海図なき世界 戦時下の国際経済 負の連鎖を食い止めねば
世界経済は今、戦時下にある。米露がともに一方的な武力攻撃を行う異常事態だ。大国の専横は国際社会を脅かし、エネルギーの安定供給など各国の国民生活を支えてきた基盤を揺るがしている。
米国のイラン攻撃で原油輸送の要衝であるホルムズ海峡が封鎖され、国際通貨基金(IMF)は「現代で最も深刻なエネルギー危機を招く恐れがある」と警戒する。今年の世界の物価上昇率が6%近くに跳ね上がり、景気が急激に冷え込みかねないとの予測を示した。
Advertisementロシアのウクライナ侵攻は、両国からの原油や穀物の供給を急減させ、世界的なインフレの引き金となった。価格は今も高止まりし、イラン攻撃が更に上昇させようとしている。
物価高加速し飢餓拡大
危惧されるのは、物価高騰が人々を困窮させ、世界の分断と対立を深める負の連鎖に陥ることだ。
ウクライナ侵攻後、インフレに対する国民の不満を背景に、米国では自国第一を掲げるトランプ大統領が復活し、欧州でも極右政党が勢力を伸ばした。矛先を移民に向けるポピュリズムが広がっている。最近は人工知能(AI)ブームで株価が急伸しているが、恩恵を得るのは富裕層などに限られる。
イラン攻撃による原油高は途上国に甚大な打撃を及ぼす。肥料代や輸送費の上昇を通じて農作物の生産を減少させる。国連の世界食糧計画の推計では、飢餓に襲われるのは過去最多の約3億6000万人に上る可能性がある。途上国の反発は必至だ。
食料難に苦しむ貧困層が国外に相次いで逃れると、移住先とみられる欧州などで排外主義が一段と高まる懸念がある。国際社会のあつれきが強まりかねない。
大国の独善で大きく損なわれたものがある。世界全体に利益をもたらすために各国が協力して維持してきた「国際公共財」だ。
代表例が自由貿易である。第二次大戦後、米国が主導し、各国も市場開放を進めて国境を超えた経済活動を活発化させた。だがトランプ政権は高関税を発動し、米国の利益だけを守ろうとしている。
エネルギーなど資源の安定供給も国際公共財に近い役割を担う。
1970年代のオイルショック時、米国の提唱で国際エネルギー機関(IEA)が創設され、各国の備蓄体制が構築された。しかし採掘技術の革新で世界最大の産油国となった米国にとって、国際協調はもはや眼中にないようだ。
自国の資源を武器に国際社会を脅す動きも広がる。ロシアは、ウクライナ侵攻を批判する欧州に対し、天然ガスの供給を削減した。
半導体などに不可欠なレアアース(希土類)では、生産の大半を握る中国が米国などへの輸出を制限した。力で相手を威圧する姿勢は米露と本質的に変わらない。
米国は中国に対抗し、独自の調達網を構築しようとしている。大国が囲い込みを強化する「資源ナショナリズム」がエスカレートすれば、対立に拍車がかかる。
協調こそが「富の源泉」
各国の協調体制も機能不全に陥っている。
主要20カ国・地域(G20)の枠組みは本来、世界経済の課題に処方箋を示す場だ。だが4月に開かれた財務相らの会議は、議長を務めたベッセント米財務長官がイランへの金融制裁に同調するよう呼びかけただけで途中退席し、共同声明の取りまとめも見送った。
第二次大戦前も大国は自国の権益を優先し、高関税で外国製品を締め出す「ブロック経済」に走った。対立が激化し戦火を招いた。
東京大の植田健一教授は「大戦前は大国が力で支配する帝国主義が横行し、他国から奪った資源や領土を富とみなしていた。その反省から戦後は各国が自由貿易などを通じて関係を深め、世界全体の成長につなげた。多国間協調こそが富を生み出す源泉だ」と語る。
分断を食い止めるにはミドルパワー(中堅国)の連携が必要だ。
カナダのカーニー首相は1月の国際会議で演説し、大国以外でも自国の利益だけを守る傾向が強まっていることに警鐘を鳴らした。「要塞(ようさい)化された世界は貧しく、脆弱(ぜいじゃく)で持続可能性に欠ける」
日本も欧州やカナダ、オーストラリア、東南アジア各国などとエネルギーの安定供給や自由貿易を維持していかなければならない。
資源が乏しい日本にとって、多国間協調は経済を発展させる重要な枠組みとなってきた。立て直しへ主導的な役割を果たすべきだ。