灼熱の中国にギグワーカー2億人、共産主義下で広がる格差あぶり出す
焼けつくような暑さにさらされる北京の朝、ハオさんと十数人のフードデリバリー配達員は火鍋レストランの外で汗を流していた。たばこを吸い、スマートフォンで動画を見ながら、屋内にとどまる賢明な顧客から昼食の注文を待っていた。
中国には約2億人のギグワーカーがいるが、ハオさんもその一人だ。法律上は猛暑手当を受け取る資格がある。これは、極端な高温下で長時間働く人に支払われる危険手当の一種で、気温が35度を超えた場合には、月に最低180元(約3700円)の支給が義務付けられている。
この週の北京はすでにその基準を超え、気温は40度に迫る勢いだった。しかし、彼への支払いは一切ない。「猛暑で働いても手当を支払う会社があるなんて聞いたことがない」とハオさんは話す。
ハオさんは5年間にわたり1日10時間、電動スクーターで配達を続けている。雇用主からの報復を恐れ、フルネームを明かさない条件で取材に応じてくれた。彼だけではない。ほとんどの配達員が手当を受け取ったことはないという。
デリバリー需要は猛暑時に急増する。気温が高ければ高いほど、注文が増える。アリババグループ傘下の餓了麼や美団、JDドットコムといった中国最大級のフードデリバリープラットフォームにとって、汗をかく配達員がいれば、顧客は満足するというのは自明なことだ。
プラットフォーム各社は配達員支援を行っていると主張している。JDドットコムは正社員の配達員に対し猛暑手当を支給していると明らかにしたが、その詳細には触れなかった。
美団は今月から熱中症予防保険の導入など、対策を講じている。餓了麼は夏季用冷却用品の配布などを実施したことがあるが、コメント要請に応じなかった。
ハオさんのような数百万人の配達員にとって、注文が殺到しても時給が1元増える程度で、ペットボトルの水1本すら買えない。
猛暑手当は、法律を順守しようとする企業しか支給していない。中国経済の減速により、労働者の5人に1人以上がギグワークに就く中で、仕事を得る競争は激しく、被雇用者がより良い待遇を交渉する余地はほとんどない。
皮肉
対照的なのが、政府機関や国有企業で働く職員・社員らだ。彼らは自身の「熱中症予防手当」について誇らしげにSNSで伝えている。
現金ボーナスの支給や早退、さらには国有の海辺リゾートでの休暇を楽しむことができるケースまであるという。世界最大の共産主義国である中国において、若年層を中心の増えつつあるギグワーカーが、最も保護されていない働き手であるという矛盾は隠しようがない。
中国を代表するSNSの一つ、微博(ウェイボ)上では「猛暑を『味わう』人には手当がなく、手当をもらう人は猛暑を知らない」という皮肉を込めた投稿も見られた。
貧富の格差は目新しくないが、気候変動がそれを一層鮮明かつ深刻にしている。中国では2024年が観測史上最も暑い年となった。過去3年間も、いずれも1960年代以降で最も気温の高い年の上位5位に入っている。
医学誌ランセットによると、中国における年間の熱波関連死者数は、1986-2005年の平均と比べて2倍近くに増え、直近の年間データがある23年には3万7000人以上が亡くなっている。
中国国民にとって、そうしたリスクは平等ではない。最も過酷な状況に置かれているのは、デリバリーサービスの配達員や路上の販売業者、建設作業員たちだ。彼らが倒れたとしても、支援を提供するようなセーフティーネットもほとんどない。
昨年発表された研究調査では、1200人のフードデリバリー配達員と58万件の配達注文を分析した結果、猛暑時にはギグワーカーへの1時間当たりの注文が9%増え、労働時間も6%延びたが、時給はわずかに1元増えただけだった。
これは、配達遅延によるペナルティーの増加が一因とされている。さらに、熱中症や持病の心疾患、呼吸器疾患の悪化などによる医療費は、夏のピーク時には自己負担で平均500元余りに上った。
この研究報告を共同で執筆したトロント大学ロットマン・スクール・オブ・マネジメントのスーザン・フォン・ルー教授は「多くの配達員は体調を崩して入院し、医療保険がない段階になって初めて健康コストの重大さに気付く」と指摘。
「消費者は屋内にとどまり安全を確保するが、その分の健康リスクはギグワーカーが一手に引き受けている」と警告している。
「労働精神」
人命への代償は、もはや無視できない段階にある。労働関連のデータとニュースを扱うサイト「中国労動趨勢」の分析によれば、過去3年間で少なくとも51人の労働者が熱中症で死亡している。しかし、死因として熱中症が認定されにくいことや、当局によるデータ制限のため、これは氷山の一角とみられている。
法律上では気温が37度を超えると屋外作業は6時間以内に制限され、40度に達した場合は作業を中止することが義務付けられている。
だが、この規定が適用されるのは主に正規雇用者に限られており、ギグワーカーはその法的枠組みから漏れているのが現状だ。
世界中の配車サービスやフードデリバリーのアプリと同様に、中国のギグワーク企業も仕事は柔軟で起業家的、自立を促すものだとうたっている。
しかし、そうした自由とは実質的な排除の言い換えに過ぎず、福利厚生も労働保護もほとんどないとの批判が根強い。
調査によると、中国のプラットフォームワーカーの半数近くが社会保険に未加入で、労災保険に加入している人は全労働者の3分の1以下にとどまるという。
プラットフォーム企業は一部で福利厚生の充実に取り組み始めている。美団は今年4-6月(第2四半期)から「フルタイムおよび安定したパートタイム配達員への社会保険料の段階的な拠出」を約束し、対象となる注文ごとに追加の配達料金を上乗せする「高温ケア基金」があると資料で説明した。
JDドットコムも、正社員の配達員への追加支援を開始し、「猛暑期間中の配達員の健康維持に取り組んでいる」としている。
それでは不十分との声もある。中国でよく知られている労働活動家、韓東方氏は「労働者が提供するものと受け取るものは釣り合っていない」と主張。
「もし適正な賃金が支払われていれば、猛暑の中でも自分自身の健康をより良く守ることができるはずだ」との考えを示し、「必要なのは、労働者の権利を守る実効性のある労働組合だ」と訴えている。
気候や公衆衛生の専門家らは、熱中症のリスクに対する国民の意識を高めるため、制度を強化するよう促しているが、企業や国営メディアはしばしば、旧ソ連風の「労働精神」を称賛し、猛暑を労働者が乗り越えるべき試練として描いている。
23年には国営テレビが猛暑の建設現場で「気温と闘う」作業員ら紹介する番組を放送。地表温度が68度に達した場所で働く彼らを実質的に英雄としてたたえていた。
中国の為政者らはギグワーカーへの社会的保護拡大を提案しており、地方政府も健康保護の取り組みを毎夏アピールしているが、実際には何も変わっていない。
中国共産党の幹部や公務員、軍人らは、北京が灼熱地獄と化すと、毛沢東初代国家主席をはじめ歴代指導者が好んだ北戴河などの海辺の避暑地へと避難する。各地に多数あるホテルや療養所は政府関係者専用で、彼らはそこで夏を快適に過ごす。
配達員たちが雇用主から受け取るぜいたくと言えば、冷たいお茶のペットボトルや緑豆スムージー一杯、スイカ一切れといった形ばかりのものだ。
北京の気温はさらに1度上昇した。ハオさんはスクーターにまたがり、次の配達に向かう。注文されたのは冷たいタピオカティーだった。
原題:China’s Extreme Heat Leaves Workers Exposed as Gig Economy Booms (抜粋)