国連トップ人事でトランプが中露と共闘か?浮上する「まさかの人物」と日本へのリスク(ダイヤモンド・オンライン)
● 米中露が担いでハンガリー前首相を国連事務総長に? 2026年10月25日、米『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙(以下、WSJ)が社説で驚くべき情報を伝えた。
【写真】トランプが中露と共闘!?国連トップに浮上した「まさかの人物」
トランプ政権が、ハンガリーのヴィクトル・オルバン前首相を次期国連事務総長に擁立する構想を進めているという。ロシアと中国もこれに同調する可能性があり、米中露3カ国の共同候補として担ぎ出そうというのだ。 WSJによれば、アメリカ当局者が中国やロシアの当局者と次期事務総長について意見を交わす中で、「オルバン氏のような人物」が繰り返し話題にのぼり、やがてアメリカ側で「ならばオルバン氏本人でいいのではないか」という声が出たという。 アメリカ側はすでにオルバン氏に立候補を打診しており、本人も関心を示しているという。正式な発表は11月の米中間選挙後になる可能性がある。 ただし、現時点で中露の公式な支持表明はなく、オルバン氏も出馬を決めていない。あくまでWSJの社説が伝えた段階の情報である。それでも、対立を深める米中露が、同じ人物を国連のトップに据えようとしているという構想は、極めて興味深い。なぜ、オルバン氏なのか。そして、この構想は日本にどのような影響をもたらすのか。
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中国との関係はさらに興味深い。 2024年5月、習近平国家主席はハンガリーを公式訪問し、オルバン首相と会談した。 両国は関係を「新時代の全天候型包括的戦略パートナーシップ」に格上げしており、習氏は、両国関係が歴史上最良の状態にあると述べた。 ハンガリーは中国の「一帯一路」構想にも積極的に参加し、鉄道建設や電気自動車関連産業などで中国からの投資を受け入れてきた。 しかも、中国にとってオルバン氏の価値は経済関係だけではない。2021年、EUが香港の人権問題をめぐって中国を批判する共同声明を出そうとした際、これを阻止したのがオルバン政権下のハンガリーだった。 EUの外交政策では加盟国間の全会一致が必要となる場面が多い。ハンガリーが反対すれば、EU全体として統一した立場を打ち出すことが難しくなる。 つまり、オルバン政権は中国への外交的圧力を弱める方向で、実際に影響力を行使してきたのである。 さらに、2024年5月の中・ハンガリー共同声明では、両国が国家主権や領土保全を重視する姿勢を示し、ハンガリー側は「一つの中国」の原則を改めて確認した。 オルバン氏が重視する国家主権や内政不干渉は、中国の外交原則とも共通する部分がある。 中国から見れば、オルバン氏は単なるトランプ派の保守政治家ではなく、「他国の政治体制に干渉しない」という政治思想の面でも相性が良い。だからこそ両国は、経済協力だけでなく、重要な外交問題でも協力関係を築いてきたのだ。● 米中露の利害は一致するのか?国連改革で見える温度差 オルバン氏の国連トップ就任は、米中露それぞれに異なる利点をもたらす可能性がある。アメリカにとっては、MAGA的な政治思想と国連改革への姿勢が魅力となる。ロシアにとっては、ウクライナ戦争をめぐって西側の主流派とは異なる立場を取ってきた経歴が評価できる。中国にとっては、経済協力に加え、人権問題や国家主権をめぐって中国との対立を避けてきた実績が歓迎されるだろう。 ただし、3カ国の国連観は一致していない。 アメリカは国連の予算削減や組織改革を強く求めている一方、中国は多国間主義や途上国支援における国連の役割を重視してきた。ロシアも安保理常任理事国としての地位や拒否権を重視する。 このように国連改革の方向性では対立していても、事務総長の人選では協力する余地がある。国際政治では、価値観や政治体制が異なる国同士でも、特定の問題で利益が重なれば協力することは珍しくない。
ただし、今回の構想をめぐり、米中露の間で具体的な外交取引が成立した証拠はない。中国とロシアが最終的に支持するかどうかも、まだ不明な点には留意が必要だ。
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● 「オルバン事務総長」の前に立ちはだかる英仏の拒否権 そもそも、オルバン氏が国連事務総長になることは可能なのだろうか。 国連事務総長は、安全保障理事会の勧告に基づき国連総会が任命する。安保理では15カ国中9カ国以上の賛成が必要であり、米英仏露中の常任理事国5カ国のいずれも拒否権を行使しないことが条件となる。 WSJによれば、米国務省関係者はオルバン氏が8カ国の支持を得られ、10カ国まで拡大できると見込んでいる。 最大の障壁となるのがイギリスとフランスだ。両国はウクライナ支援を重視しており、ロシアとの対話を優先してきたオルバン氏とは外交上の立場が大きく異なる。米中露の共同候補として担ぎ出されたオルバン氏を、英仏がすんなり受け入れるとは考えにくい。 その一方で、現在進んでいる事務総長選挙も難航している。 今回は中南米・カリブ海地域から次期事務総長を選ぶべきだという声が強く、国連史上初の女性事務総長を求める動きもある。 10月16日の安保理非公式投票は、常任理事国の票を色分けする初めての投票となった。その結果、首位のコスタリカのレベカ・グリンスパン氏を含む全7候補が、少なくとも1カ国の常任理事国から反対票を投じられた。翌17日には、立候補していたセネガルのマッキー・サル前大統領が撤退を表明した。 こうした膠着状態が、新たな候補者の浮上する余地を生んでいる。実際、10月21日にはアラブ首長国連邦がラナ・ヌセイベ氏を新たな候補者として推薦した。次期事務総長の選考では新たな候補者も浮上しており、今後の動向が注目される。 もっとも、ハードルは少なくない。事務総長候補は国連加盟国によって推薦される。ハンガリーではすでに政権が交代しているが、新政権がオルバン氏を推薦するかどうかは不透明だ。もっとも、出身国以外の加盟国が推薦することも制度上可能だ。
いずれにせよ、グテーレス事務総長の任期は今年12月31日までだ。米中間選挙後に出馬が表明されたとしても、残された時間は2カ月もない。オルバン氏はまだ正式な候補者ですらなく、オルバン事務総長の誕生は決して容易ではない。
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● 台湾海峡と拉致問題、日本が懸念すべき国連の変化 仮にオルバン氏が国連事務総長になれば、日本にはどのような影響があるのだろうか。 まず懸念されるのが、台湾海峡や東シナ海の安全保障問題である。 中国は1971年の国連総会決議2758号を根拠として、台湾が中国の一部であることは国際社会に認められていると主張している。 しかし、この決議は中国の国連代表権を中華人民共和国政府に認めたものであり、台湾の主権や帰属そのものを明示的に決定したものではない。 2024年10月には欧州議会も、中国による同決議の解釈を批判する決議を採択している。 国連事務総長に、安保理の決定を左右する権限はない。しかし、国連憲章99条に基づき、国際平和を脅かすと判断した問題を安保理に提起できるほか、声明や外交的な仲介を通じて国際世論にも影響を及ぼす。 台湾海峡で軍事的な緊張が高まった場合、それを国際社会の安全保障問題として重視するのか、それとも中国の国内問題として扱うのか。その違いは日本にとって決して小さくない。 もう一つは、北朝鮮による拉致問題である。 国連は長年にわたり、北朝鮮による拉致や強制失踪などの人権侵害を問題にしてきた。国連人権理事会や国連総会でも、拉致問題に言及する決議が繰り返し採択されている。 日本にとって国連の人権メカニズムは、拉致問題を国際社会に訴え続ける重要な外交手段だ。 ところが、国連の財政危機によって人権活動も予算面で厳しい状況に置かれている。人権団体「国際人権サービス(ISHR)」によれば、グテーレス事務総長の修正予算案では、人権部門の削減率は15%と、開発部門の11.7%を上回っていた。最終的に承認された2026年予算でも、国連の行政予算問題諮問委員会(ACABQ)は、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の削減対象を当初案の105ポストから117ポストに拡大するよう勧告した。 昨年12月8日には、チリが40カ国を代表して共同声明を発表し、人権部門を不均衡な予算削減から守るよう訴えた。 もっとも、日本自身も国連改革と予算規律の強化には賛成の立場である。問題は改革そのものではなく、その方向性だ。改革の名の下に人権関連の活動が縮小されれば、日本の外交努力にも影響が生じかねない。
事務総長が独断で人権関連の制度を廃止できるわけではなく、オルバン氏が中国寄りと決まったわけでもないものの、国連トップの政治姿勢と組織改革の方向性を慎重に見極める必要がある。
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● アメリカの「合理的な取引」で日本が置き去りにされるリスク 今回の報道で最も重要なのは、アメリカが中国、ロシアと協力して国際機関のトップを選ぼうとしているという点にある。 アメリカにとって中国は最大の戦略的競争相手であり、ロシアともウクライナ戦争をめぐって対立している。 しかし、利益が一致する問題では、アメリカは中国やロシアとも協力する。トランプ政権の外交では、とりわけ国益を優先する取引が重視される。 ここで日本が考えなければならないのは、アメリカにとって合理的な取引が、日本にとっても合理的とは限らないという事実である。 例えば、アメリカが中国との経済交渉や安全保障上の合意を優先する場合、台湾海峡や東シナ海をめぐる日本の懸念が、必ずしも同じ優先順位で扱われるとは限らない。 今回の国連事務総長人事が、そのままアメリカによる日本の軽視を意味するわけではない。しかし、今回の構想が欧州諸国との十分な調整を伴わずに進められているのであれば、見逃せない。 イギリスとフランスはアメリカの主要な同盟国であり、安保理の常任理事国でもある。その両国よりも中国やロシアとの協議を優先する場面があるとすれば、同じことがアジアで起きない保証はない。 日本にとって台湾海峡は、遠く離れた地域の紛争ではない。国家の安全保障そのものに関わる問題である。だからこそ日本には、欧州やインド太平洋諸国との協力を深め、国際機関での発言力を確保することが求められる。そして、外交力を支える経済力と防衛力の強化も欠かせない。 オルバン氏の国連事務総長構想が実現するかどうかはまだ不透明だが、この構想は、「アメリカの同盟国であること」と「アメリカの国益が常に日本の国益と一致すること」は決して同じではないという国際政治の現実を浮き彫りにしている。 日本に必要なのは、アメリカとの同盟から距離を置くことではない。同盟を強固に維持しながらも、大国間の取引に自国の運命を委ねないだけの外交力と防衛力を備えることだ。
(評論家、翻訳家、千代田区議会議員 白川 司)