バクー完勝で蘇った「希望」―フェルスタッペン、大逆転タイトルの”試金石”と現実…再び常識を覆すか?
残り7戦、69点差。数字だけ見れば絶望的な状況だ。だが、2025年F1第17戦アゼルバイジャンGPで圧巻の勝利を収めたことで、マックス・フェルスタッペン(レッドブル)のドライバーズタイトル制覇に向けた道が、わずかに開けつつあるのかもしれない。
通算6回目のグランドスラム(ポールポジション、決勝優勝、全周回リード、ファステストラップ)を達成し、前戦イタリアGPに続く連勝を飾ったフェルスタッペン。直近2戦で選手権首位オスカー・ピアストリ(マクラーレン)との差を104点から69点へと一気に縮めた。
フェルスタッペンは「可能性は限りなく低い」と現実を見据えつつも、5連覇への扉を完全に閉ざすことはなかった。「残り7戦での69点差はかなりのものだよ。すべてを完璧にこなさなきゃならないし、彼らが不運に遭うことも必要だ。だから、依然としてかなり厳しい」と語る。
その冷静な言葉の裏には、数週間前には完全否定していた望みを、今はわずかながらも残していることが見て取れる。
「僕は期待にすがったりはしない。個人的には考えていない。今まで通り、1戦1戦、最善を尽くしてポイントを積み上げる。それだけ。結果は最終アブダビGPが終わった後に分かるさ」
Courtesy Of Red Bull Content Pool
パルクフェルメで勝利を祝うマックス・フェルスタッペン(レッドブル・レーシング)、2025年9月21日(日) F1アゼルバイジャンGP決勝(バクー市街地コース)
バクーでの圧倒劇、マクラーレンに走った激震
アゼルバイジャンGPは、まさにフェルスタッペンの真骨頂を示す一戦となった。初日こそシングルラップペース不足に苦しんだものの、一夜にして問題を解決。予選では強風が吹き荒れる極めて困難な条件の中、6名がクラッシュする混乱を尻目に、完璧な一撃でポールポジションを奪取した。
決勝ではスタートから最後まで支配的な走りを披露。全51周を完全にコントロールし、ファステストラップまで奪取してキャリア6度目のグランドスラムを完成させ、「これぞ王者」と世界に改めて印象付けた。
一方、選手権首位のピアストリはオープニングラップでクラッシュしてリタイア。選手権2位のランド・ノリスも7位に終わった。フェルスタッペンがこの2戦で35点を奪い返したことで、マクラーレン陣営による一騎打ちと思われていた選手権争いが、本当にわずかながらも揺らぎ始めている。
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トップチェッカーを受けるマックス・フェルスタッペンをピットウォールから祝福するレッドブル・レーシングのメンバー、2025年9月21日(日) F1アゼルバイジャンGP決勝(バクー市街地コース)
復調の裏には、チーム全体の地道な取り組みがある。
サマーブレイク前、フェルスタッペンは4戦連続で表彰台を逃し、2018年以来の深刻な不振に陥っていた。だが休暇明けのオランダGPで2位入賞を果たすと、イタリアGPで導入されたフロアのアップデートが功を奏し、一気に流れが変わった。
「クルマはほぼ自分が望んだ通りの動きをしている。ここ数戦はすべての要素が噛み合っている」とのフェルスタッペンの言葉にはライバルを恐怖させるに十分な響きがある。ただし、慎重な姿勢も崩さない。
「今回の連勝は低ダウンフォースのサーキットでの結果。高ダウンフォースのサーキットでどうなるかを見てみないと分からない」
そして今、すべての注目は次戦シンガポールGPに向けられている。高温多湿、バンピーな路面、そしてハイダウンフォースが要求されるこの市街地コースは、伝統的にレッドブルの鬼門となってきた。フェルスタッペンは67勝を挙げてきたが、シンガポールでの勝利はゼロ。2023年も唯一表彰台を逃したレースとなった。
レッドブルのモータースポーツ・アドバイザーを務めるヘルムート・マルコはオーストリア公共放送『ORF』にこう語る。
「再び希望が蘇ってきた。ただ少し遅すぎるかもしれないし、現実的には信じてはいない」
だが同時に、こうも付け加えた。
「シンガポールが真のベンチマークになる。そこでも競争力を示せれば、夢を見始めてもいいかもしれない」
Courtesy Of McLaren
表彰台に立つ2位マックス・フェルスタッペン(レッドブル)、優勝トロフィーを掲げるランド・ノリス(マクラーレン)、3位オスカー・ピアストリ(マクラーレン)、2024年9月22日(日) F1シンガポールGP決勝(マリーナベイ市街地コース)
マクラーレンのアンドレア・ステラ代表は、フェルスタッペンの復活を単なる偶然とは見ていない。「モンツァでの勝ち方を見れば、彼らが真の進歩を遂げたことが分かる。この勝利は単に低ダウンフォースに合っていたからというだけではない」と指摘する。
「今回は低速コーナーでも中速コーナーでも、そしてストレートでも速かった。競争力のあるマシンを手にしたマックスが力強い週末を過ごせるのは当然だ」
ステラもまた、次戦が選手権の行方を占う試金石になると考えている。
「バクーが我々にとって厳しいコースになるのは分かっていた。次のシンガポールでは我々が優位に立てるはずだ。勝利争いに戻れることを願っているし、その先の選手権がどう展開するかはそこで見えてくるだろう」
仮にフェルスタッペンが残りのグランプリとスプリントすべてに勝利したとしても、ピアストリが毎回2位でフィニッシュすれば、最終的にピアストリが17点差でチャンピオンとなる。
69点差からの大逆転とは、それほどの夢物語だ。だが、それでもフェルスタッペンという男には、不可能を可能にしてしまう現実味がある。圧倒的な速さと勝負勘、類まれなる反応速度、そして一瞬の隙を逃さない鋭さが、これまでも常識を覆してきた。
シンガポールの夜が、2025年シーズンの真の行方を決めるかもしれない。
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勝利したマックス・フェルスタッペン(レッドブル・レーシング)、ヘルムート・マルコ、そして6位の角田裕毅とチームによる祝賀会の様子、2025年9月21日(日) F1アゼルバイジャンGP決勝(バクー市街地コース)