四季がなければ桜が咲くことも、米が育つこともなかった…今さら聞けない、日本に春夏秋冬がある気象学的理由(プレジデントオンライン)

■日本は北回帰線の北に位置している  太陽放射の量が多いほど、地表面の加熱量は多くなります。しかし地表面の温度は太陽からの加熱量と地表面が冷える量の差で決まりますので、加熱量が優っている夏季は夏至を過ぎても温度が上がり続けます。このため1年で最も暑くなるのは夏至からふた月ほど遅れて8月になります。  日本に住んでいると四季があることを当然のように思いますが、地球のどこでも季節が四つあるわけではありません。日本は北回帰線(夏至のときに太陽が真上に来る北半球の緯度)の北にあり、太陽高度が最も高くなるときと、低くなるときが1年に1回ずつあります。  しかし北回帰線と南回帰線(冬至のときに太陽が真上に来る南半球の緯度)の間ではそうはならず、たとえば赤道では、春分と秋分の日に太陽が真上にきて、夏至と冬至の両方で、太陽高度が最も低くなります。そのため日本の四季のような季節変化とはなりません。 ■雨季、乾季しかない地域との違い  また、四季は気温の変化を中心とした季節変化ですが、気温よりも雨の量のほうが季節変化として重要な地域もあります。1年の間に雨の日が多い雨季とほとんど雨が降らない乾季がある地域では、これらが季節変化の中心となり、太陽高度の変化に伴う季節変化はあまり重要ではなくなります。  それではもし地球が傾いていなかったらどうなっていたでしょう? 地軸が公転面に対して垂直ですので、太陽に対する位置によらず、太陽放射の量は年中同じになります。赤道では年中太陽が真上にあり、日本では毎日が春分または秋分になります。年中春や秋が続くとなれば、いいことのように聞こえますが、必ずしもそうとはいえません。

■四季がなければ桜が咲くことはなかった  もしずっと春ならば寒い冬を越えてはじめて花を咲かせる桜は咲きません。冬に備えて葉を落とすための紅葉もありません。季節風が吹かないので、梅雨(ばいう)が形成されませんし、初夏の田植えも、初秋の黄金色に染まる稲田も見られないのです。  寒い冬や暑い夏を乗り切るために創意工夫をする必要がなく、春の始まりのうきうきした気分や春愁(しゅんしゅう)を感じることもなく、秋の実りの喜びもないのです。清少納言は「春はあけぼの」を書けなかったでしょう。そもそも1年という単位を使う必要さえなくなり、農耕のために季節の移り変わりを知ることから始まった天文学も発達しなかったかもしれません。  一方で台風は1年のうちのいつでも発生するので、正月に台風が上陸することも起こります。地球は丸いので、高緯度と低緯度の間には温度差が常にできて、その温度差を緩和するために偏西風はやはり蛇行します。しかし傾いていない地球では、何月かということにかかわらずそれが起こるので、北日本では8月に雪が降るかもしれません。いずれにしても、あまり楽しい世界ではないように思えます。 ■地球が傾いていてよかった  地球が傾いているから、人は季節ごとの暮らしをさまざまに工夫し、季節に対する感情が湧くのだと思います。季節の進行に合わせて、作物を作り、水産物や農作物を収穫し、旬のものを味わうことに幸福を感じるのです。やはり地球が傾いていてよかったと思います。それは人類の進化においても、よい効果をもたらしてきたのだと思います。  それにしても清少納言は、三百いくつもある文章の中で、なぜ「春はあけぼの」を最初の段に持ってきたのでしょうか。やはり四季がまず書き留めておくべき関心事だったのですね。  また、なぜ春が始めだったのか。繰り返す四季ではどこからでもよかったはずです。それでも春を最初に、冬を最後にもってきたのは、冬の枯れた世界から草木の芽吹く春が始まりをイメージするからではないでしょうか。日本では季節は誰もが共感できることなので、この随筆が時代を超えて愛されるのだと思います。  もし地球の自転軸が傾いていなかったら、清少納言は何から筆を起こしたでしょう。少なくとも季節の話ではなかったでしょうね。 ---------- 坪木 和久(つぼき・かずひさ) 気象学者 1962年兵庫県生まれ。北海道大学理学部卒。日本学術振興会特別研究員(北海道大学低温科学研究所)、東京大学海洋研究所助手、名古屋大学大気水圏科学研究所助教授などを経て、2025年6月現在は名古屋大学宇宙地球環境研究所教授。2021年より横浜国立大学台風科学技術研究センター副センター長も務める。2017年、日本人として初めて、航空機によるスーパー台風の直接観測に成功した。著書に『激甚気象はなぜ起こる』(新潮選書)がある。 ----------

気象学者 坪木 和久

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