BBCの会長とニュース部門CEOが辞任 トランプ氏のドキュメンタリー番組の編集めぐり
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BBCのティム・デイヴィー会長とニュース部門トップのデボラ・ターネス最高経営責任者(CEO)が9日、辞任した。ドキュメンタリー番組「パノラマ」について、連邦議会襲撃事件の前のドナルド・トランプ米大統領の演説に対する編集によって、視聴者に誤った印象を与えたと批判されたのを受けたもの。
就任から5年になるデイヴィー会長は、公共放送のBBCに対する数々の論争や偏向への非難をめぐり、強い圧力に直面していた。
英紙テレグラフは3日、流出したBBCの内部メモの詳細に関する記事を掲載。それによると、「パノラマ」はトランプ氏のスピーチの2カ所をひとつにまとめて編集し、同氏が2021年1月の米連邦議会議事堂襲撃事件の暴動を明確に働きかけたように見せたとされる。
イギリス政界の指導者らは、デイヴィー会長の辞任が変化につながることを期待すると表明した。トランプ氏はこの決定を歓迎した。
BBCで会長とニュース部者のトップが同じ日に辞任するのは、前例がない。
デイヴィー会長は9日夜に辞任を発表。「すべての公共組織と同様、BBCも完璧ではない。私たちは常にオープンで透明性があり、説明責任を果たさなければならない」とし、次のように続け
「それだけが理由ではないが、BBCニュースをめぐる現在の議論が、もっともながら私の決断を後押しした」
「BBCは全体としてうまく機能している。だが、いくつかのミスがあり、私は会長として最終責任を負わなければならない」
ターネスCEOも9日夜、声明を出し、「パノラマ」の論争が「BBCに傷をつけている段階に達した」、「責任は私にある」とした。
また、「リーダーは公的に十分な説明責任を果たす必要がある。それが私が辞任する理由だ。間違いはあったが、BBCニュースが組織的に偏向しているという最近の主張は間違いだと、これははっきり言っておきたい」とした。
ターネスCEOは過去3年間、ニュースおよび時事問題の部門でトップを務めてきた。
テレグラフが記事にしたBBCの内部メモでは、BBCアラビア語によるイスラエル・ガザ戦争報道における偏向の「体系的問題」に対応がとられていないことへの懸念が示されている。
しかし、「パノラマ」はこれを編集で、「議会議事堂まで歩いて行き(中略)私もあなたたちとそこにいる。そして私たちは戦う。死に物狂いで戦う」と話したようにした。
つなぎ合わせた二つの発言は、50分以上離れていたものだった。
BBCの内部メモが報じられたことで、BBCに対する批判が巻き起った。ホワイトハウスはBBCを「100%フェイクニュース」だと断じた。
トランプ氏は9日、BBCのトップが辞めたり解任されたりしているのは、「1月6日の私の非常に優れた(完璧な!)演説を『細工した』のが見つかったからだ」とソーシャルメディアに投稿した。
トランプ氏はさらに、「大統領選挙のてんびんを踏みにじろうとした非常に不誠実な人たちだ」、「民主主義にとって何と恐ろしいことか」と書いた。
BBCのサミール・シャー理事長は10日の英議会委員会で、トランプ氏の演説の編集について謝罪声明を出すとみられている。
シャー理事長は9日、「BBCにとって悲しい日」であり、デイヴィー会長は在任中、「私と(BBCの)理事会の全面的な支持を得ていた」とした。
その上で、「しかし、個人としても職務の上でもプレッシャーを受け続け、今回の決断に至ったことは理解できる。理事会全体として、この決断とその理由を尊重する」とした。
流出したメモは、BBCの編集基準委員会の元独立外部顧問で、6月にその任を退いたマイケル・プレスコット氏が書いた。
メモの中で同氏は、BBCのトランスジェンダー関連の報道についても懸念を表明。トランスジェンダー支持を推進するLGBT(性的少数者)専門記者らによって、事実上の「検閲」がなされているとした。
そして、「問題が明るみに出ても」BBCの管理者側が行動を起こさないことに「絶望」を覚えたとした。
これとは別にBBCは6日、マーティーン・クロクサル司会者が生放送中に原稿を改変したとされる、公平性に関する苦情20件の内容を正当と認めた。同司会者は今年、BBCニュース・チャンネルの生放送で、原稿にあった「妊娠中の人々」という言葉を「女性たち」に言い直した。また原稿を読む際の表情が、「さまざまな異論のある話題について、個人的見解を示しているという強い印象を与えた」と、BBCの苦情処理部門は判断した。
英下院の文化・メディア・スポーツ委員会のキャロライン・ダイネージ委員長は、「絶え間なく続くように見える危機と不手際」によって、BBCはダメージを受けていると述べた。
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メディア問題のコメンテーターらからは、今回の件に対するBBCの対応を批判する声が出た。
かつてBBCテレビニュースの責任者だったロジャー・モージー氏は、BBCが「最新の訴えへの対応で遅れた」と主張。トランプ氏の演説の編集は「擁護できそうもない」とした。
また、トランスジェンダーに関する表現など、内部メモで指摘された他の懸念は、BBCが「時折、編集の形を変え、改革しなくてはならない」ことを示していると述べた。
英放送局チャンネル4の元ニュース部門トップのドロシー・バーン氏は、BBCが演説の編集で「基本的な間違い」をしただけでなく、「謝罪にあまりに長い時間」をかけたと批判した。
BBCでの勤務歴が20年になるデイヴィー会長は、「私たちのジャーナリズムと質の高いコンテンツは、素晴らしい基準として称賛され続ける」と強調。BBCについて、「ものすごく親切、寛容、好奇心旺盛」な組織だとした。
また、自分の辞任によって数カ月以内に後任への「秩序ある移行」が行われるとし、次期会長が次の特許状(憲章)の内容を「積極的に形成」できるようになるとした。
BBCへの特許状は、BBCの資金調達と規制義務を定めたもので、政府と協議して定められる。現在の特許状が2027年末に失効する前に、新たな特許状を制定する必要がある。
リサ・ナンディー文化相は、デイヴィ会長に感謝し、「BBCを大きな変革期において導いた」とした。
そして、「BBCは最も重要な国家的機関の一つだ。(中略)今ではこれまで以上に、信頼できるニュースと質の高い番組の必要性は、私たちの民主的で文化的な生活、そして世界における私たちの地位にとって不可欠だ」とした。
文化相はさらに、特許状の見直しが「この新たな時代へのBBCの適応の触媒となる」ことを政府が請け合うとした。
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野党・保守党のケミ・ベイドノック党首は、デイヴィー会長とターネスCEOの辞任は「正しい」と発言。ただし、「はるかに深いところに深刻な失敗がいくつも」あり、「2人の辞任で片付けられるものではない」とした。
また、BBCが「真の公平性をついに示さない限り、国民から強制視聴契約料を通じて資金が提供され続けると期待すべきではない」と述べた。
野党・自由民主党のエド・デイヴィー党首は、今回の辞任が「BBCにとって新たな一歩を踏み出す機会にならなくてはならない」とした。そして、「BBCは完璧ではないが、イギリスの価値観と、ポピュリスト的なトランプ流の政治の乗っ取りとの間に立ちはだかる、数少ない機関の一つであり続けている」と述べた。
野党・リフォームUKのナイジェル・ファラージ党首は、今回の辞任は「全面的な変革の始まり」でなければならないと主張。政府に対し、「企業やその文化を立て直した実績」のある指導者を任命するよう求めた。
BBCの会長は、特許状に基づき、理事会が任命することになっている。
デイヴィー会長は2020年、トニー・ホール前会長の後任としてBBCの第17代会長に就任した。それまではBBCスタジオのトップを務め、さらにその前はペプシとプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)でマーケティング担当の重役だった。
ターネスCEOは以前、報道組織の英ITNと米NBCニュース・インターナショナルを率いていた。
BBCでは、2012年のジョージ・エントウィスル会長(当時)など、過去にも会長が辞任している。
デイヴィー会長とターネスCEOの後任が誰になるにしても、一連の批判的な報道にすぐに対応しなければならない。
前出のモージー氏は、BBC会長は「超人的」な責務をこなす必要があると述べ、BBCが会長の役割を法人運営と編集業務に分けることを検討することも、必要かもしれないとした。