禁じられた韓国タトゥー業界、秘められた世界の内側 摘発・罰金・秘密
(CNN) 仕事に出かける時、キム・チャンホさんはドアに鍵をかけて防犯カメラを確認し、周囲に警官がいないか確かめる。銀行ローンを申し込む時にも、すぐに断られるのが分かっているので、本業を記載することはない。何度も警察に通報され、高額の罰金を払わされてきたため、今では警官たちに顔を覚えられている。
いずれも、キムさんがタトゥーアーティストだからだ。タトゥー施術の仕事は急速に人気が高まっているものの、韓国では数十年にわたって違法とされてきた。
「警察署や行政庁舎に出頭した際に、熟練のタトゥーアーティストと見てもらえることはまずない。彼らは私のことをタトゥーの彫り具を持った犯罪者としか見ていない」。タトゥーの施術に17年間携わり、首都ソウルで「レッド・ワイキキ」というスタジオを経営するキムさんはそう語る。
こうした状況は25日、ついに変化の時を迎えた。韓国国会が全会一致で、タトゥーの施術を合法化する画期的な法案を可決したのだ。これまで、施術はプロの医療従事者にしか認められていなかった。
ここに至るまでの道のりは長く、過去の同様の法案は議会を通過できずに終わっていた。だが今回ばかりは、アーティストたちが抱く期待は大きかった。最近当選した李在明(イジェミョン)大統領は以前の大統領選出馬の際、タトゥー業界の合法化を公約に盛り込んだことすらある。
多くの部外者の目には、タトゥー施術の禁止は混乱と矛盾に満ちているように映るかもしれない。職業としては違法だが、韓国のタトゥーシーンは日の当たらない場所で花開いてきた。トップアーティストは国際大会で賞をさらい、国外からも熱心なファンが施術を受けに訪れる。
タトゥーアーティストに対しては制限が適用されるものの、タトゥーを入れること自体は違法ではない。活気あふれるソウルの街を歩くと、タトゥーが公然と人目にさらされている様子が目立つ。特に若者の間では、タトゥーというアート形式を受け入れる姿勢が顕著になりつつある。
業界が成長しているだけに、施術者からすれば禁止措置に一段と不満が募る状況だった。
「ビザ(査証)を申請して韓国を離れ、海外に移住するタトゥーアーティストが多い。ここでは法的に認められていないから」。「スルホン」の名で活動するキムさんはそう語る。タトゥーアーティストは本名を使うことに慎重で、用心して偽名を名乗るのが一般的だ。
成長する業界
禁止措置の発端は、韓国最高裁がタトゥー施術について「医療行為」との判断を示した1992年にさかのぼる。韓国の医療法では、免許を持つ医療従事者のみが施術を行える。
この判断はタトゥーをタブーと見なす当時の世論を反映したものだった。負の連想が付きまとう一因は、犯罪者の処罰にタトゥーを利用していた高麗王朝時代の慣習にある。
2010年代までには、認識が変化し始めた。アジアや世界各地でタトゥー人気が高まり、歌手のG―DRAGON(ジードラゴン)やイ・ヒョリ、韓国系米国人ラッパーのジェイ・パークなど、有力なセレブの間でもタトゥーが受け入れられた。
「『あの人のようなタトゥーを入れたい』という顧客の依頼が大量に舞い込んだ」とキムさんは語る。一例として、G―DRAGONのデザインに触発されたタトゥーをおそらく「1000件近く」彫ったと明かした。
需要の増加に伴い、長年ひそかに日陰で活動してきた韓国人アーティストの認知度も上がった。韓国有数の知名度を誇るアーティストの「ドイ」(職業名)は、俳優のブラッド・ピットやリリー・コリンズを含むセレブにタトゥーを施したと報じられている。
韓国のタトゥー業界は活気と多様性を帯びており、アーティストはアメリカン・トラディショナルから水彩風まで、ありとあらゆるスタイルを提供している。しかし、キムさんのソウルのスタジオで働くタトゥーアーティスト、シシによると、韓国で特に有名になったのは、若い世代に人気の可憐な「ファインライン」と呼ばれるタトゥーだという。
こうした多様性は共同スタジオ内を見渡しても明らかだ。キムさんのタトゥーは「ネオトラディショナル」と呼ばれるスタイルで、大胆な線と濃密な色彩が特徴。ヘビやトラ、ツルのような動物を描くことが多い。一方、シシのタトゥーには遊び心があり、派手なピンクや青の色使いで漫画風の猫や花を描く。
CNNは「シシ」という職業名で彼女の身元を表記している。
半永久メークなどの美容タトゥーも人気を集める。韓国の聯合ニュースによると、あるタトゥー染料メーカーは2018年、1000万人に上る韓国人が半永久的な美容タトゥーを入れ、300万人は永久に残るタトゥーを入れているとの推計を示した。
韓国では19年までに、永久に残るタトゥーの施術を行うアーティストの数は2万人に。韓国タトゥー協会によれば、産業の規模は年間2000億ウォン(約212億円)に上る。
しかし、医療界を中心に強硬な反対派も残っており、法案に反対する声を上げてきた。聯合ニュースによると、今回の法案はタトゥーアーティストを正式に認可して、衛生や安全面の訓練を義務付ける内容だという。
日陰で働く
アーティストにとって、法的保護のない状況は日々のリスクや困難をもたらす。あまりの過酷さから、「毎年やめたいと思っていた」とキムさんは振り返る。
法律上、タトゥーの施術には最大で禁錮5年および罰金5000万ウォンが科される可能性があり、警察は通報があれば捜査する義務を負う。ただし実際には、禁止措置の実施状況は緩く、通常は100万〜500万ウォンの罰金で済むとキムさんは語る。アーティストは処罰後もおおむね活動を継続できる。
多くの点で、処罰は形式的な手続きに過ぎないと、キムさんもシシも口をそろえる。だが毎回、法の下での自分たちの立場を思い知らされ、時には高額な代償を伴う。
キムさんは1年に平均2回ほど通報され、そのたびに数カ月に及ぶ捜査が始まるという。スタジオの複数のメンバーが同時通報されることも。通報の主は不満を抱いた顧客や競合業者で、単にタトゥー業界に批判的な人の場合もある。
「例を挙げると、4~5人が同時に通報されたこともある。結局、総額1000万ウォン近い罰金を支払った」(キムさん)
数年前の摘発では、「スムーズに営業していたところで突然、客を装った人物が警察関係者だと判明した。施術中にガサ入れがあり、そのとき働いていた数人が捕まった」とシシは振り返る。
目立たない場所で仕事せざるを得ない点など、タトゥーアーティストは他にも露骨な制約を抱えている。道路に面した店を構え、公の場に看板を置いて宣伝することはできず、多くのアーティストは建物の上層階にひっそり隠れたスタジオで働く。監視の目を避けるため、スタジオでクレジットカード決済を受け付けない対応も一般的だ。
公的書類を記入したりローンを申し込んだりする際には、「ほとんどの人が職業欄に(本業の)代わりに『フリーランサー』と書くのではないか」とシシは指摘する。タトゥーアーティストを自認すれば、断られることが分かっているからだ。
こうした制約は長年、タトゥーアーティストに重くのしかかってきた。
「チームのマネジメントをしている時でさえ、『存在も認められていない職のために、なんで自分はこんなことをやっているのか』という気持ちになることがあった」とキムさんは語る。
今後の展望
李大統領が法案に最終署名した後、政府には法律に基づき新たなガイドラインを策定する猶予が2年間与えられる。このため、タトゥー業界は厳密には合法でありながら、まだ規制されていないというグレーゾーンに一時的に置かれる可能性がある。
一連の規制には、衛生や安全に関するルール、必要となる資格や認定に加え、他にも顧客やアーティストの保護策が盛り込まれる可能性がある。
だが、キムさんは規制策定プロセスへの信頼感を示し、自分のようなアーティストは数週間や数カ月単位でこの瞬間に備えてきたのではなく、それこそ数十年待ち続けてきたのだと語った。
「この仕事を始めて20年近くが経過したが、タトゥー文化を守り育ててきたことが今、ようやく認められている感じがする」(キムさん)
キムさんは「紙に何かを描く人がアーティストとされるなら、肌に描く人もアーティストだ」と指摘し、「世界各地でタトゥーが芸術と見なされているのに、なぜ韓国では医療法の下で医療行為に分類されているか」と問いかけた。
「我々がこの文化の保護に取り組んでいる理由もそこにある。タトゥーが芸術として認められるようになってほしい」
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原文タイトル:Raids, fines and secrecy: Inside the hidden, illegal world of tattooing in South Korea(抄訳)