太陽の360億倍の質量! 史上最大級の超巨大ブラックホールが発見される

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観測史上最大級のブラックホールが、地球から50億光年離れた遠方の銀河で発見された。その質量は、何と太陽の360億倍。銀河の成長とブラックホールの進化の関係を読み解く新たな鍵となるかもしれない。

宇宙に存在するすべての銀河の中心には、太陽の何百万倍から何十億倍の質量をもつ「超大質量ブラックホール」が存在すると考えられている。銀河のサイズによっては太陽の数百億倍の規模になるとされるが、地球から遠すぎて暗いことから直接観測することは極めて難しい。どうやってそこまで成長したのか、宇宙にどれほどの数が存在するのか。多くの情報が謎に包まれている。

その答えを探すための手がかりが、地球から50億光年の彼方に広がる奇妙な銀河「コズミック・ホースシュー(宇宙の馬蹄)」で見つかった。コズミック・ホースシューは観測史上最大の銀河のひとつで、その大きさのあまり強い重力場で周囲の時空をゆがめている。背後にある別の銀河の光が曲がって見える「重力レンズ効果」によって、アインシュタイン・リングと呼ばれる蹄鉄のような像をつくり出していることから、その名で呼ばれるようになった。

このコズミック・ホースシューを新たな手法で詳細に解析した英国やブラジルの天文学者による国際研究チームが、その中心部に太陽の約360億倍もの質量をもつ超巨大ブラックホールをこのほど発見した。これは既知のブラックホールのなかでも最大級であり、銀河の成長とブラックホールの進化の関係について再考を迫るスケールだという。

「これまでに発見されたブラックホールのなかでもトップクラスの質量です」と、ポーツマス大学教授で宇宙論が専門のトーマス・コレットは説明する。「ブラックホールの質量推定は間接的で正確さに欠けることが多いですが、今回の手法によってはるかに確かな見積もりを得られました」

コズミック・ホースシューの別の画像。枠内にあるのが、アインシュタイン・リングの光源となっている別の銀河。中央の銀河の存在が今回の発見を可能にしたという。

Photograph: NASA/ESA/Tian Li(University of Portsmouth)

星々の運動が語る質量

コレットらの研究チームは、ハッブル宇宙望遠鏡の高解像度画像から重力レンズ像を鮮明に捉えるとともに、ヨーロッパ南天天文台(ESO)の超大型望遠鏡(VLT)に搭載された分光装置「MUSE」からのデータを用いて、銀河内の星々の動きを地図のように可視化した。重力レンズ効果が示す投影質量の情報と、星々の運動から得られる重力場の情報を組み合わせることで、従来は不可能に近かった遠方銀河のブラックホールの質量測定が可能になった。

なかでもアインシュタイン・リングの内側に現れるラジアルアークという希少な像には、銀河中心の質量分布が明確に反映されることから、ブラックホールの存在と規模を探るうえで重要な情報が含まれている。研究者たちによると、中心部の星々は毎秒約400kmと極めて高速で運動しており、それを引き起こすためには太陽の数百億倍の規模の重力源が不可欠だという。

コズミック・ホースシューは、「化石群銀河」に分類されている。これはかつて複数の巨大銀河だったものが合体を繰り返し、最終的に単一の非常に大きな銀河へと進化した状態を指す。この過程で、それぞれの銀河の中心にあった超大質量ブラックホールも合体し、今回検出されたモンスター級の天体が形成された可能性が高いと考えられる。

太陽系が位置する天の川銀河の中心にあるブラックホールは、太陽の約400万倍の質量をもつとされる。現在は静穏期にあるが、約45億年後にはアンドロメダ銀河と衝突して合体することで、活動を再開して莫大なエネルギーを放つクエーサー(大質量ブラックホールを公転するガスや塵の円盤の摩擦によって生じる現象)となる可能性が高い。コズミック・ホースシューの姿は、その未来像を先取りしているかのようだ。

重力の影に眠る怪物

特筆すべきは、今回発見されたブラックホールも活動を一時的に停止した“休眠状態”にあった点だ。通常、この距離にあるブラックホールを質量まで含めて測定できるのは、周囲から物質を取り込んでクエーサーとして輝いている場合に限られる。その光源を一切頼りにせず、純粋に重力の影響だけで検出を実現した意義は大きい。

従来の標準的な手法では、天球上における恒星の見かけの動きである固有運動を解析することで、ブラックホールの質量を測定していた。だが、地球から何十億光年も離れた遠方銀河では中心部が極めて小さくしか映らないことから、星々の動きや光の分布を細かく区別できないことが難点だった。その弱点を重力レンズ効果で補い、休眠中のブラックホールの質量を直接的かつ高精度で推定できるようにしたのが、今回の手法である。

研究チームは現在、この手法を他の銀河にも適用することで、活動していない超巨大ブラックホールを系統的に探す計画を立てている。ここに欧州宇宙機関(ESA)の近赤外線宇宙望遠鏡「ユークリッド」による観測データが加われば、さらに広い範囲の探索が可能になると期待されている。星形成を抑制するブラックホールの役割が、これまで以上に明確に示されることが予想されるからだ。

今回の超巨大ブラックホールの発見は、暗黒物質(ダークマター)の分布を調べていた研究の副産物だったという。しかし、そこで得られたデータが、宇宙でも極めて稀な怪物ブラックホールの存在を浮かび上がらせた。遠方銀河の重力の謎に迫るこの手法は、今後の観測によって宇宙のブラックホール地図が大きく塗り替えられるきっかけになるかもしれない。

(Edited by Daisuke Takimoto)

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