ドイツ極右政党AfDが「移民数の上限」を要求しない理由(新潮社 フォーサイト)
ドイツは自らを移民国家と定義し、高技能・高学歴移民の受け入れ条件を緩和している。意外なことに、難民受け入れに批判的な極右政党ドイツのための選択肢(AfD)すら移民の数の上限を要求していない。なぜなのか。 *** ドイツは、日本に比べると多文化社会であり、様々な民族が住んでいる。人口のほぼ3人に1人が外国人か、ドイツに帰化した外国人、つまり移民系市民だ。私が住むミュンヘンでは、人口の半分近くが、移民系だ。政府は「我が国は移民国家だ」と定義しており、自活することができ、勤勉な外国人の移住を奨励している。 私は、この国に35年前から住んでいる経験に基づいて、様々な国から来た市民が共生することは可能だと考えている。海に囲まれている日本とは異なり、9カ国と国境を接しているドイツには、中世以来様々な民族が流れ込んできた。それだけに、ドイツ人たちは、我々日本人よりも「外国人慣れ」している。
日本で行われている外国人受け入れについての議論では、ある国にやってくる全ての外国人が「移民」と表現されているが、この言葉だけではドイツの現状を的確に表現できない。 たとえばドイツ政府は、この国の経済界が必要とする技術や知識を持った外国人を、インドなどEU(欧州連合)域外の国からも積極的に迎え入れようとしている。彼らは高技能・高学歴移民である。 ドイツに住んでいる外国人の大半は、ドイツ政府から滞在許可や労働許可を取得し、社会保険料や税金を納め、法律や規則を守り、現地の価値観や習慣を尊重する移民だ。 ドイツに移住する理由は、様々だ。ドイツの文化や歴史に関心を持ってやってくる人、自動車が好きで、ドイツの機械工学を勉強して、車メーカーで働くためにやってきた人、ドイツに腰を落ち着けて、お金を稼ぎながら、欧州の様々な国へ旅行したいと思ってここに来た人、ドイツの大学や研究機関で自分の研究を続けるためにやってきた人、ドイツの会社の給料の方が、自国の会社よりも高いのでドイツに来た人、旅先で知り合ったドイツ人と恋愛関係になり、結婚するためにドイツに来た人など、移住の理由は千差万別だ。 ドイツは自国をカナダなどと同じ「移民国家」と定義しており、こうした移民の受け入れには寛容だ。ドイツでは、原則として5年間滞在して、税金や社会保険料などを払い、法律に違反しなければ、無期限の滞在許可を取れる。私の滞在許可も無期限だ。ドイツの滞在許可は自国のパスポートとひも付けられているので、日本のパスポートが有効である限り、更新の必要はない。 だが周辺の国と陸続きであるドイツには、母国での戦争や政治的迫害から逃れて、避難しようとする人々もやってくる。難民(refugee)と呼ばれる人々だ。ドイツの基本法(憲法)の第16条a項は、個人の亡命権を保障している。このため、ある外国人が母国に留まっていたら、政治的・宗教的な理由により個人として訴追され、処刑や拷問など生命や健康への危険があると判断された場合には、ドイツ政府は人道上の理由から滞在を認める。このカテゴリーの外国人はまず3年間の滞在を許され、延長することができる。5年間滞在すれば、無期限の滞在許可を得ることができる。 また出身国外に避難しているが、出身国に帰ると政治的、宗教的な理由などによって迫害、訴追される恐れがある外国人に対しては、ドイツ政府はジュネーブ難民条約(亡命申請法第3条)に基づいて、ドイツへの亡命を認めることができる。 また個人的に訴追されていなくても、自国に住み続けると、戦争・内乱などによって著しい損害を受ける可能性がある場合には、ドイツ政府は亡命申請法第4条に基づく庇護(Subsidiärer Schutz)を与えることができる。庇護による滞在可能期間はまず3年間だが、延長することができる。 また亡命申請が却下されても、ドイツから出身国に強制送還することが、欧州人権条約に違反すると認定された場合、その外国人をドイツから追放することは禁止される。外国人が病気にかかっている場合などが、このケースにあたる。ただしドイツへの滞在期間は、1年間に限られる。 つまり難民も、ドイツ政府によって亡命申請や庇護申請を認められれば、合法的な移民である。 だが難民たちはしばしば財産を持たずに着の身着のままで逃げて来る。パスポートすら持っていない人もいるので、身元の特定や審査には時間がかかる。ドイツ語を学び、仕事が見つかるまでは生活保護に頼らざるを得ない。 外国人がドイツに到着して亡命を申請しても、調査の結果、母国で戦争の危険や政治的迫害にさらされていないことがわかれば、政府は滞在を認めない。こうした外国人は、飛行機に乗せられ、母国へ向けて強制退去させられる。彼らが国外退去を拒否し、行方をくらましてドイツに残った場合は、法律違反となる。彼らは不法移民であり、警察に見つかった場合は拘束された後、国外に退去させられる。 ただし亡命を認める理由がなくても、その外国人が病気にかかっていたり、幼い子どもを伴っていたりといった理由で強制退去が難しいと判断された場合には、人道的な見地から一時的に滞在が認められる場合もある。これをDuldung(人道的な見地からの一時的な滞在の容認)と呼ぶ。こうした外国人は原則として、病気が治った場合などには、ドイツを去って母国に戻らなくてはならない(一時的に滞在を容認された外国人でも、例外的にドイツでの滞在許可を与える制度もある)。 このようにドイツに滞在している外国人のステータスは様々であり、「移民」という言葉だけではその状態を的確に表現できない。ここまでの説明で、高技能・高学歴移民と、難民を同じ「移民」という言葉で同列に並べられないことはご理解頂けると思う。だが日本では、しばしば高技能・高学歴移民、難民、不法移民が「移民」という言葉で一括りに表現され、混同されている。 ドイツでは、高技能・高学歴移民の受け入れを規制するという動きはない。ドイツは逆にそうした移民を増やそうとしている。 高技能・高学歴移民、難民、不法滞在者などを「移民」という言葉で一括りにすることは、全ての外国人について悪いイメージを与えるので、私は適切ではないと考えている。 ドイツで問題になっているのは、高技能・高学歴移民や真面目に働いて税金や社会保険料を納める外国人の増加ではない。問題視されているのは、シリア内戦のために2015年に頂点に達した、難民数の急増と、ドイツへの亡命申請を却下された外国人の強制退去が遅れていることである。 2017年の連邦議会選挙で、極右政党AfDの得票率が爆発的に増えた主因が、イスラム教徒が多い国からの難民の増加、それに対する市民の不安や反感であることは否定できない。AfDはSNSを巧みに使い、人々の難民に対する不安感を利用して、自分たちへの票を増やすことに成功した。 今ドイツなどEU加盟国が行っているのは、亡命資格がない外国人の受け入れ規制の強化や、亡命申請を却下されたり、罪を犯したりした入国者の国外追放を加速することである。