冥王星で培養肉を生産する? 妄想が生み出す「細胞農業」の未来

――御社は「細胞農業インフラの発展と普及」をミッションに掲げています。具体的には、どんな事業を展開しているのでしょうか? 【羽生】 細胞農業というのは、ひと言でいえば、細胞を使ったものづくりのことです。 代表的なものは培養肉ですが、当社は培養肉そのものを売っているわけではありません。細胞農業のための原材料や機材・設備を開発し、販売しています。それによって、様々なプレイヤーが細胞農業という産業にアクセスできるようにするのが当社の役割です。 食品メーカーや大学などの研究機関に、当社が開発した原材料や機材・設備を購入していただいています。つまり、当社が取り組んでいるのは、産業としての細胞農業を社会に実装するためのインフラづくりです。 現在は特に、動物細胞を使ったものづくり、細胞培養で作る食品や化粧品といったあたりにフォーカスを当てています。

――代表的な製品としては、どんなものがあるでしょうか? 【羽生】培養肉が抱えている課題の一つは、コストがとても高いことです。 2013年に世界初の培養肉ハンバーガーの試食会が行なわれました。約200gの培養肉パテを使っていて、その価格は1個3000万円以上でした。 そんな値段になってしまうのは、培養液に不可欠な血清成分が高価だからです。通常はウシの胎児の血液から作るので非常に高価になってしまうのですが、当社では、「カルネットシステム」という独自の技術を使って、大幅に安く製造し、販売しています。 ――自社で培養肉の生産までして販売するという選択肢もあると思います。インフラづくりを選んだのはなぜでしょうか? 【羽生】一つには、一企業が培養肉を開発、商品化して販売するとなると、一企業の独占状態になると思ったからです。そうなると、「本当に安全なのか?」という不信感を消費者が抱くのではないか、ということです。 また、細胞農業を社会に実装するためには、1社が突出するのではなく、エコシステムを作らなくてはいけないと考えています。 そのためには、技術を公開して、みんなが触って遊べるようにするのが一番です。 オープンイノベーションで細胞農業の社会実装を目指していく。 これが、当社の目指す細胞農業の大衆化、「みんなが使える細胞農業」です。


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――今後の展望について聞かせてください。 【羽生】直近で言えば、法整備が終わり次第、できるだけ早く承認プロセスをクリアして、細胞農業で作った食品を提供したいですね。 そこまで、理想的には2~3年以内にたどり着けることもあり得ると思います。 また、農水省からの補助金もいただいて開発を進めているので、さらなる低コスト化も進められると想定しています。 もちろん確定的なことは言えないのですが、2030年頃には100g当たりの生産コストを113円程度にまで下げることを目指しています。 ――もし実現すれば、いよいよスーパーに培養肉が普通に並ぶ時代の到来ですね。乗り越えなければいけない課題などもあるでしょうか? 【羽生】技術的にも、まだまだ乗り越えなければならない課題は多くあります。 また、リソースが限られているなかで、事業開発にはまだ手が回っていないところがあるのも実情です。一緒に事業を展開する事業者の方とは、ぜひお話がしたいですね。 企業や政府などの大組織に提案をして、説得できるような、営業的な人材を強化する必要もあると思っています。 将来の話ということで言えば、会社の経営計画とは別に、個人的に想像していることもたくさんあります。 例えば、冥王星で工場を動かして細胞農業ができないか。原材料は地殻から取り出して、エネルギーは、太陽光パネルは使えないので原子炉を動かす。冥王星はほぼ絶対0度だから、原子炉を冷却する必要がなく、エネルギー効率を100%近くまで高められるぞ、なんて考えたりしています。 ――SFのような話ですね。スケールが大きい。 【羽生】もともと「将来は何かSFをやりたい」と思っていました。 培養肉にSFロマンを感じて、自宅で培養肉を作る「Shojinmeat Project」という同人サークルを始めたのが、私が細胞農業に携わるようになったきっかけです。 一貫して、「こんなものがあったらかっこいいよな」という「妄想」が出発点なんです。

【羽生雄毅(はにゅう・ゆうき)】 1985年、神奈川県生まれ。2006年、英オックスフォード大学化学科卒業。10年、同大学博士課程修了。博士(化学)。東北大学多元物質科学研究所、東芝研究開発センター システム技術ラボラトリーを経て、14年、細胞農業の有志団体「Shojinmeat Project」を立ち上げる。15年、インテグリカルチャー〔株〕を共同創業。著書に『夢の細胞農業 培養肉を創る』(さくら舎)などがある。

羽生雄毅(インテグリカルチャー株式会社 代表取締役CEO)

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