「アメリカが日本を守る」は幻想…法学者が警告「台湾有事で露呈する高市首相の致命的な見落とし」
高市首相は就任早々の2025年11月7日、台湾有事が集団的自衛権行使の要件の一つである存立危機事態にあたりうるという発言、従来の政府見解の枠を踏み越えた発言を国会答弁で行い、中国との間にいらざる摩擦、深刻な摩擦を生じさせ、アメリカ(トランプ)から、台湾に関する発言のトーンをやわらげるように促される事態にまで至った。
国家の利益を大きくそこなう危険なフライング発言だったことは明らかなのだが、高市支持率がそれによって特に下がることはなかった。これは不思議な現象であり、「政治や外交を単なるムードでとらえているのではないか?」との疑問をもたざるをえない。
さて、集団的自衛権行使に関する最も考えやすい危機のシナリオは、日本が台湾をめぐる米中戦争の前線となり、米軍基地や沖縄を始めとする南西諸島に中国のミサイルが落ちてくることであろう。しかし、それは、本当に日本にとっての必然といえるのだろうか?
国粋保守対米追従派の人々を中心として唱えられてきた「日本は台湾をめぐる米中戦争の前線になるべきだ」との議論については、日本人が、自衛隊が、そのような戦争を戦わなければならない必然性の有無、人々がその生命と財産を危険にさらさなければならない必然性の有無が、まずは、当然に説明され尽くされ、議論し尽くされなければならないはずである。
ところが、そのような説明や議論は、政治の側でほとんど行われていない。そして、南西諸島の防備強化等の既成事実だけが、次々と積み重ねられているのだ。
■「米国は日本を本当に守るか」議論の停滞
アメリカが日米安保条約によって本当に日本を守ってくれるのかについては、第二次トランプ政権の時代になると、さすがに、日本人の間にも懐疑的な意見が出始めた(2025年2~4月に実施された朝日新聞世論調査では、「いざという場合、アメリカは本気で日本を守ってくれると思いますか」という問いに対し、77パーセントが「そうは思わない」と回答。外交についても「日本の外交はアメリカの意向からなるべく自立したほうがよい」との意見が68パーセントを占めた。また、同年9~11月に実施された内閣府世論調査では、日米関係が「良好」と答えた人の割合が大幅に減少し、過去〔1998年以降〕二番目の低さとなったと報道された)。
だが、これが日本人一般の意見であるなら、安保条約やこれに基づく日米地位協定のあり方、集団的自衛権のあり方に関する深刻な議論が起こってもおかしくないはずなのに、そのような動きはほとんどない。アメリカのベネズエラ攻撃、イスラエルと共同してのイラン攻撃等、国際法上、また国際世論上強い批判を浴びた行動についても、同様のことがいえる。こうした事態の根底には、「そうはいっても、結局、アメリカについてゆくしかない。そのほうが無難」という無意識の精神的機制があるのではないだろうか。
■「日本の正確な位置を知らない」米庶民層の多数
しかしながら、アメリカの支配層は、少なくとも国民の4分の1程度を占めるといわれる経済的下層の人々を踏みにじって恥じない政策を行い続けてきているのだ。そんなアメリカの支配層が日本人を本気で守ってくれることを無条件に期待、信頼するとしたら、あまりにもナイーヴというものではないだろうか。
2017年からの一年間私が滞在していた「ハワイ州」でさえ、州民(日系人とは限らない)の間には、「いざとなったら政府はハワイを米中戦争の捨て石にしかねないのではないか?」との疑念をもつ人々がいたほどなのである。
また、アメリカ国民の日本に対する関心も、一般的にいえば、日本人が思っているほど高くはない。彼らが、きわめて強い精神的な絆を日本との間に感じているわけでもない(精神的な絆は、当然のことながら、イギリス等英語国民諸国との間のほうが強い)。
私の友人で、アメリカと日本を知り尽くしているあるアメリカ人日本研究者は、こう語っていた。
「アメリカの庶民層には、日本の正確な位置を知らない人も多い。義務教育水準の低下した今日では、サウスダコタ州やアーカンソー州の正確な位置だって、皆が知っているかは疑問なくらいだ。また、そもそも、彼らは、日本を含め、外国のことなどにほとんど関心はない」
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/skegbydave■日本にミサイルが落ちてもさほど困らない
さらに、アメリカ人の多数派が、子ブッシュやトランプのようなアメリカ中心主義のポピュリストを二回ずつ大統領に選んできたことからもわかるとおり、アメリカにずっと潜在し続けていたアメリカ中心主義的・帝国主義的傾向が近年非常に強まっていることにも注意すべきであろう。
本書『法律家が見た日本社会の病理』で先述したとおり、近年のアメリカ社会における各種のマスヒステリア現象は、みずからの「神話」が破壊されてゆくことに対する暴発的防御反応なのだから、尾を引く可能性も、再燃する可能性もある。
たとえ台湾をめぐる米中戦争で日本にミサイルが落ちても、アメリカは「まことに尊い犠牲である」というだけのことで、さほど困るわけではない。当然に続くと思われる停戦交渉、駆け引きによって戦争がそこで終われば、台湾のほかには日本だけが致命的な打撃をこうむって幕引きという事態も十分にありうる(米中とも、全面的な米中戦争や第三次世界大戦を引き起こす覚悟まではないであろう。自滅するだけのことだからだ)。
この推測には、当然に反論がありうるだろう。しかし、「起こりうる事態」であることには間違いがないと思う。
■「力が正義」というアメリカ人の価値観
国際関係というものは、人と人との関係に比べれば原始的な状態にとどまっており、実際には、まだまだマキャヴェリやホッブズの苛酷なリアリズムが支配する世界なのである。たとえばウクライナ侵攻についても、リアルにみるなら、ロシア以外の関係諸国の支配層も、ウクライナの人々のことよりも自国の利害を中心として動き方を考えているのは、明らかではないかと思われる。
特に、大国は横暴になりやすい。アメリカについても、戦後、ソ連ないしロシアと並んで最も多くの武力介入を他国に対して行い、あるいは拷問やテロの方法までをも教授し、また、ベトナム戦争やイラク戦争等の正当性に乏しい戦争を行ってきた国であるのは事実だ。
加えて、アメリカ人の意識の底の部分には、本書『法律家が見た日本社会の病理』で先述したとおり、力が正義であり、場合によっては暴力や悪もやむをえないという考え方、また、ナイーヴな者が相手にあやつられるのは自己責任だという考え方がある。強烈な自国中心主義もある。さらにいえば、アメリカ人に限らず、人間には、自己の意のままになる者を軽んじ、軽蔑する心性もある(私が目にしたアメリカの新聞や雑誌の風刺画には、「従属国」としての日本や、当時の首相安倍を揶揄するようなものも複数あった)。こうしたことも、よく認識しておくべきであろう。
安倍晋三元首相(2017年2月)(写真=ホワイトハウス/Public domain/Wikimedia Commons)■危機管理意識を欠く日本の危うさ
繰り返すが、私が問題だと思うのは、前記のような、当然起こりうる事態について、つまり、アメリカ主導のかたちで行われる集団的自衛権行使の大きな危険性について、国民規模の深い議論がほとんど行われていないことだ。
そして、私は、日本が、きちんとした国家的危機管理の意識とヴィジョンのないままアメリカに追従・隷従してゆくのは、正直にいって、「核武装とは別種の、しかし同じくらいコントロールの難しい危険なチョイスなのではないか」と憂慮している。
さらにいくつかのことを付け加えておきたい。第一に、尖閣(せんかく)諸島問題についても、深刻な紛争になった場合、アメリカが本気でかかわるか否かはわからないと思う(たとえば、退官後に滞米在外研究を行っていた元自衛隊幹部の書物にも、「『尖閣をめぐる紛争は日本が単独で中国に対処すべきだ』というのが多くのアメリカの安全保障専門家の意見であり、私も、この主張は当然だと思う」という趣旨の記述がある(渡部悦和(わたなべよしかず)『米中戦争 そのとき日本は』〔講談社現代新書〕)。
■日本が“はしごを外される”可能性
第二に、トランプの無法な行動をみる限り、また、今後もトランプと同傾向の人物が大統領に選ばれる危険はある以上、アメリカの世界政策も対中政策も、いつどのように変化、豹変するかはわかったものではないことも、頭に入れておくべきだろう。
日本の頭越しに米中が接近して日本がはしごを外されるような事態だってありうるのだ(ニクソンが、1971年7月に、日本との間で事前の調整をすることなく電撃的に訪中決定を発表し〔アメリカ政府が日本の駐米大使に事実を通告したのは発表の直前〕、翌年2月には米中共同声明に至ったという有名な前例もある。海外の複数メディアも報じているとおり、トランプが台湾を「同盟国」としてではなく中国との「バーゲニングチップ、交渉材料」として扱う可能性も否定できない中、日本が前のめりに「集団的自衛権行使」に言及することには、前記のとおり、アメリカからはしごを外されるリスクが伴うと思われる。日本だけが中国との間に深刻な確執を残したまま取り残される可能性も、ないとはいえない)。
筆者・瀬木比呂志さん(ⓒKADOKAWA)■自衛を考えるうえで必須な主体性
第三に、そもそも、自衛については、「まずみずからが主体的にその必要性を客観的に検証し、外交面のコミュニケーションとのバランスをとりながら、慎重に方針、政策を立て、その上で、必要に応じ他国とも協力してゆく」というのが本来の姿なのであり、「アメリカは本当に日本を守ってくれるのか?」という問いの立て方自体が、実をいえば、問題を含んでいるといえよう。
瀬木比呂志『法律家が見た日本社会の病理 「空気」を打ち破る個と論理の構築へ』(KADOKAWA)本書『法律家が見た日本社会の病理』で先述したとおり、米軍駐留や基地の使用については、いわゆる大国でなくとも、対等の立場で考え、必要に応じて毅然とした対応をとっている例がいくつもあることを、今一度思い起こすべきであろう。
たとえ日米安保条約を前提とするとしても、日本は、みずからの国益と危機管理の観点から、ほかの多くの国々と同様、アメリカと対等の立場で主体的に自衛を考えてゆくことが必要であり、また本来可能なはずである。集団的自衛権行使の是非とその内容についても、同様のことがいえる。
一つの制度であり取決めである以上、必要に応じた見直し、改廃は、当然に考えられてよいはずなのだから。
----------瀬木 比呂志(せぎ・ひろし)明治大学名誉教授1954年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学法学部在学中に司法試験に合格。79年以降、裁判官として東京地裁、最高裁等に勤務。2012年より現職。14年上梓の『絶望の裁判所』が大反響を呼ぶ。続編『ニッポンの裁判』、『檻の中の裁判官』ほか著書多数。
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