「楽観バイアス」の恐怖──自分に都合の良い解釈で転職を避けた社員の“悲惨な末路”(ビジネス+IT)
山田さんの事例を読んで、あなたは何を感じましたか? 心理学には「楽観バイアス」という言葉があります。これは認知バイアスの一種で、目の前にある問題を直視せず、自分にとって都合の良いように楽観的に解釈し、問題解決を先送りにしてしまう心理状態を指します。 山田さんは、上司が代われば自分への評価も変わるはずだと期待していました。しかし、よく考えてみてください。これは、「評価者のさじ加減ひとつで評価が決まる」という、属人的で公平性に欠ける評価制度が社内にまかり通っていることを、暗に認めているのと同じです。 そして、評価者が変わったら、その曖昧な評価運用が自分に都合よく変わるだろうと期待しているわけです。これは、非常にいびつな期待感と言わざるを得ません。 山田さんは、不確定な業界の先行きや、評価者の個人的な判断といった、自分ではコントロールできない要素に自分の将来を委ね、すべてを自分に都合よく楽観的に捉えてしまっていたのです。 人間は誰しも、心の奥底では自分が傷つくことを恐れ、変化の一歩を踏み出せないという側面を持っています。 転職は、勤務先が変わり、場合によっては仕事内容も大きく変わる可能性があります。未知の世界へ飛び込む不安よりも、現状維持を選ぶほうがストレスが少ないと感じるのは自然なことです。 だからこそ、つい楽観的な見通しに流されてしまいがちなのです。 その意味では、山田さんが転職を避け、現職の旅行代理店に残ることを選んだ心理も、理解できないわけではありません。 しかし、その楽観的な見通しが外れたときの影響は、計り知れません。なぜなら、万が一の場合の代替案、つまりプランBがまったく準備されていないからです。 楽観的でいることの本当の怖さは、まさにここにあります。 長年勤めた会社を信じたい。他人に期待を寄せたい。それ自体は、決して悪いことではありません。 しかし、そうこうしている間にも、AIをはじめとしたさまざまな技術の進化は私たちの仕事を奪いつつあり、業界地図も刻々と変化しています。 そして、年齢を重ねるごとに、求人数が確実に減っていくという厳しい現実も待っています。 現実から目を背けることなく、1日も早く転職活動に着手すること。それが、変化の時代を生き抜くための賢明な選択と言えるでしょう。 現職に残るべきかどうかは、実際に転職活動をしてみて、その感触を得てから判断しても決して遅くはありません。
執筆:転職定着マイスター/組織づくりLABO代表 川野 智己