損傷しても10秒以内に自己修復する電子皮膚が、ウェアラブル技術に革命を起こす

近年、薄いシート状のポリマーにセンサーの機能をもたせた電子皮膚が、ウェアラブル機器に革新をもたらす素材として注目されている。電子皮膚は人間の皮膚と同様に柔軟性と伸縮性を併せもち、温度や圧力、生体電気信号といった外部刺激を感知できることから、特に装着者の健康状態をリアルタイムでモニタリングするデバイスへの活用が期待されている。

一方で電子皮膚には、物理的な損傷により機能が失われやすいという課題がある。こうしたなか米国の研究チームが、損傷しても10秒以内に自己修復して80%以上の機能を取り戻せる電子皮膚の開発に成功した。従来の電子皮膚にも自己修復機能はあったものの、十分な機能の回復には数分から数時間を要していた。

「これはウェアラブルデバイスの常識を根本から覆す技術です。機能回復に要する時間を1分以内に短縮したことで、電子皮膚の実用化に向けた大きな課題を克服できました」と、研究を主導したテラサキ・バイオメディカルイノベーション研究所(TIBI)の朱楊志(チュウ・ヤンヂィ)は説明する

研究チームは今回、電子皮膚の素材となる熱可塑性ポリウレタン(TPU)に有機化合物の一種であるイソホロンジイソシアネート(IPDI)を導入することで、ポリマーの分子鎖の柔軟性と可動性を最大限に高めている。また、ジスルフィド交換反応と呼ばれる化学反応を利用して、電子皮膚が損傷しても急速に自己修復する仕組みを構築した。

ジスルフィド交換反応とは、チオール基(SH基)をもつ分子同士の酸化還元反応によって、ジスルフィド結合(SS結合)の切断と再結合を繰り返す化学現象を指す。なお、SS結合は2つのチオール基が酸化することで形成される共有結合で、外力によって切断されると再びチオール基へと還元される。この現象が連続して起こることで、電子皮膚の損傷箇所は自然と元の状態に回復するという仕組みだ。

研究チームが開発した電子皮膚。導電性素材として銀ナノワイヤが組み込まれている。

Photograph: Terasaki Institute for Biomedical Innovation
Photograph: Terasaki Institute for Biomedical Innovation

今回の研究では、IPDIの環状構造を生かしてポリマーの分子鎖が自由に動けるようにすることで、ジスルフィド交換反応を効率的に発生させている。この化学反応は可逆的なプロセスであることから、ポリマーが損傷を繰り返しても修復機能が損なわれることはない。それどころかSS結合の増加により、修復後のヤング率(素材を引っ張った際に生じるひずみと応力の比例定数)は元の状態よりも高くなる傾向にあるという。つまり、より硬く損傷しにくくなるということだ。また、修復のプロセスに熱や光などの外部刺激は不要で、常温環境下で自発的に進行する点も実用的な強みである。

さらに導電性素材として組み込まれた銀ナノワイヤ(AgNW)も、電子皮膚の電気的機能の自己修復にひと役買っている。AgNWは直径が数十ナノメートル、長さが数マイクロメートルの極めて細い銀線で、繊維状構造による柔軟性と高い導電性をもつ。電子皮膚が物理的に損傷するとAgNWがポリマー内で再配置され、新たな導電経路が数秒以内に形成される。

TIBIのチュウによると、この電子皮膚は50回以上の切断と修復を繰り返しても、電気的性能や機械的耐久性にほとんど劣化が見られなかった。また、5cmの曲率で5万回の屈曲試験を実施したところ、抵抗値の増加はわずか10%にとどまっており、高い柔軟性と耐疲労性を示したという。

このほか、マイナス3°Cから50°Cの幅広い温度環境や、40%から80%の湿度環境、さらには流水に晒された状態でも自己修復機能と信号の安定性が保たれた。低温環境下では修復速度がやや遅くなる傾向が見られたものの、それでも外部刺激を必要とせず自発的な修復が可能である点は、依然として大きな利点だ。

生体情報を高精度でモニタリング

この自己修復型の電子皮膚は、筋肉の動きや疲労をリアルタイムでモニタリングする用途に適している。研究チームは今回、21名の被験者によるダンベルを使った反復動作から表面筋電位(sEMG)信号を収集し、人工知能(AI)モデルの学習データとして活用した。

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