ライオン、インフルエンザ不活化のメカニズムを世界で初めて解明~オーラルケアは「全身の免疫サポート」へ
オーラルケアが「全身の免疫力を支える」時代へ――。インフルエンザの流行を前に、日常の何気ない習慣が持つ「防御力」が、科学の目によって明らかになった。ライオンは、歯みがきが唾液のインフルエンザウイルス不活化能を有意に高めることを、世界で初めて確認した。
この発見は、口腔ケアが単なる清潔維持にとどまらず、感染症リスクの低減という「全身の健康維持」に深く関わることを、定量的に示した点で画期的だ。オーラルケア市場におけるパラダイムシフトの兆しとも言えるだろう。
5分の歯みがきで、唾液のウイルス抑制力が劇的に向上
ライオンが実施した調査では、20代~50代の健康な男女16名(う蝕・歯周病が無い人)を対象に、歯みがき前後の唾液の変化を分析した結果、5分間の歯みがき後の唾液は、インフルエンザウイルス(H1N1株)に対して顕著な感染抑制効果を示した。
具体的には、ウイルスの細胞感染を抑える力が、歯みがき前の60%から、わずか5分後には90%へと上昇。さらに、1時間後でも83%の高い不活化能が維持されていた。
メカニズムの鍵は「総細菌数の減少」
注目すべきは、この効果の背景にあるメカニズムの一端が明らかになったことだ。研究では、歯みがき後に唾液中の総細菌数が減少した人ほど、ウイルス不活化能の向上が大きいという明確な相関が確認された。
この結果は、丁寧な歯みがきによって口腔内の清潔度が高まり、唾液が本来持つ免疫機能(特にIgA抗体など)がより効果的に働く環境が整うことを裏付けている。
神奈川歯科大学の槻木恵一副学長も、「口腔ケアによって唾液の免疫機能が向上するという今回の研究結果は、他に例を見ない新たな発見」と高く評価している。
「予防」から「防御力強化」へ
この成果は、オーラルケア関連企業に対しても大きな示唆を与えており、製品のあり方そのものを問い直す契機となる。これまでのオーラルケア製品は、「虫歯予防」「歯周病予防」といった口腔内の疾患予防に主眼が置かれてきた。
しかし今回の知見は、製品群を「全身の免疫力の基礎的な防御力強化」というより広範なウェルネス市場へと位置づけ直す可能性を開いた。
パンデミックを経て衛生意識が高まった現代において、「息を爽やかにする」といった感性的な価値だけでなく、「感染症への備え」という機能的価値を科学的エビデンスとともに提供できることは、製品の高付加価値化と市場拡大に直結する。
ライオンは、研究論文(2025年7月19日付で英国歯科医師会が発行する科学雑誌「BDJ Open」に掲載)に加え、新型コロナウイルスに関する研究も報告しており、「唾液」を中心とした健康維持への貢献を加速させる方針だ。
今回の研究は、試験管内(in vitro)での実験であり、実際の感染予防効果を直接示すものではないという限界もあるが、「丁寧な歯みがき行動」が、感染症への備えという現代社会の課題に直結する「未病ケア」の最前線となることを鮮明に描き出したライオンの戦略は評価に値する。
単なる製品開発を超え、社会インフラとしてのオーラルケアの価値を再定義する──企業の情熱と科学的冷静さが融合した、未来志向の経営判断の結晶といえる。日々の習慣が変わる中で、歯みがきは「清潔」を超え、「健康を支える社会習慣」としての役割を担い始めている。