なぜスペインは電力を失ったのか:大停電の裏にあった3つの誤算
Jose Gonzalez Buenaposada/iStock
4月28日、スペインとポルトガル、そしてフランスの一部で大規模な停電が発生したことは、日本でも報道された。筆者は当日、バレンシア市内で日本人の友人女性二人と昼食を取る予定だった。停電は正午過ぎに発生した。
市内に向かうと、いつも利用しているパン・ケーキ店では、レジが停電で使えず、店員が電卓で会計を行っていた。重量で価格が決まる商品については、目分量で対応していた。
その後、バレンシア駅近くのリトルチャイナ街にあるレストランで合流する予定だったが、店内・厨房ともに暗く、レジも動かないため、営業は中止となっていた。
このリトルチャイナ街には現在、中華レストランやバル、美容院などが3つの通りを埋め尽くしており、レストランだけでも200軒近くあると見られる。半世紀前は、台湾人経営の店が1軒あっただけだった。どの店も営業できず、中国人従業員たちが通りに出て立ち話をしていた。人気のラーメン店も5〜6軒あるが、食事時には列ができるほど賑わうそれらの店も、この日は閑散としていた。
結局、レストランでの食事を諦め、筆者がクロワッサンを購入した店に戻り、通りに設置されたテーブルでテイクアウトのパエーリャを食べることにした。電気がないため電子レンジが使えず、温めないまま食べたが、意外と美味しかった。コーヒーマシンも使えず、提供不可とのことだった。
その後、筆者は40キロ離れた隣町の自宅へ、友人の一人の車で向かった。筆者が運転して駅の駐車場まで行き、自分の車をピックアップ。友人たちは再びバレンシアへ戻っていった。駅にはバレンシアから来た電車が停車していた。もし友人の車が使えなければ、家族の誰かに迎えに来てもらう必要があっただろう。なにしろ、タクシーを見つけるのは困難な状況だった。
今回の停電でスペインが被った損失額は、およそ10億ユーロとされている。しかし、正確な計測は困難で、20億ユーロに達するとの指摘もある。いずれにせよ、被害額は10億〜20億ユーロの範囲と見られている。スペインの日次GDPは41億ユーロとされており、今回の停電が経済に与えた影響は深刻である。
実際、自動車工場などの製造業では生産ラインの停止を余儀なくされた。バレンシア郊外のフォードの工場も稼働を中断した。また、中小規模のスーパーマーケットも営業停止に追い込まれた。一方、バレンシア発祥で国内最大手のスーパー「メルカドナ」は、自社保有の発電機を稼働させて通常通り営業を継続。総合百貨店「エル・コルテ・イングレス」も各店舗に設置された発電機により営業を続けた。
このように、大手小売業者は資金力と設備を備えていたため対応できたが、中小業者はそうはいかなかった。総合病院も同様に発電機を備えており、大きな支障はなかった。
大規模停電の背景と再生可能エネルギーの課題
今回の大規模停電の背景には、スペインの電力の約70%を再生可能エネルギー(特に太陽光と風力)に依存しているという事情がある。再生可能エネルギーはコストが安価な反面、天候などの影響を受けやすく、安定した供給が難しい。一方で、原子力発電は採算が取れにくいため、電力会社は運転を控える傾向がある。
現在、原子力発電は全体の12%程度しか占めておらず、火力発電はわずか4%未満とされている。停電発生時には、原発3基が停止していた。再生可能エネルギーと他の発電方式のバランスを取らなければ、今回のように15ギガワットの電力がわずか5秒で失われるという事態が起こる。これは、スペイン全体の電力需要の約60%に相当する。
さらに問題なのは、再生エネルギーによって発電された電力を備蓄するシステムがスペインには存在しない点である。
管理機関の構造的問題も
また、スペインの電力網(全長約4万4000km)を管理する半官半民企業「レッド・エレクトゥリカ(Red Eléctrica)」にも問題がある。同社の役員12名のうち6名が与党・社会労働党と関係を持っており、政治的な影響が色濃い。会長のベアトリス・コレドール氏は社会労働党政権下で住宅相を務めた経歴を持つが、電力分野の専門知識はないとされている。こうした体制では、電力の安定供給という本来の任務を果たすのは困難だ。
にもかかわらず、サンチェス首相は3週間前に「スペインでは大停電は起きない」と明言していた。
最終的には、フランスとモロッコからの電力供給を受け、一時的に電力不足を乗り切った。
最後に、今回の停電について、サイバー攻撃の可能性も完全には否定されていない。電力会社「エンデサ」に勤務する専門家は、「仮に電力会社1社だけにサイバー攻撃を仕掛けても、スペイン全体の電力供給バランスを崩すことが可能だ」と述べている。そのため、現在もこの分野に関する調査が継続されている。