トヨタの新型RAV4に採用された「Arene(アリーン)」を車載OSとするのは誤り!? 単なる車載OSではなくソフトウェア開発プラットフォームとして登場

■ Areneを車載OSと現時点で表現するのは間違い!?  トヨタ自動車は5月21日、世界180の国と地域で販売され、30年間の累計販売台数が1500万台になるというSUV「RAV4」の新型を世界初公開した。6代目となる新型RAV4は、日本ではHEV(ハイブリッド)とPHEV(プラグインハイブリッド)が発売される。 【画像】Areneを通じたもっといいクルマづくり。構成としてはミドルウェアやファウンデーションといったところだろうか。トヨタの交通事故ゼロへ向けたクルマづくりを加速する  新型RAV4では、洗練されたデザインを持つ「CORE(コア)」、冒険心をさらに掻き立てるラギッド感(武骨さ)を強調した「ADVENTURE(アドベンチャー)」、走りの楽しさを機能とともに表現した「GR SPORT(GRスポーツ)」の3つのスタイルを用意。従来と同様、TNGAのGA-Kプラットフォームを採用しつつ、大容量電池にも対応。PHEVではトヨタ第6世代ハイブリッドシステムと従来の3割増しの大容量リチウムイオン電池により、EV航続距離を従来の95kmから150kmへと拡大している。また、HEVでは第5世代ハイブリッドとバイポーラニッケル水素電池を採用。電圧も高く容量に優れたリチウムイオンはPHEVに、電力の出し入れに優れたバイポーラニッケル水素はHEVにという使い分けを行なっている。  この新型RAV4では、先進運転支援の部分と、コクピットの部分にトヨタの量産車としては初めて「Arene(アリーン)」を採用とアナウンス。トヨタ車として多くの国と地域で売れているベストセラー車でのソフトウェア開発を変革している。そのため、トヨタ初のSDV(Software Defined Vehicle、ソフトウェア定義車両)と位置付けられており、OTA(Over The Air)による安全性能、コクピットまわりのアップデートも積極的に行なっていくものと思われる。  このAreneは、これまでのトヨタの発表ではArene OSとして扱われてきた。車載OSとしてAreneを開発しており、その搭載車を出していくというものだ。  ところが今回の新型RAV4の発表では、「OS」の文字が消えており「ソフトウェアづくりプラットフォーム『Arene』」となっている。実際にAreneの開発を手がけるウーブン・バイ・トヨタでも、「Areneは、ソフトウェアの価値を最大化するために設計されています。抽象化されたAPI、綿密に設計されたソフトウェア層、高度なテストプロトコルにより、Areneのアプリケーションは、プラットフォーム間の互換性と世代の異なる車両間での再利用性を両立し、より大きな投資対効果をもたらします」と表現しており、OSの文字は一切ない。  また、今回発表されたAreneの簡易的なブロックダイアグラムでも、「先進運転支援」「コクピット」「ボディ」「パワートレイン」の4つのドメインのうち「先進運転支援」「コクピット」の2つのドメインに独立して入っており、「ドメインを超えて統合し開発基盤を共通化」と記してある。  すでに分かる人はピンと来ると思うが、これは一般的にミドルウェアに用いられる表現で、一般的なOSのイメージとは異なる部分がある。  OSとはOperating Systemの略で、大辞林 4.0によると「コンピューターで、プログラムの実行を制御するためのソフトウエア。ジョブ管理・入出力制御・データ管理およびこれらに関連した処理を行う。基本ソフト。OS。」というもの。とくに車載OSともなれば、リアルタイムの性能や高度なジョブ管理、セキュリティ管理を提供するものというのが一般的なイメージだろう。  ところがAreneは、現時点でミドルウェア的なものとして登場してきた。これはおそらく、トヨタのハードウェアドメインがまだ4つに分かれており、共通のOSを走らせる環境にないためと考えられる。それぞれのドメインにOSが入っており(例えばコクピットなどはAutomotive Grade Linuxが動いているのかなと予想する)、VirtIO的なものも組み入れられているのかもしれない。  もちろんジョブ管理やセキュリティ管理は現在のAreneの下で動いているそれぞれの車載OSが行なっており何の問題もないのだが、このような構造でデビューしたAreneを単に「車載OS」と捉えるのは間違いと言えるだろう。  記者自身はかつてSEの仕事をしており、業務用プログラム作りではRS-232Cコントロールのため、レジスタに値をセットしてINT 21hをたたくみたいなこともしていた。もちろん現在のOSは、そのような深いところまでは触ることができず、リングプロテクションの上位機能をユーザーに提供していることがほとんど。ただ、現時点のAreneでは、上位レベルの機能のみに見え、これを車載OSと呼ぶのはITに詳しい人であればあるほど抵抗があるものだ。  そのため、トヨタやウーブン・バイ・トヨタでは今回の発表において「OS」という表現を一切排除している。ただ、これまでAreneをOSと表現してきた経緯から、今回のAreneをOSと捉えている人が多く、「OSという概念はなかなか難しいな」と思った次第だ。 ■ ソフトウェアづくりプラットフォーム「Arene」のもたらす多大な恩恵  では、今回の「Arene」の価値が下がるのかというと、まったくそんなことはなく、逆に最も望まれている部分から登場したのはソフトウェアに詳しい人であればあるほど理解しやすいところだろう。  これまで複数のECUに分かれていた機能を、「先進運転支援」「コクピット」というドメインでソフトウェア的に統合。機能的には新世代安全運転支援システムである次世代ADAS(Advanced Driver Assistance Systems、先進運転支援システム)と、IVI(In-Vehicle Infotainment)の開発をハードウェアから切り離せたことになる(どこまで切り離せているかは不明だが、ソフトウェアのみを先行して開発できるようになっているとのこと)。  RAV4は世界180の国と地域で販売されているが、交通法規は国ごとに異なり、コクピットのデザインの必要条件や好みもいろいろなものがあるだろう。これまではそれらの開発がハードウェアと一体になっており、ハードの開発スケジュールに引っ張られたり、逆にソフトの開発スケジュールがハードに影響したりしていた。  それぞれにAreneが組み入れられたことから、まずはソフトウェアを開発し、そのソフトウェアをシミュレーションでPDCA(Plan、Do、Check、Action)を回すといったことも可能になる。これは世界180の国と地域で販売されるRAV4開発においては大きな力になり、トヨタとしては開発時間を短縮でき(つまり開発コストも下がる)、RAV4購入者にとっては最新の機能がいち早く使えることになる。  今回のAreneの発表では、その部分が強く意識されておりAPIなどの集合群であるArene SDKに加えて、Arene Toolsを用意。このArene Toolsでは、実車による検証を減らし、ソフトウェアのプロセスの見える化、検証・評価及び管理を仮想環境で実施としており、これまでのクルマ開発とは異なるレベルの開発環境を提供していくようだ。  さらに、通常のミドルウェアと大きく異なるのが、専用のデータ環境をあらかじめ用意していること。Arene Dataと名付けられたその環境はソフトウェアをカイゼンし続けるためのデータを収集する基盤と位置付けられ、同意を得たユーザーの走行データを安全に収集・分析し、今後の自動運転や先進運転支援システムなどの機能向上や車内アプリケーションのカスタマイズに活用していく。その知見がOTAに活かされていく。  このデータを重視する姿勢から、Observe、Orient、Decide、ActからなるOODA(ウーダ)ループ的な考え方が採り入れられているような気もするが、詳細はいまだ謎な部分だ。  これらAreneによる開発環境は、もちろんSDV(Software Defined Vehicle、ソフトウェア定義車両)を実現するためのものだが、今回の新型RAV4ではSDVを採り入れる目的もしっかり整理された。プレゼンテーションを行なったトヨタ Chief Branding Officer デザイン領域統括部長 サイモン・ハンフリーズ(Simon Humphries)氏によると、豊田章男会長がSDVについて「いちばんの目的は、悲しい交通事故をゼロにすること」と位置付け、トヨタはアップデートできるSDVを通じて交通事故の低減に取り組んでいく。  ここが明確になっていることから、今回の新型RAV4では次世代ADASやIVIからAreneが採り入れられたことになる。Areneで開発速度を上げ、少しでも交通事故を減らそうとしている。  実は、この部分は豊田章男氏の驚くほどぶれていない部分になる。ウーブン・バイ・トヨタの前身となるのは、TRI-AD(Toyota Research Institute Advanced、トヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト)で、源流はTRIにある。  TRIはさまざまな先進研究(自動運転の適用領域を拡大するため、AIでドリフトするスープラなど)を行なっているが、2016年1月の設立時に明確なミッションが豊田章男社長(当時)からCEOのギル・プラット博士(Dr. Gill A. Pratt)とコミュニケーションされている。  ギル・プラット博士は、2016年4月に行なわれたNVIDIAのGPUソフトウェア開発者向け会議「GPU Technology Conference 2016」の基調講演で紹介。プラット博士は、豊田章男社長がAI開発に掲げる優先順位をSafety(安全)、Environment(環境)、Mobility for All(誰もが使える移動手段)、Fun to Drive(楽しい運転)であると説明し、安全を最上位に位置付けていた。  記者は実際にその基調講演を取材しており、自動運転AIにFun to Driveが入っているのがとても印象的で「豊田章男氏らしいな」と注目していた。今回トヨタ初のSDVということでTRIの流れを確認しているときに常に安全が最上位であったのに気づき、「思いは最初から変わっていなかったのか」と改めて認識した。  TRI→TRI-AD→ウーブン・バイ・トヨタと、トヨタの安全への思いは変わらない。Areneがその流れを加速していく。

Car Watch,編集部:谷川 潔

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