豊明市「スマホ2時間以内」条例をどう捉えるか ― 依存症専門家の立場から

 2025年9月22日、愛知県豊明市で全国初となる「スマートフォン使用時間の目安を定める条例」が可決され、10月に施行されます。

 この条例は、余暇時間におけるスマホ等の使用を1日2時間以内とし、子どもの場合は小学生以下は午後9時まで、中学生以上は午後10時までを家庭でのルールとして促す内容です。

 違反しても罰則はなく、市長も「支障がなければ3時間や4時間でも構わない」と述べており、あくまで「目安」にとどまります。

 一見すると生活習慣の提案にすぎませんが、「条例」という形式で全市民を対象とした点は注目に値します。なぜなら、子どもの健全育成を意図した取り組みである一方、大人にまで広がると自由や多様性への干渉と受け止められる可能性があるからです。

 ここでは、依存症専門家の立場から、この条例の意義と課題を、先行研究を踏まえて検討したいと思います。

スマホ過使用とその影響 ― 研究が示すリスク

 研究の蓄積から、スマホの長時間利用が以下のようなリスクをもたらすことが分かっています。

 第一に、睡眠の質の低下です。夜間や就寝前の使用は寝つきの遅れや睡眠効率の低下を引き起こします。日本の調査では、スマホを所有する子どもは非所有者に比べ、平日の長時間使用の可能性が約2.5倍高く、睡眠不足の可能性も約1.7倍高いことが報告されています(国立教育政策研究所, 2022)。同様に、大阪教育大学の研究では、中学生の就寝前の使用が入眠困難と関連していました(井上, 2019)。

 第二に、精神的健康への影響です。依存傾向のある若者は孤独感や抑うつ症状が強い傾向があります(桑原, 2021)。家庭内での会話が少なく、親自身の利用時間が長い場合、そのリスクはさらに高まります(石井,2019)。

 第三に、学業や注意力への影響です。SNSやゲームに多くの時間を費やすことで集中力が低下し、学業成績の低下につながることが繰り返し示されています(東北大学加齢医学研究所, 2014)。

条例の意義 ― 期待できる効果

 こうした知見を踏まえると、豊明市の条例にはいくつかの積極的な意義があります。

  • 意識啓発の契機になること 条例という形で明示されることで、自分や家族の使用時間を振り返るきっかけになります。
  • 家庭内でのルールづくりを後押しすること 親子で話し合い、ルールを設ける過程そのものが親子関係を強めます(桑原, 2021)。
  • 睡眠確保と会話促進に焦点を当てている点 これは研究が問題視する領域と一致しており、改善すればメンタルヘルスや学業への波及効果も期待できます。
  • 柔軟性の担保 市長が「支障がなければ超えても構わない」と強調しているように、強制的な監視や罰則を伴わない点は住民の自由を尊重した設計です(Deci & Ryan, 2000)。

課題と懸念 ― 大人まで含めることの妥当性

 しかし、この条例にはいくつかの懸念もあります。

 まず、エビデンスの限界です。喫煙や飲酒のように「少量でも有害」と証明されているわけではなく、スマホ利用は使い方によって有益にもなり得ます。そのため、「全市民に一律2時間」という目安は、科学的には根拠が薄弱です。

 そして、成人の自己決定権との関係も指摘すべきです。大人に対して「余暇利用は2時間以内」と示すことは、生活習慣への過度の干渉と受け止められる可能性があります。条例と聞けば市民は「規制」と感じるため、行政が大人の私生活に踏み込みすぎているとの印象を与えかねません。

 さらに、逆効果のリスクもあります。特に若者や自由を重んじる層にとっては「制限される」と感じること自体が反発を招き、むしろ使用時間の増加や行政への不信感につながる危険があります(Deci & Ryan, 2000)。依存症予防では本人の主体性を育むことが重要であり、強制は逆効果になり得るのです。

 家庭や社会の格差も考慮が必要です。親が多忙でルールづくりが難しい家庭や、デジタルリテラシーが低い家庭では、条例の趣旨を実行するのが困難です。その場合、子どもにだけ不均衡な負担がかかり、家庭内葛藤の要因になる可能性もあります。

今後に向けた提案

 条例の意義を活かしつつ課題を乗り越えるには、次のような工夫が必要だと考えられます。

  • 対象を区別する   子どもには保護者と学校が連携した支援を提供し、大人には「条例」よりも「ガイドライン」や啓発キャンペーンを中心に据える。
  • 使用の「質」に注目する   就寝前利用や通知過多など、科学的にリスクが高い使用様式を具体的に啓発する。
  • 効果の検証を組み込む   条例施行後、市民の使用習慣や睡眠、メンタルヘルスを調査し、効果を科学的に評価する仕組みを持つ。
  • 自由と多様性の尊重を強調する   「2時間以内」は絶対的な制限ではなく「健康や生活に支障がない範囲での利用を目安とする」と繰り返し伝えるとともに、「2時間」の根拠を提示する。
  • 代替活動を支援する   運動、読書、地域活動などスマホ以外の楽しみを持てる環境づくりを促す。

結論

 豊明市の条例は、スマホ過度な使用リスクを社会全体で共有し、特に子どもの睡眠や家庭内コミュニケーションを守ることを目的とした先駆的な取り組みです。その意義は確かにあります。

 しかし「全市民」を対象に「条例」という形式で時間を示すことは、科学的根拠や自由尊重の観点からみると慎重であるべきでしょう。

 特に成人に対しては、行政による生活習慣への介入と受け止められる可能性があり、反発や逆効果のリスクもあります。したがって、この条例は「規制」ではなく「きっかけ」として運用され、市民が自らの利用を振り返る手助けとなるのが最も望ましい姿であると思われます。

 最終的には、市民自身がスマホとの付き合い方を主体的に考え、健康と自由を両立させる文化を育むことが、依存予防と社会的幸福にとって持続的な道になるでしょう。

 われわれは、スマホに支配された「スマホ奴隷」でもなく、上から規制によって支配されるだけの隷属的な市民でもないのですから。

参考文献

  • Deci EL & Ryan RM (2000). American Psychologist, 55(1), 68–78.
  • Ellis DA et al. (2019). International Journal of Human-Computer Studies, 130, 86–92.
  • 国立教育政策研究所. (2022). 全国学力・学習状況調査(生活習慣と学習状況の関連分析). 文部科学省.
  • 桑原亮子 (2021). 日本青少年研究, 39, 2–12.
  • 石井大地 (2019). 岡山大学教育実践センター紀要, 9, 47–56.
  • 井上俊哉 (2019). 大阪教育大学紀要, 68, 55–64.
  • 東北大学加齢医学研究所. (2014). スマートフォン・学力調査. 文部科学省受託研究報告.

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