アメリカが「戦時体制へ」:ヘグセス戦争長官の号令は現実を変えられるか

軍事・安全保障

ピート・ヘグセス米戦争長官は「我々は平時体制のために構築しているわけではない。ペンタゴンと我が国の軍需産業基盤を戦時体制へと転換している。敵が「FAFO」(ふざけたことをすれば痛い目に遭う)したならば、我々は勝利のために構築すべきだ」と発言した。 (Mediaite)

さらに、調達制度を抜本的に見直し、「戦時体制(wartime footing)」における「速度・量」を重視し、「完全な100%ではなく、85%のソリューションを迅速に部隊に持たせる方が無用な遅延よりも価値がある」というメッセージも発している。 (Washington Examiner)

  • 従来の「平時用調達・装備/ゆっくり構築」から、「戦時を想定した即応力・量的優位」へのパラダイムシフト。
  • 官・軍・産業の間で「速度優先」「リスク許容」を明文化。
  • 軍需産業基盤そのものを見直して、「スケーラビリティ」「量産」「迅速展開」の方向へ舵を切るという宣言。

こうした方向性そのものは、確かに強いメッセージであり、「変えるべきだ」という合意がある分、歓迎すべきものとも言える。

軍需産業・防衛体制の現状と課題:ブラウン前議長の論考より

一方で、前米国統合参謀本部議長のCQ ・ブラウン・ジュニア氏は、論考「Racing Against Time: Realizing a True Defense Industrial Enterprise」(2025年11月5日付)において、現状の米国防省・議会・産業界の構造が、戦時対応に即した体制転換を阻んでいるという厳しい批判を行っている。 (War on the Rocks)

  • 予算が「色(appropriation colours)」という細分化されたカテゴリに分かれており、流動性・機動性が低い。急変事態対応へのリソース移動が難しい。 (War on the Rocks)
  • 防衛省、議会、産業界を「三脚モデル(防衛省=運用課題、議会=資金・権限、産業=生産・革新)」として捉え、そのうちどれかが停滞すれば、全体が遅滞するという構図。 (War on the Rocks)
  • 「時間こそが敵」であり、数年かける構築では、対中・対ロシア・その他の急激な変化には到底間に合わないという警鐘を鳴らす。 (War on the Rocks)
  • いわば「やるべきことは分かっているが、実行できる体制・文化・方法が備わっていない」という宣言と言える。Brown氏自身も「これは言うのは簡単だが、行うのは容易ではない」と明言している。 (War on the Rocks)

    ヘグセス長官の「戦時体制への転換」宣言は方向として正しく、米国防戦略上も必要な一歩ではあるが、ブラウン前議長が指摘するように、現行の予算制度・調達法・産業構造はいずれも平時前提で固まっており、迅速な変革を阻んでいる。

防衛産業の供給網は脆弱で、官民のリスク回避文化も根強く残っている。改革には法改正や組織文化の転換、産業界との協調が不可欠であり、短期間で実現するのは難しい。

結局のところ、言葉の強さに比して実行の難度は高く、「言うは易く行うは難し」と言えそうだ。

ヘグセス国防長官とトランプ大統領 ホワイトハウスHPより

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