国内初の円建てステーブルコイン「JPYC」発行開始 次世代の“通貨”目指す
日本円と連動した日本初のステーブルコインである「JPYC」の発行が開始された。フィンテックベンチャーのJPYCが金融庁に資金移動業者として登録し、電子決済手段の発行が可能になったため、2025年10月27日に正式にステーブルコインJPYCの発行に至った。
JPYCは、ステーブルコインの発行体となってJPYCを提供するが、発行されたJPYCを管理するのはユーザー自身で、それを活用したウォレットやサービスを第三者が自由に提供できるようにしたことで、コストを抑えながら安定したステーブルコインの発行を目指した。
JPYCでは、今後3年で10兆円規模の発行残高を目標にしており、その1%、1,000億円規模の利益の実現を目指す考えだ。同社の岡部典孝社長は、「アカウントを作るのは銀行口座を作るより簡単で、法律に反しない限り自由にJPYCの使い道を決めてもらえる」とアピール。次世代の通貨としての位置づけに自信を見せた。
ステーブルコインは、一般的にブロックチェーン上で構築された法定通貨に連動した価値を持つ電子決済手段。2023年6月に施行された改正資金決済法で、電子決済手段としての法的な位置づけが整備された。
法定通貨に連動するため価値が安定しており、基本的に1円が1JPYCで交換でき、1JPYCは1円に払い戻すこともできる。電子決済手段として認められているため、送金や決済などにも使える。
岡部氏によれば、グローバルでは、主に米ドルと連動したステーブルコインが発行されており、時価総額は2,900億ドルを超え、その99%が米ドルのステーブルコイン。そのうちUSDT、USDCの2種類で85%を占めているそうだ。
ウォレットアドレスは7.2億、月間アクティブウォレットアドレスは約5,500万に達しており、それだけステーブルコインが決済や送金などに使われていることになる。こうした結果、取引総額はすでにVisaブランドのクレジットカードの取引額を上回ったという。
世界的には日本の改正資金決済法の登場は早く、米国ではGENIUS法と呼ばれるステーブルコインに関する法案が2025年7月に成立。米国でも公式な決済通貨として認められるようになった。
こうした状況下で、2019年には約637億円程度だったステーブルコイン市場は、2025年には約49兆円まで拡大。2030年には約290~611兆円まで拡大するとの予測もある。岡部社長は、「GDPなどを踏まえると、日本円がその市場規模の10%程度を取れる可能性があり、うまくいけば5年後に60兆円規模になる」と強調した。
そのステーブルコインであるJPYCを「日本銀行のように」(岡部社長)発行するのが同社だ。創業は2019年。米ステーブルコインのUSDCを発行するCircleが2021年に出資しており、これまで前払式支払い手段型のJPYCを発行してきたが、今後は電子決済手段であるステーブルコインのJPYCの発行に専念する。
JPYCの発行・償還を行なうプラットフォームとして「JPYC EX」を立ち上げ、ここから日本円ステーブルコインを購入し、円に償還(払い戻し)が行なえる。「ノンカストディ型」と呼ばれる金融サービスとして位置づけ、JPYCの管理はユーザー自身が行なう。岡部社長は、「自分の財布の現金を自分で管理する」と表現する。
銀行や暗号資産取引所は、ユーザーの資産を保有・管理する役割を担っているが、結果としてコストが発生する。そうしたコストを回避することで、JPYCは手数料無料で発行・償還サービスを提供できるようになったという。
ユーザーは自身でウォレットを用意し、自分で管理することになる。自身が保有し、コントロールできるため、いつでも自由に送金や決済ができる。岡部社長は、「ウォレットに入ったJPYCは、法律に反しない限り、決済、送金、運用など、利用者が自由に使い道を決められる」とアピールする。
また、1円から1円単位で世界中に送金ができ、着金まで最短1秒以内。さらにコストも1円以下で送金できるとしており、金額が大きくなってもコストが変わらないことから、送金に関する手数料が大幅に安くなり、利便性も大きく向上すると岡部社長。
まずはイーサリアム、アバランチ、ポリゴンという3つのパブリックチェーンで発行されるが、これは順次増やすことで、さらに利便性を高めていく計画。
なお、JPYCが登録した第2種資金移動業は1回の取引で100万円までという制限があるが、金融庁の規制緩和によりウォレット内のJPYCの保有・送金に関して上限規制はないという。ただ、1回の入金・出金=発行・償還については1日100万円の制限があるため、1億円を保有するには100日間にわたって発行しなければならなくなる。ただ、その1億円を送金することは可能だという。
そうしたことから「柔軟に様々なケースで使える」と岡部社長は話すが、それでも数十億円といった貿易決済などには使えないと指摘。今後、第1種資金移動業の申請を行なうことで、こうした利用にも対応していきたい考えだ。
JPYCは、収益モデルとしては裏付け資産となる国債と預金の運用金利を想定している。まずは日本国債と預金を半分ずつで運用するが、将来的には国債を8割まで引き上げる。短期国債を中心にするため金利は高くはないが、現在は金利が上昇傾向にあるため、1%程度を想定する。3年でJPYCの発行額10兆円が目標のため、その1%となる1,000億円程度が利益になると見込む。
日本国債中心のため収益は安定し、結果として各種手数料を当面無料化できると岡部社長。ただ、岡部社長は「ずっと無料にしたいというのが本音」と話し、手数料が有料化するケースとして、国債の金利が0%に近づくような極端な低下をした場合には事業継続が難しくなるという。
もう1つのケースとしては、「悪意のある利用者が発行と償還を繰り返す場合」を挙げる。一部銀行手数料をJPYCが負担しているため、この回数が多すぎると負担が増加して継続が難しくなるという。そのため、問題があれば「一定回数以上は手数料が発生する」ということもありえるとしている。
JPYCは日本円と連動するステーブルコインというのが前提だが、日本円との交換で1円未満や1円以上になるデペッグが発生する可能性もあり、岡部社長は3つのシナリオを挙げる。
1つはJPYCで秘密情報の流出や、JPYCを発行する機能が外部から使われた場合などで、攻撃によってデペッグが発生する場合がある。これに関しては、過去5年間事故なく運営してきた実績に加え、「常に先回りしてセキュリティを高める努力を続ける」と岡部社長は話す。
もう1つが裏付け資産のリスクで、これは預金先の銀行が破綻するなど、裏付け資産が戻ってこない場合。これは複数の銀行に分散して預金し、取り付け騒ぎなどの情報があれば速やかに預金を引き上げるといった機動的な対応を行なうという。
最後はリスクが現実的かどうかはともかくとして、国債のデフォルトリスクがある。現時点で5割、将来的には8割の裏付け資産を国債にする計画のため、日本国債のデフォルトが大きく影響する。ただ、その場合は日本円自体の信頼も揺らいでいる状況で、JPYCにはどうすることもできない。
課題の1つとしてはマネーロンダリング対策が挙げられる。マネーロンダリング対策などに対する国際的な取り組みであるFATF(金融活動作業部会)などでは、犯罪者などによるステーブルコインの悪用が指摘されている。
岡部社長は、現金では不正な取引に使われたかどうかが分からないのに対して、ステーブルコインはブロックチェーン上の取引であり、不正が可視化しやすいという側面があると指摘。加えてJPYCでは、「発行・償還でのKYC(本人確認)をしっかりと行なう」、「不正利用が確認され、当局の指示などがあれば送金を止める」といった体制を整備している。
さらに、出資しているCircleとも連携し、Circleのブロックリストに合わせて停止措置を行なうといった手法も用意する。加えて、銀行、証券会社、暗号資産交換業など11社が集まるコンソーシアムで、マネーロンダリングに関する情報やウォレットアドレスを共有するなど、業界横断の取り組みを目指していると岡部社長は言う。
岡部社長は、企業の信用度などによって決済手数料に差があるような現状に対して、ステーブルコインによって決済手数料がほぼゼロになるような社会でイノベーションが起きやすい土壌が生まれると指摘。そうした課題に対する解決策としてJPYCが貢献できるという考えだ。
さらに今後のAIエージェントが発展する時代になり、AIエージェントが秘書のように決済を含めた作業を自動化してくれる際に、ステーブルコインが有効に活用できるとしており、インボイス処理や納税なども少ないコストでほぼ自動化できると指摘する。
ブロックチェーン上で記録されるため、透明性の確保にも繋がると岡部氏。政治資金や国の予算がステーブルコインで分配されれば、不正な支出もすぐに可視化される、としている。
最近日本では、一部のコンテンツやサービスでクレジットカードが使えなくなる事態が発生しているが、JPYCは自由に決済に使えるため、表現の自由を守る上でも不可欠なインフラになると岡部社長は強調している。
JPYCを扱うためには、同社への報告や契約などの必要はなく、誰でも自由に扱うことができる。すでに複数の企業が活用を発表しており、JPYCにも多くの問い合わせがあるというが、すでに岡部社長も把握できない状況だという。
例えばクレジットカード事業者のナッジは、クレジットカード利用額の返済にJPYCの利用に対応。直接JPYCの支払いで使えるわけではないが、返済でJPYCを使えるため、実質的にJPYCでの決済が可能。また、コンビニ決済ネットワークなどを提供する電算システムが、コンビニなどでのJPYC利用の検討を開始している。
ハッシュポートは、大阪・関西万博の公式アプリであるEXPO 2025デジタルウォレットを「HashPort Wallet」へリニューアルし、JPYCに対応したウォレットとなる。
こうしたサービスに対してJPYCは開発者向けのSDKを無償で提供するが、「オープンな金融インフラ」として自由な決済網の構築が可能になると岡部社長は強調。
JPYCが資金移動業者であるため、JPYCを使った決済機能を開発した場合、自社でのライセンスは不要になるため、例えば「ライブ配信アプリの投げ銭機能」として、ユーザーとアーティスト間の送金機能を開発した場合でも、JPYCであれば資金移動業のライセンスは不要なのだとしている。
こうした自由な開発を促すことで、岡部社長は新たな「スーパーアプリ」の登場も期待する。JPYC自体はノンカストディ型のため、ユーザーに対しては自己責任で自ら管理する必要がある。それでは一定のリテラシーが必要になるため、JPYCを扱いつつ、表面的には銀行預金なのかJPYCなのか、技術的な違いを意識させないようなUI・UXが実現されることで、より一般層への普及にも繋がる可能性があるというのが岡部社長の考えだ。
とはいえ、岡部社長は当初のJPYCのニーズとして、機関投資家や暗号資産長者のような資産を自ら運用したいというニーズやキャリートレード需要といった大きな金額の動きが多くなるとみており、まずはそうしたアーリーアダプター層から始まり、「4~5年で一般層に普及する」との判断をしている。