トランプやマスクが目指す「人類の火星到達」の本当の実現度...彼らが見落とす宇宙旅行の「現実」とは?(ニューズウィーク日本版)

課題はこれだけではない。人間を火星に送って長期間滞在させるためには、大量の食料および酸素を人間と一緒に運び込むか、火星で食料や酸素をつくり出す方法を開発する必要があると、専門家は語っている。 あるいは、火星と地球が最も接近する26カ月ごとに、必要な物資を搭載したロケットを火星に送るというアプローチもあり得ると、ピッツは言う。「ただし、大量の物資を送るためには、火星に軟着陸できなくてはならない。問題は、そのような能力がまだないということだ」 ピッツは、スペースXの大型宇宙船「スターシップ」(マスクはこの宇宙船を火星着陸に用いたいと考えている)を称賛するが、懸念材料もある。スターシップの飛行試験は、これまで8回実施されたうちで4回しか成功していない。直近では3月に打ち上げ後に空中分解し、飛行試験は2回続けて失敗している。 「スターシップの開発計画は非常にうまくいっているが」と、ピッツは言う。「技術面での有効性がしっかり実証されたわけではない。荷物を全て積んで打ち上げたことはまだないし、そもそも月や火星には、この宇宙船を受け入れるための技術的なインフラが存在しない」 アリゾナ大学のクリス・インピー教授(天文学)は、早ければ28年末に火星への有人飛行を行うというマスクの構想を「非現実的」と評する。安全に実行するには、大量のテストと修正作業が必要だからだ。 「火星探査機として見るなら......スターシップには成功した部分もそうでない部分もある」と、インピーは本誌に語った。「学ぶべきことは多く、人間を危険な旅に送り出すまでには、何十もの実演やテストを行わなければならない。トランプの大統領在任中に人類が火星に行く見込みはない。絶対にあり得ない」 たとえ28年12月に有人探査機を打ち上げたとしても、トランプがホワイトハウスを去る翌29年1月までには火星に到達しない。 トランプとマスクとの親密な関係を考えるなら、在任中に火星探査を成功させるという大統領の発言は「驚き」だと、インピーは言う。 「それが不可能なことを、マスクはよく分かっている。株価を上げておくために話を盛るが、彼は現実を理解している。何しろ大学院で物理を専攻し、ロケット科学の専門家でもあるのだから」 25年9月に予定されていた有人月周回ミッション「アルテミス2」が26年4月に延期されたことを踏まえ、NASAは月面探査の再開を「非常に慎重に進めている」と、インピーは語る。最後に有人月面探査を行ったのは1972年のアポロ17号だ。 「地球から月までの距離がおよそ38万キロなのに対し、火星は最接近時でも約5630万キロ。100倍以上の距離がある。最小限の燃料で火星に到達しようとすると、約4億230万キロの軌道を飛行することになる」 火星への旅は「とてつもない大事業」だと、インピーは言う。「質量が増えてしまうので、好き勝手に荷物を積むわけにはいかない。質量が増えればロケット燃料のコストがかさみ、コストがかさめば計画の実現が困難になる。全てが物理に厳しい制約を受ける」 火星の有人探査が実現するのは現実的に考えて2040年前後になるとインピーはみており、これはピッツの見積もりとも重なる。 「スターシップは実に見事なロケットで、テスト打ち上げも何度か成功している。だが未知数の部分があまりに多いし、言うまでもなく、地球の軌道を離れたことは一度もない。火星ミッションでは火星に着陸し、帰還時には発射台なしで離陸しなければならない。それが可能かどうかは、全く証明されていない」 スターシップは史上最強の打ち上げロケットだ。最大150トンの物資を運ぶことができて、再利用が可能。ブースターの「スーパー・ヘビー」には、液体メタンと液体酸素を推進剤とするエンジン「ラプター」が33基搭載されている。 テスト飛行と関連インフラを含めた火星ミッションの累積コストは1兆ドル近くまでいくかもしれないと、インピーとピッツは予想する。「確実に数千億ドルはかかるだろう」と、インピーは言う。 現在69歳で『彼方へ 宇宙における私たちの未来(Beyond: Our Future in Space)』の著書がある天文学者のインピーは、「極めてハイリスクなミッション」が自分が生きているうちに実現するとは考えていない。桁外れな投資が認められるかどうかについても、懐疑的だ。 「イーロン・マスクは自分の動機がSF小説レベルであることを隠そうとしない。人類は地球にいれば滅びるだけだから、『多惑星種』にならなければならない、その移住先として有力なのが火星だというのが彼の考え方だ。この悠長なSF的発想を基に、マスクは火星に行こうとしている。だがそんな話に乗る人間は少なく、政府は巨額の支出を承認しないだろう」

ニューズウィーク日本版
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