランプ氏が大統領に就任する前であり、トランプ氏がマスク氏を従えて権力の座に復帰することでボーイングや周囲が受ける特異なプレッシャーを象徴する出来事となった。

政治的リスクに

  政権内にほぼ偏在しているかのようなマスク氏の存在感は、ここ数週間でより複雑化している。ウィスコンシン州最高裁判事の選挙は、マスク氏が2000万ドルを投じて支援した共和党候補が、10ポイント差をつけられて敗北し、DOGEとマスク氏に対する信任投票さながらの結果となった。

  トランプ氏の元主席戦略官、スティーブ・バノン氏はウィスコンシン州の選挙が「警報となった」とし、マスク氏の存在が「明らかに反対派の結集点となっている」と指摘した。

  トランプ氏が政策の柱とする関税を巡っては、マスク氏は対立するナバロ上級顧問(貿易・製造業担当)を「レンガ袋より頭が悪い」と罵倒したこともあった。

トランプ大統領(左)とマスク氏の子ども(中)、マスク氏

  マスク氏は政府からの曖昧な形での離脱を発表したが、トランプ政権の最後まで助言を続ける可能性を残した。同氏はテスラの決算発表会で「おそらく大統領の任期終了まで続ける必要があると思う。私たちが阻止した無駄遣いと不正が再び横行しないようにするためだ」と述べた。

  一方のトランプ氏は先週、記者団に対し「マスク氏は選挙活動中も、DOGEに関する取り組みでも、大変な助けになった」とたたえたが、すでに過去形だった。

原題:As Musk Nears End of 130-Day DOGE Stint, He’s $113 Billion Down(抜粋)

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