これが「現代の奴隷制」である…海外メディアが報じた「中国人船員に酷使される漁師たち」の遠洋漁業の現実 遺体は船の冷蔵庫に…繰り返される「洋上の悲劇」
遠洋漁業船で働く漁師たちが、過酷な船上生活を迫られている。ニューヨーク・タイムズ紙は中国人船員に暴力や不当な待遇を受けたインドネシア人漁師の証言を掲載。海外メディアも数々の事例を挙げ、「洋上の悲劇」を報じている――。
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「私は正義を望んでいる。自分のため、自らの将来のため。そして今なお海上で苦しむ仲間たちのために」。インドネシア人漁師のムハンマド・シャフィイ氏は米ニューヨーク・タイムズ紙のZoomインタビューで切実に訴えた。
シャフィイ氏は2021年、台湾企業が所有しアメリカに本社を構える大手ツナ缶メーカー「バンブルビー・フーズ」へ魚を納入する漁船で、調理担当を務めていた。同年7月、調理作業中に熱した油が下半身にかかり、深刻なやけどを負ったが、船長は数カ月間、彼に対する治療を一切認めなかった。さらには事故以前から、月収320ドル(約4万6000円)のうち約半額を数カ月間にわたり、無理やり取り上げられていたという。
ニューヨーク・タイムズ紙の報道によれば、シャフィイ氏は今も傷の後遺症に苦しんでいる。重い物を持つことができず、大やけどを負った性器も十分に治っていない。彼は「どれほど高い報酬を示されても、もう二度と船には乗らない」と固く誓っている。
同社は2012年10月にも、カリフォルニアの工場で62歳男性従業員の死亡事故を起こしている。ロサンゼルス・タイムズ紙は、約130℃のオーブンに閉じ込められたまま焼死したと報じている。
中国人船員に酷使されたインドネシア人
魚介類を食卓に運ぶ上で欠かせない遠洋漁業だが、洋上での悲劇は絶えない。
「彼の遺体はもう硬くなっており、肌は紫色に膨らんでいた」と英ガーディアン紙に語るのは、インドネシア人漁師のリッキー氏(仮名)だ。中国船籍のマグロ漁船で働いていた当時、仲間の遺体を目撃している。
2023年、リッキー氏はインド洋で月収480ドル(約6万8000円)の仕事をしていた。29歳のインドネシア人の同僚であるYK氏は、長らく船内で精神的に参っていたという。何度も帰国を願い出たが船長に断られ続けた。
ある日リッキー氏は、境遇に耐えかねたYK氏が、船長と中国人船員たちに暴力を振るう場面を目撃したという。「部屋から出てみると、彼が船長や他の中国人船員と争っていて、インドネシア人船員は彼らを引き離そうとしていた」とリッキー氏は振り返る。
リッキー氏は喧嘩の仲裁に加わった。その後、目が腫れ上がり歯も欠けたYK氏は、罰として物置に閉じ込められた。YK氏の監禁は数日間にわたり、食事は船の料理人が船長の部屋から借りた唯一の鍵で届けていた。だが、3日目の昼食時、料理人が物置を開けるとYK氏は亡くなっていた。
半年間冷蔵庫に保管された遺体
騒ぎを聞いたリッキー氏は物置へと駆けつけた。「不思議なことに、彼の首には何にもつながっていないロープが巻かれていた」とリッキー氏は話す。船員たちの間では、YKの死が自殺か他殺かで意見が分かれた。最終的にこの死亡事件は船の管理者が「重大な労働災害」として処理し、漁業組合の記録によれば、遺族には20万ルピア(約1700円)の補償金が支払われた。
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強制労働の被害を訴える彼らについて、ニューヨーク・タイムズ紙は、同社がサプライヤーのこうした不当行為を知りながらも利益を得続けていたと伝えている。
環境保護団体グリーンピースは2022年、同社の缶に記されたコードを追跡。結果、アメリカ政府から強制労働の疑いで警告を受けた船から、バンブルビー・フーズ社へ水産物が流れていた可能性があることが明らかになった。
水産物はアメリカの一般的なスーパーの売り場に並んでいたといい、消費者にとっては何とも後味の悪い話だ。こうした疑惑に対し、同社は「裁判中の案件についてはコメントを控える」としている。
明らかになった船上の差別構造
船内では国籍によって待遇が分かれる。
「中国人乗組員はより多く食べ、より少なく働く。ほとんどのインドネシア人は同じ地位にあっても重労働を担当しなければならない」。ガーディアン紙へのインタビューでリッキー氏はこう語り、中国船籍の延縄マグロ漁船における差別待遇の実態を明らかにした。
賃金面でも明確な格差がある。リッキー氏の証言によると、中国人乗組員の月収は900~1200ドル(約13万~17万円)に達していたが、インドネシア人には約480ドル(約6万8000円)しか支払われていなかった。さらに彼自身は1300ドル(約18万5000円)もの「募集費用および出発費用」を請求されたといい、経済的な負担は大きい。
中国の遠洋漁業船をめぐっては、北朝鮮人労働者が不法に労働していることも明らかになった。英インディペンデント紙の報道によれば、2019年から2024年の間、中国のマグロ延縄漁船12隻に北朝鮮人が乗船していたという。
北朝鮮人船員たちは最大10年間も海上で拘束され、中には一度も陸地を踏むことなく過ごした人々もいた。報告書はこうした状況について、「虐待が横行する漁業界の中でも、特に深刻な強制労働だ」と指摘している。
彼らは複数の船を転々とさせられ、携帯電話の使用も港での外出も許されなかった。こうした行為は、北朝鮮の核・ミサイル開発への資金流入を防ぐことを目的とした2017年の国連安保理決議に違反している。同決議は2019年末までに全ての北朝鮮人労働者が帰国できるよう、各国に求めていた。
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錆びついたタンクから洗浄用水を飲んだ
厳しい船上生活は、各国で問題視されている。イギリス内務省は、フィリピン、ガーナ、インド、スリランカ出身の35人の労働者が2012年から2020年にかけ、「現代における奴隷制の犠牲者」になっていたと認定した。
「警察に助けられた瞬間、本当に喜びがこみ上げてきた」と英BBCに語るのは、ガーナ出身の漁師アウグストゥス氏だ。彼はスコットランドの小規模な家族経営の漁業会社、TNトローラーズの船で働いていた。
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「人が亡くなったのに、何事もなかったかのように扱われた。予定通りに作業は進み、休みもなかった。遺体を包んでから1時間後には、私は仕事に戻っていた」とリッキー氏は語った。
陸に上がるまでの6カ月間、YK氏の遺体は船の冷蔵庫に保管された。船員は毎日、その周りでの船上作業を余儀なくされたという。太平洋の島の一つに停泊した際には、当局の検査中、船長から黙っているよう命じられた。誰も陸の人々と話せず、Wi-Fiもなく、衛星電話を使えるのは中国人船員だけだったとリッキー氏は明かした。
「彼の遺体を包んでいる時、複雑な思いに駆られた。悲しみを感じながらも、同時にこの人がなぜこうなったのかと考えていた」とリッキー氏は語った。
強制労働の従事者は12万8000人以上
国際労働機関(ILO)が2021年に世界各地の漁業関係者への調査と統計分析に基づいて算出した分析によれば、世界の漁業産業では約12万8000人が強制労働に苦しんでいるという。実数はこれをはるかに上回ると推測されている。
米ニューヨーク・タイムズ紙はこの数値に触れ、年間400億ドル(約5兆7000億円)超の市場規模を持つマグロ産業内における、暗い人権侵害の側面として取りあげている。先進国も無縁ではない。同紙はアメリカが水産物輸入額で世界トップに立っており、消費される水産物の約8割が海外からの輸入品だと指摘する。
事態は年を追うごとに悪化する傾向にあるようだ。英エコノミスト誌が解説するように、世界の魚類資源の9割以上がすでに限界近くまで獲り尽くされているか、あるいは乱獲の状態に陥っている。こうした背景から中国の漁船団などは、これまでよりもさらに遠い海域へと船を向けざるを得ない。水産資源の減少で船団間の競争が激しくなり、結果として労働環境の大幅な悪化につながっている。
ドイツ国際放送(DW)の報道によると、環境正義財団(EJF)の調査から、中国の遠洋漁船に乗り込んだ44人の漁師全員が劣悪な労働・生活環境に置かれていたことが明らかになった。そのうち96%が長時間労働を強いられ、55%が暴力行為を受けたと証言している。
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人目の届かない遠洋で繰り広げられる暴力
ガーディアン紙の報道によれば、原告らは「債務による拘束」状態に陥っていたという。仕事を辞めれば多額の借金を背負うことになり、船を下りたくとも叶わない、事実上の足止め状態に置かれていた。
船員らも黙っているばかりではない。
2025年3月、インドネシア人漁師4人がバンブルビー・フーズをカリフォルニア州の裁判所に提訴した。訴状には、原告たちが「暴力や虐待に遭い、食事も足りず、怪我をしても治療を受けられなかった」との実態が記されている。船長が金属フックを振り回し、漁師らを繰り返し攻撃したこともあったという。
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アウグストゥス氏と船上生活を共にしたガーション氏はBBCのインタビューで、過酷な状況について証言した。「食べ物も水も足りなかった」と彼は振り返る。乗組員たちは船内の錆びついたタンクから洗浄用の水を飲んでいたという。いよいよそのタンクも空になれば、今度は獲ったホタテを保存するための氷を溶かして水分を補った。
2020年、複数のガーナ人船員がTNトローラーズ所有のホタテ漁船オリビア・ジーンから救出された。彼らの船内生活は「非常に不衛生で狭く、清潔な飲料水や十分な食事、必要な医療ケアがまったく得られなかった」と伝えられている。BBCの別の報道によると、彼らはその後、「現代の奴隷制」の被害を受けたとする訴えを起こし、イギリス政府から一人2万ポンド(約380万円)の補償金を得ることができた。
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「船主は私たちを奴隷のように扱う」
TNトローラーズ側は、労働者らは親切に扱われていたと主張。これに対し中国政府は、「違法漁業を絶対に許さない姿勢」を強調している。ドイツ国際放送の記事によると、中国政府は2023年の白書で遠洋漁業に対し「世界一厳しい管理と規制」を実施していると主張した。
台湾漁業署同様に自国の取り組みを擁護している。英テレグラフ紙によると、同署は国際労働機関の「漁業労働条約」の導入を進めているという。また2017年から2020年9月にかけて、台湾の遠洋漁船の49%を調査したとしている。
「我々は様々な意見に謙虚に耳を傾ける用意がある」とテレグラフ紙の記事で台湾漁業署は話している。しかし同時に「多くの漁船オーナーは外国人船員に優しく接している」と反論。NGOの報告書については「一方的で主観的」な見方だと批判し、一部の実態を否定した。
現在、船舶への監視カメラ設置で実態の把握に努めたり、Wi-Fiの整備を進めたりする動きが一部企業で見られる。ガーディアン紙が取材した漁師たちは皆、Wi-Fi環境が彼らの働き方を根本から変える可能性があると口をそろえる。Wi-Fiがあれば家族と連絡を取ることができ、何より虐待の実態を外部に知らせる手段が得られるため、乗組員の安全確保に大きく貢献すると期待されている。
「私たちは船主に向けて、より良い労働環境を求めていきたい」と、インドネシア人漁師のエディ氏はガーディアン紙に本音を語った。「船主は私たちを奴隷のように扱う。人間らしいつながりは全くなく、ただ仕事と命令と従うことだけが求められる。私たちはただ、より良い条件を望んでいるだけなのに」
健康的で優れた海産物を食卓に届け、私たちの豊かな食生活を実現してくれる漁業従事者たち。その彼ら自身が、自らの安全と生命を犠牲にして漁に当たるようなことがあってはならない。陸から遠く離れた場所で、今日も危険と隣り合わせで働く彼らの、労働環境の改善が求められる。