「道徳は崩壊したか」と視聴者に問いかけ、ガザ飢餓でイスラエル人動揺

イスラエルの主要テレビ局はパレスチナ自治区ガザで飢餓に苦しむ住民の様子を放映した後、アンカーはカメラを見つめて「これは広報の失態ではなく、道徳の崩壊であると認めるときが来たのではないだろうか」と視聴者に問いかけた。

  1968年に米CBSのウォルター・クロンカイト氏は、ベトナム戦争は米国に勝利をもたらさないとの見解を戦地から視聴者に示した。イスラエル・テレビ局のアンカーによるコメントが、そうした分岐点になるかどうかは不明だが、過去1年10カ月近くにわたりイスラム組織ハマスとの戦争を一貫して支持してきたイスラエルに、重要な転機となり得る発言だった。

  メッセージアプリ「ワッツアップ」のグループチャットや、人権団体の報告からは、世論が戦争支持から離れつつある兆候が見られる。2023年10月7日にハマスがイスラエルを急襲し、1200人を殺害した上で250人を拉致したことに端を発した戦争で、ガザでは6万人近くが死亡した。国連世界食糧計画(WFP)は200万人余りが「深刻な食料危機」に直面しており、飢餓が広がっていると警告した。

関連記事:がれきのガザに環境危機-爆撃の土壌汚染や黒い水、影響は数十年にも

  「虐殺の後、ハマスを全力でたたくのは不可避だったし、民間人の犠牲は仕方なかった」と中道派新聞イエディオト・アロハノトのコラムニスト、ナフム・バルネア氏は振り返る。

  しかし「軍事的な犠牲と国際社会におけるイスラエルの立場、そして民間人の犠牲というダメージは悪化の一途をたどっている。ハマスが原因ではあるが、イスラエルにも責任がある」と主張した。

  コンサルティンググループを経営するシャーウィン・ポメランツ氏は、保守系新聞エルサレム・ポストに寄稿し「2年前に正義の戦争だったものが、今や不正義の戦争になった。終わらせなくてはならない」と述べた。

  センチメントの変化は膨大な量の悪いニュースに表れている。イスラエル人留学生の排斥や兵士の戦死を伝える報道に、最近では飢えた子どもの映像も加わった。「ガザに飢餓はない」と言い切るネタニヤフ首相の発言には、熱心なイスラエル支持で知られるトランプ米大統領でさえも「あれは本物の飢餓だ。ごまかしようがない」と発言した。

関連記事:トランプ氏、ガザでの「食料センター」を提案-飢餓は「本物」 (1)

  5月の世論調査では、65%のイスラエル人がガザの人道状況を懸念していないと回答していたが、最近になってイスラエルのメディアでは飢餓問題が大きく扱われるようになった。外国の人権団体は戦争開始時から、イスラエルの対応を非難してきたが、今では国内の人権団体が「ジェノサイド(民族大量虐殺)」という言葉を用いて自国を批判するようになった。

ガザ市の食料配給所に集まったパレスチナ人(7月25日)

  イスラエル5大学の学長は28日、ネタニヤフ首相に宛てた連名の公開書簡で「ガザの飢餓危機に対する真剣な対応」を訴えた。「ホロコーストの恐怖を経験した民族として、われわれは罪のない男女や子どもたちに残酷な危害が無差別に及ぶのを、何としても防ぐ責任を負う」と記した。

  野党指導者のラピド前首相は今週、ハマスとの戦争は災害であり、政府の失策だと演説で非難。ネタニヤフ首相に戦闘停止を訴え、中東諸国との協力を通じてハマスを排除するよう求めた。

関連記事:ガザ停戦交渉、米・イスラエルが代表団引き揚げ-ハマスを非難

  停戦交渉が再びとん挫した後、イスラエルの主流派メディアではハマスがすでに敗北したと宣言する論説が増えた。その一方で、飢餓が広がっているとの警告に反論する動きもある。

  世界中のメディアが掲載した痩せ細った子どもの写真について、ネタニヤフ政権はこの子どもがやせているのは遺伝子の病気を患っているせいであり、1カ月余りも前にガザからは退避済みだと主張した。証拠は示していない。イスラエル軍はまた、豊富な食料に囲まれて健康そうに見えるハマス戦闘員の写真を配布した。

  今のところ、ネタニヤフ首相の言動に方針転換の兆しはない。首相は28日、「これは正義の戦争であり、倫理の戦争、われわれが生存するための戦争だ」との声明を出した。

  「これまで通り、われわれは責任ある対応を続けていく。人質の返還とハマスの打倒をこれからも求めていく。イスラエル人にとっても、パレスチナ人にとっても、それが唯一、平和を確実にする手段だ」と述べた。

原題:Israelis Begin to Question the Morality of Their War in Gaza(抜粋)

関連記事: