「日本一のアイス」3年がかりの改良で大失敗…森永ジャンボ職人(57)はついに"聖域"に踏み込む覚悟を決めた 「打つ手は無限」職人魂で突破した国民的アイスの逆転劇
アイス市場のトップを走り続ける森永製菓の「チョコモナカジャンボ」。多くの支持を得ながらもなぜ、リニューアルをし続けるのか。エキスパート研究員の渡辺裕之さんは「おいしさとは、無限ではないかと。わが社のアイス工場の壁に『打つ手は無限』と書いてある」という――。
(前編からつづく)
アイスモナカの皮を削る日々
ある日のコンビニエンスストア。冷凍ケースからアイスを手際よく買う男性がいる。
彼の名は渡辺裕之さん(57歳)。森永製菓のエキスパート研究員にして、「チョコモナカジャンボ(通称:ジャンボ)」を知り尽くすひとだ。ほぼ毎週、欠かさずジャンボを買ってはモナカの表面を削り、その水分値を測っている。まるで名人芸のようなその作業は、研究者というより職人の域。削っただけで水分値を±0.5%の精度で言い当てるというのだから、ただ者ではない。実際、渡辺さんが日々繰り返しているこの営みは、研究所という枠を超えた“現場感覚”の結晶でもある。
「営業は店頭調査をよくやっていましたが、研究所は、どうしても内部試験が中心になる。でも、それで本当に実態をつかめているのか。内部と現場にズレがあるんじゃないか。そんな疑問から始めたんです」
渡辺さんが森永製菓に入社したのは、1992年。大学では動物生理学を専攻していたが、より多くの人に貢献できる仕事を求め、選んだのは菓子メーカー。アイス部門への配属は偶然であり、当時は今の3分の1ほどの規模だったという。社内でも決して花形とは言えない部署だった。
「花形部署は他にありましたから。でも、いろんなアイスの開発に携わり、さまざまな課題に向き合っていくうちに気づいたんです。これが、自分の天職だと」
だからチョコの“壁”をつくればいい
2002年、ついにジャンボの開発チームに加わるのは前編で述べたが、モナカの水分値を測り始めたのは、この頃からだ。「同じジャンボでも、日によって数値が違うんです」と渡辺さんは言う。
「いろんな店で買ってきて表面だけ削って測るんですが、モナカの場所によっても差異が出る。数字で記録をはじめてからは、違いがより鮮明になりました」
店舗によって違う。保管状況によっても違う。同じ商品なのに、買い手に届くものに差異が生じていることを思い知った。いつしか渡辺さんは、削っただけで水分値を感知できるようにもなっていく。
「モナカを削る時、音や感触が違いますから。“パリパリッ”という音がね。特に、モナカの上下の継ぎ目部分は、水分値が高くなりやすい。それには早くから気づいていました」
そしてある仮説に行き着く。継ぎ目に水分が集中するならば、そこにチョコの“壁”を作ればいい――。
「このアイデアは、かつて先輩たちも試していました。でも、量産が難しいという理由で見送られていたんです」
本当にパリパリ感がそれで増すのか。渡辺さんはまず、そこから実験した。「効果があるかどうか、わかりませんでしたから。おそらくあるだろう、いや、あってほしいと願うところからのスタートでした」。
撮影=プレジデントオンライン編集部
森永製菓「チョコモナカジャンボ」を知り尽くすエキスパート研究員・渡辺裕之さん
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ついに新たな“味の黄金比”を見つけた時には、2年の月日が経っていた。黄金比とは数字ではない。あえて言えば“ジャンボらしさ”の到達点だ。
「もうムリだと何度も思いました。開発には期限もありましたから、間に合わなければ『ごめんなさい』って謝るしかないと。でも、ようやく“これぞジャンボ”という味に至った時は、全身の力が抜けましたね。ヘビーユーザーの方々からも『過去最高』の声があったと聞き、涙が出ました」
マーケティング部が付けた新たなキャッチコピーは、ずばり「チョコの壁」。強さと安心感を備えたこの言葉は、消費者の心にも響いた。
「いいネーミングだと思いましたね。壁にはじまり、壁に守られる研究でしたから。これで自分ももう逃げられないぞ、とも思いましたけど(笑)」
年間2億個を売り上げる看板商品。そのリニューアルに挑むプレッシャーは並大抵ではない。売れなければ、すべてが水の泡になる。マーケティング担当者から「苦節5年の苦労を渡辺さんの口からお客様に直接お伝えしていきましょう」と提案され、“ジャンボ職人”としてTikTokにも出演した。作り手の顔見せは買い手の心を捉え、若者層にもウケ、大きくバズる。こうして“新ジャンボ”は発売直後から大ヒットの兆しを見せていく。
おいしさは無限である
「ダメだったらどう言い訳しようかと、いつも考えているんですよ。今回はうまくいって、本当に良かったです」
水分値を究められたことにも手応えを感じたが、それ以上に嬉しかったのは、次々に寄せられた、「前よりおいしくなった」という声だ。“パリッと感”に涙が出た、というものまであった。
そして今、渡辺さんの視線はさらに先を見越している。
「次は、バニラアイスがおいしくなるモナカの皮の配合に挑もうかな、と」
あれだけ苦労したのに、まったく懲りていない――いや、それどころか、すでに走り出している。
撮影=プレジデントオンライン編集部
「壁にはじまり、壁に守られる研究でした。自分ももう逃げられないぞ、とも」と笑う渡辺さん
「おいしさとは、無限ではないかと。わが社のアイス工場の壁に『打つ手は無限』と書いてあるんですよ。工場に行くたびにそれを見ているから、自分にも刷り込まれているんでしょうね、道は無限だと。その責任と誇りを持って、もっともっと挑戦していきたいです」
日本一のジャンボには、日本一の情熱が詰まっていた。あの“パリパリ”感のもうひとつの素材、それは熱狂に他ならない。