現役心理カウンセラーが「放置子」をテーマに新作を描いた理由。白目みさえさんインタビュー(レタスクラブ)
「放置子」という言葉をご存知ですか? 近年SNSなどでしばしば話題になるこの言葉。夜遅い時間までひとりで外にいたり、約束をしていないのに遊びに来たり、人の家に入りびたっては冷蔵庫を勝手に開けたり、優しくしてくれた人に執着したり……といった行動を見せることから、トラブルに悩む人々がSNSで情報交換をすることが増えてきました。 【マンガ】『放置子の面倒を見るのは誰ですか?』を最初から読む 現役心理カウンセラーとしても活躍する漫画家・白目みさえさんが、この問題に挑んだコミック作品『放置子の面倒を見るのは誰ですか?』を今年5月に発表。娘と同じクラスの女の子の問題行動に振り回される母親が、対応に困り思い悩む姿が共感を呼んでいます。 この作品のストーリーをご紹介して、著者の白目さんにお話を伺っていきます。 ■『放置子の面倒を見るのは誰ですか?』あらすじ 主人公の岡村しずかは、小学校入学を控えた新一年生の娘・莉華の母親です。入学説明会で出会った「りっちゃん」という女の子が、集団登校で同じグループであること、保護者の同伴なしでひとりで説明会に来ていたこと、母親がいなくて父親と祖母との暮らしであることを知ります。 そして莉華の入学後。しずかは仕事に車で向かう途中、遅刻したりっちゃんを見かけて心配になり、車に乗せて学校まで連れていってあげたことがありました。すると、りっちゃんはその後もしずかの車に乗せてもらうことを期待するような発言をします。しずかはきちんと線引きしておこうと「もうしない」と断りますが、するとりっちゃんが莉華のランドセルをひっぱったりたたいたり、きついことを言ったりなどの行動が現れるようになりました。 その後も、遊ぶ約束をしていないのに「莉華と約束した」と勝手に遊びに来たり、莉華のノートを借りて返さなかったりといったことがありました。また「莉華のハンカチちょうだい」とせがんできて、断ると「ケチ!」と怒り出したり…といった行動もあり、莉華もりっちゃんがいる学童に行くのが嫌だと言いだすようになりました。 同僚から「それって放置子ってやつじゃないの?」と指摘され、あまり相手をしちゃだめだとアドバイスされるしずか。莉華を悪く言ったり嫌がらせをしてきたりするりっちゃんに対し、次第にいら立ちも募っていきます。しかしその一方で、授業参観や持ち物の様子から、りっちゃんには何か家庭の事情がありそうだとも感じています。 りっちゃんとの距離の取り方に悩むしずかでしたが、そんなある日、りっちゃんが莉華の足を負傷させる事件が起こって…。 ■著者・白目みさえさんインタビュー ――この作品を書こうとしたきっかけ、このテーマを選んだ理由について教えてください。 白目さん:きっかけは、自分の子どもが学校生活の中で関わってきた、何人かの同級生たちの存在でした。約束もないのに急に家に来ようとする子、冷蔵庫を勝手に開けておやつを食べてしまう子、大人の前ではニコニコしているのに、子ども同士になるとちょっと意地悪を言ってしまう子…。そういった子どもたちと接する中で、「どう関わればいいんだろう」と悩むことが何度かありました。もちろん、うちの子も他のご家庭で迷惑をかけているかもしれません。だからこそ、「よその子」との距離感や接し方はとても難しいと感じたのです。 このテーマを選んだのは、「大きな問題じゃないけれど、なんとなく気になる」「でも誰にも言えない」といった“微妙な違和感”を描きたかったからです。そんな気持ちを抱えている方に「わかる」と共感してもらえたら嬉しく思いますし、同時に、そんなときこそ心理士などの専門家が力になれる場面もあるんだ、ということを少しでも伝えられたら幸いです。 ――心理士の白目さんも、そのような状況では対応に悩んでしまうのですね。 白目さん:心理士としてそのような子と関わった経験はありますが、この場合の私は「地域で子育てをするひとりの母親」という立場です。専門職としてなら対応できることも、ひとりの母親としてはどこまで踏み込んでいいのか迷ってしまいます。そんな迷いや戸惑いは、私だけでなく、多くのお母さんたちも感じているのではないかと思いました。 ――作品を読んで、難しいテーマではありながら、登場人物それぞれの立場に対しての配慮や思いやりを感じる描写だと感じました。作品を描くにあたって難しかった点や、心がけたことはありますか。 白目さん:この作品では、“誰かを悪者にしない”ということを大切にしました。困っている子どもも、その親も、関わる先生も、そして主人公のしずか自身も、みんなそれぞれに事情があり、葛藤を抱えています。「この人が悪い」と決めつけてしまえば話は簡単ですが、現実にはそう単純でもありません。一見すると問題があるように見える人にも、その人なりの背景や、どうにもならない理由がある。そこに想像を向けてもらえるような描き方を心がけました。 『明らかな悪者がいて、それを成敗するヒーローが現れ、最後には悪い人が痛い目を見る』そんな作品は読んでいてスカッとしますし、私もそういう物語は好きです。でも現実では、悪者が誰かはっきりしていないことのほうが多く、誰も悪気がなかったのに、うまくいかないこともたくさんあると思います。だからこの作品では、「誰かのせい」にして終わらせるのではなく、それぞれの立場にある“しんどさ”や“言葉にならない思い”を丁寧に描くことを大事にしました。 とはいえ、あまりに重くなりすぎると読者の方がつらくなってしまいますし、逆に軽く描いてしまうとリアリティがなくなってしまいます。「これはフィクションだけど、どこか現実とつながっている」と適度に感情移入してもらえるような作品を目指しました。 * * * 作中では後半、葛藤するしずかに対して心理カウンセラーの友人が「自分がなんとかしなきゃという思いは捨てていい」「自分ができることを線引きして、担任だけでなく学年主任やスクールカウンセラーなどに相談するのも手」とアドバイスします。学校を通してりっちゃんを支援につなげてもらうことで、しずかと莉華の状況も好転していくのでした。 白目さんは「無理に背負わなくてもいい。しんどいときは専門家に相談してもいい。そんなふうに、読んでくださった方が少しでも肩の力を抜けるきっかけになれば嬉しいです」と語ります。この作品は、同じような状況で誰にも相談できず悩んでいる方に寄り添い、問題との距離の取り方を教えてくれます。 取材・文=レタスユキ