《物理学でクレーンゲーム攻略》「学生が寝ない」授業で人気の教授はクレーンゲーム歴34年!ゲーセン通いの背景に心温まる“娘との思い出”(東洋経済オンライン)

■『うる星やつら』のラムちゃんが欲しくて  ドアを開けて圧倒された。部屋のありとあらゆるスペースが「プライズ」と呼ばれるクレーンゲームの景品で埋め尽くされている。  「研究室に置いていたら、どんどん増えていってしまいました」  そう言ってほほ笑むのは、この研究室の主である小山佳一(こやま・けいいち)さん。鹿児島大学大学院理工学研究科の研究科長を務める「大学教授」である。専門は磁気物理学・強磁場科学。30年以上クレーンゲームにハマっており、一時期は毎日のように仕事終わりにゲームセンターへ行ってプレイしていた。

 「今も週に2、3回は行っています」  大学教授が“ゲーセン通い”を続けるのはなぜなのか。話は34年前にさかのぼる。  最初にクレーンゲームにハマったのは、愛媛大学の物理学科4年生のとき。自宅近くの古本屋の店頭にあったクレーンゲームを見て足を止めた。山積みになったぬいぐるみの中に、漫画『うる星やつら』の主人公ラムちゃんのぬいぐるみがあったからだ。  「好きなキャラクターだったので欲しいなと思って。奨学金で大学に通っていて、バイトもしていない貧乏学生でしたが、1、2回で取れそうだったのでチャレンジしてみたんです」(小山さん。以下同)

【写真を見る】景品の重心の位置を考えるのがコツ? 【クレーンゲームの研究をまとめたノートも】  こうして、小山さんはラムちゃんをゲット。その後も好きなキャラクターのぬいぐるみが取れそうな位置にあるとプレイするようになった。卒業研究の合間のいい気分転換になったという。 ■「2人の娘のために」クレーンゲームに物理学を応用  2回目のマイブームは2006年。上の娘2人を連れてゲームセンターに行ったところ、プリキュアのぬいぐるみを取ってほしいとせがまれた。どうすれば2個取れるかと考え、思いついたのが物理学の応用だった。


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 出版後は「マツコの知らない世界」「THE神業チャレンジ」「ナニコレ珍百景」などテレビ番組への出演も急増している。娘のために始めたクレーンゲームの物理学的追究がこれほど広がるとは予想外だったが、小山さんは反響を喜んでいる。  「クレーンゲームの研究は、おそらく誰もやっていない未知のことです。その成果をまとめて本を出したり、テレビで話したりすることは、僕にとっては新しい研究に取り組むのと同じことです。だから、全力でやっています」

 せっかく研究室にお邪魔したからには、物理が大の苦手だった筆者も景品ゲットの方法を知りたい。小山さんに攻略法の一端を教えてもらった。  「景品は、その重心が落とし口の向こう側に移動したときに落ちます。なので、まずは景品の重心がどこなのかを考えます。重心は1本の指で支えたときに落ちない位置にありますよね? (※正確には、重心があるのは景品の内部)  ゲーム機の脇に景品を置いて触れるゲームセンターもありますから、景品を手に取って考えてみるといいですよ」

 重心の位置を予想したら、景品の重さやアームの力も見極めて、アームでどこをつかむかを決める。  「重心をしっかりつかんで落とし口に落とせたらいいのですが、そううまくはいきません。重心を外して物体に力をかけると、物体が回転することを利用しましょう。アームでつかむときにわざと重心を外すことで景品に回転をかけ、落とし口に向かって少しずつ転がしていく作戦です」  小山さんは「クレーンゲームのおもしろさは、1つのゲーム機を巡って店側とプレイヤーがアイデアを出し合うことにある」と語る。

 「お店は儲からないと営業を続けられませんから、景品の置き方を変えたり、景品の下にラバーを敷いたりとさまざまな工夫をしてきます。プレイヤーが断然不利なんですが、物理学を使えば少しは抗えます。景品を取れても取れなくても、みんなでワイワイ言いながら『なんでだろう?』と考えてくれたら物理学者としては一番うれしいですね」 ■物理学に進む女子が少ないのは大人の影響  小山さんは仕事でもクレーンゲームを活用している。学生を寝させないためにはどうすればいいかと考え、2013年に初めて工学部1年生向けにクレーンゲームを使った物理学の授業を実施。現在は全学部の学生を対象とした教養科目やオープンキャンパスの授業でもクレーンゲームを活用している。


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 「物理学を使えば、少しでも効率よく景品をゲットできるんじゃないかと。この頃から研究ノートを付けるようになりました」  お金を出してぬいぐるみを買うのは簡単だ。しかし、それをしなかったのは、クレーンゲームを囲んで過ごす子どもたちとの時間が好きだったから、と小山さんは振り返る。  「今でもゲームセンターで小さい子どもを見ると思い出すんです。クレーンゲームを見上げてぬいぐるみを欲しがる子どもの表情や子どもたちが『がんばれ』と応援してくれる声……。あの時間が好きで、お金を投じていたような気がします」

 現在も続く3回目のマイブームが訪れたのは2022年。出版社の編集者から「クレーンゲームと物理学についての本を書いてほしい」と依頼されたのがきっかけだった。クレーンゲームと物理学の本を出すなら、最新のゲーム機もプレイしてその知見を盛り込みたい──。そう考えた小山さんは再びゲーセン通いを始めた。  「しばらくは毎晩のようにゲームセンターに行っていました。ただ、毎日プレイしていたわけではないんです。他の人のプレイを観察するだけの日も多かったですね」

 小山さんの関心はクレーンゲームの機械そのものにも向かった。アームを動かすメカ部をインターネットオークションなどで購入して分解。「ばね」や「電磁石」が使われていることを確認し、小山さんは興奮した。  「中学レベルの物理でクレーンゲームの仕組みは説明できるんですよ」 ■全国の子どもたちから質問も それらの成果は、2024年4月に『クレーンゲームで学ぶ物理学』(集英社インターナショナル)としてまとまった。図解を多用したり、NHKのテレビ番組「プロジェクトX」のナレーション風に説明するパートを設けたりと、小山さんの「何とか物理学の面白さを届けたい」という思いが伝わってくる。その思いが通じたのか、全国の子どもたちからクレーンゲームや書籍の内容に関する質問が寄せられるようになった。小山さんはその一つひとつに丁寧に対応している。


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 「学生の反応は全然違いますね。目をぱちくりさせて熱心に聴いてくれていますし、『物理が嫌いだったけれど面白かった』という感想ももらっています」  子どもを対象にした学外の理科教室でも、小山さんはクレーンゲームを活用している。電磁石を応用してクレーンゲームのアームを動かすメカ部を手作りする親子理科教室は人気の企画だ。  それ以外にも、小学生の女子限定の親子プログラミング教室を開催している。なぜ女子限定なのだろうか。

 「物理学の道に進む女子が圧倒的に少ないからです。特に鹿児島県は、理系に進む女子が少なく、その多くが医療系を選ぶと言われています。小学生対象の理科教室をすると参加者は男女半々なのに、です。『女の子が物理学を学んで何になるのか』『理系に行くなら看護師がいいんじゃない?』と言う周りの大人の影響があるんじゃないかと思っています」  ただ、小山さんは理数系に興味のない子を無理やり集めて物理好きにしたいわけではない。

 「物理学が好きな女の子がいたら、その芽を摘まないで伸ばしてあげてほしいですね。『物理学は実生活でも使える楽しいもの』という思い出ができれば、親の固定観念も変わるかもしれないと期待しています。嫌いなことを克服するより、好きなことを伸ばすほうが幸せなんじゃないでしょうか」 ■過去には“物理がおもしろくなくなった”時期も  そう思うのは、小山さん自身が好きなことを伸ばしてきたからだ。小山さんは小学校のころから理科が好きで、中学3年生のときにはこつこつとデータを集め、天文学の自由研究で県知事賞を受賞した経験がある。しかし、高校時代には物理で一度「挫折」した。

 「大学受験のための知識詰め込み型の授業だったので、理解する前にどんどん先に進んでしまう。それで物理がおもしろくなくなった時期がありました」  だからこそ、小山さんは学生や子どもたちに「物理学は生活で使える身近で楽しいもの」だと伝え続けようとしている。趣味のクレーンゲームを教材に使うのもその一心からだ。 ■物理はものすごく役に立つ、おもしろいもの  2025年7月、小山さんは気になるニュースを目にした。日本の高校生が「社会に出たら理科は必要ない」と答えた割合が45.9%とアメリカ・中国・韓国より多く、「将来役に立つと思う科目」で「物理」と答えた割合が14%と4カ国中最下位だったという*。

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