日本のポピュリズム2.0

7月の参院選で自民党が議席を大きく減らし、代わりに参政党、国民民主党などの保守系新興政党が議席を大きく増やしたことを受け、欧米の識者たちは、日本にもポピュリズムの時代がようやくやってきたと一斉に論じた(e.g., Kingston 2025; Buruma 2025)。

注目の的はやはり参政党である。トランプ米大統領の「アメリカファースト」を模したと思われる「日本人ファースト」など、参政党の掲げる公約や政治スタイルは、欧米のポピュリスト政党のそれと共通する。ある意味で、欧米メディアからすれば、ポピュリズムの世界的潮流から出遅れていたとされてきた日本が、ようやく欧米に追いついたということになる。

日本の方にはにわかには信じがたいだろうが、ポピュリズムに「出遅れた」日本政治は一時期、欧米では賞賛の的だった。プリンストン大学のジョン・アイケンベリー教授は、コロナ禍前にポピュリズムが世界を席巻する中、リベラルな世界秩序を維持する役割は、政治が安定する日本の安倍晋三首相(当時)とドイツのアンゲラ・メルケル首相(当時)の双肩にかかっているとまで主張した(Ikenberry 2017)。私自身も国際会議に出席するなかで、日本政治の安定性について持ち上げられ、羨ましがられることが多く、面はゆい思いをした。

果たして本当に、世界的なポピュリズム旋風に日本は出遅れていたのだろうか。私はむしろ、1990年代末から2000年代にかけて、日本は欧米に先行して、ポピュリズム的な熱狂を経験していると指摘してきた。

日本ではポピュリズムは「大衆迎合主義」と訳されることが多いが、これは国際的に用いられている一般的な定義とは必ずしも一致しない。ポピュリズムの概念は様々な形で定義されてきたが(e.g., Eichengreen 2018)、1990年代末から2000年代にかけての日本では、そうしたポピュリズムの概念に特徴的な政治・経済現象が相次いで見られた。

一つは経済危機の先行だ。欧米諸国でのポピュリズムの台頭には、20078年の世界金融危機とそれに伴う国民意識の変化が大きな起点となった。日本では1990年前後にバブル経済が崩壊し、19978年の金融危機頃から国民意識の変化が各種調査で幅広く現れている。

ポピュリズムのもう一つの大きな特徴は「反エリート」の熱狂である。「彼ら(エリート)」と「われわれ(公衆)」との間に線を引き、「彼ら」を「敵」として設定し攻撃するポピュリズム的な動きも、その時期の日本や、近年の欧米諸国で見られてきた。

金融危機前後の日本では、金融機関や官僚機構の不祥事が多数発覚し、国民の怒りは日本経済の中枢を担ってきた銀行幹部や官僚などに向かった。近年の欧州諸国では、EU統合とグローバル化を進めてきたEU官僚などが、左右ポピュリズム党の主な標的となっている。トランプ米大統領は、ワシントンの政策専門家、主要メディア、グローバル企業などのエリート層をやり玉に挙げてきた。

こうした日本でのポピュリズム的な動きは、「脱官僚」を全面的に掲げた民主党が2009年に政権交代を実現したことで、一つの頂点を迎えた。民主党政権が実施した公開の「事業仕分け」では、無駄遣いを厳しく指摘されてあたふたする公務員や団体役員の姿が全国中継で映し出され、多くの国民が熱狂した。

最近の欧米諸国でも見られるように、ポピュリズム政党は「敵」(既存エリート)を倒して政権を握ると勢いを失う傾向がある。

ポピュリズム的な熱狂の中で生まれた民主党政権は、2011年の東日本大震災への対応や米国や中国との関係構築で失政を繰り返し、2012年には自由民主党(自民党)の安倍晋三政権が誕生した。

自民党はその後、過半数を失った昨年(2024年)の衆院選までは、国政選挙のたびに圧勝を続けてきた。しかし、その間の自民党の政権支持率や政党支持率は、歴史的に高かったわけではない。それでも国政選挙で自民党が圧勝を続けた大きな要因は、おそらく民主党政権への幻滅が、有権者の記憶に刻み込まれていたからであろう。自民党への不満があっても、民主党メンバーが中核を占める野党が不満の受け皿となりえないのである。NHK2019年に民主党リーダーに行ったインタビューでも、自民党政権が続く要因として、全員がその点を挙げている。

一方、欧米諸国でポピュリズム政党が本格的に台頭し始めたのは、日本において民主党政権が政権を退くあたりからである。

その時期に自民党政権が選挙で圧勝を続けるのを見て、冒頭で述べたように、欧米では日本政治の安定性が礼賛された。しかし、それは日本だけがポピュリズムの流れに出遅れていたわけではない。経済危機を欧米諸国より10年先んじて経験した日本では、ポピュリズム的な動きも欧米諸国に先んじて経験した面がある。一時期欧米に羨まれた日本の政治的安定は、いわば「ポピュリズム後の幻滅」あるいは「熱狂後の平穏」によりもたらされたというのが、私の見立てである。

ポピュリズムの台頭には需要と供給の双方が必要である(Guiso et al. 2017)。有権者の政府に対する不満や怒りが高まったとしても、民主党政権への幻滅が残るリベラル(左)サイドの政党では、その受け皿には当分の間はなり得ない。民主党は2016年には消滅したものの、最大野党の立憲民主党の幹部は、民主党の主要メンバーが占めている。

他方、保守(右)サイドでは、自民党が伝統的に保守政党として君臨してきたため、自民党以外の有力な政党は戦後期間を通じ、なかなか台頭できなかった。いわゆる「岩盤保守層」が、自民党の保守サイドをがっちりと固めてきたのである。

しかし、統一教会問題や裏金問題により、自民党内で伝統的に保守サイドを担ってきた旧安倍派(清和政策研究会)の力が弱まり、保守サイドに空白がうまれた。SNSの積極活用などで若年層も取り込みつつ、そこに入り込んだのが、いわゆる保守系新興政党—参政党や国民民主党だと考えられる。

保守系新興政党は、物価高などで高まる国民の不満や怒りに対し、新たな受け皿として機能しつつある。民主党政権への負の記憶と保守系新興政党とは結びつかないため、それらの台頭に対しては、「ポピュリズム後の幻滅」も働かない。

7月の参院選での保守系新興政党—特に参政党の議席数は驚くほど伸びた。それら政党の支持者が多い30代以下の各年齢層の投票率は、いずれも前回参院選に比べ10%以上跳ね上がった(図1)。全体の投票率も6%以上伸びた。さらには、欧米のポピュリズムを模したような参政党の政治スタイル、各地での財務省解体デモの発生。国内外のメディアが報じたように、日本では「再び」ポピュリズム的な熱狂が湧き始めているように思える。前回—90年代末からのポピュリズム的な熱狂との大きな違いは、自民党を長年支えてきた保守サイドが、国民の不満や怒りの受け皿となっている点だ。

図1:直近3回の国政選挙における年代別投票率の推移出所:総務省HP(https://www.soumu.go.jp/main_content/001031612.pdf

この流れがどこまで持続するかはわからない。ただ、前回の教訓や海外の例を踏まえれば、世論の熱狂に流されすぎないことが重要だ。

欧米の実際のケースに基づいた分析では、ポピュリズム政党の勢いに政権与党が対峙するには、有権者に伝わる明快な理念を提示した上、実効性と責任ある政策を打ち出していくことが有効といったことが指摘されている。

個別の政策で言えば、たとえば、財政政策、移民政策は、世界各国のポピュリスト政党が必ず大きく取り上げる政策争点である。いずれについても世論の関心は高く、財政緊縮や移民受け入れ拡大には、世論の強い反発がある。しかし、人口減少が進む日本において、財政健全化や一定の移民の受け入れは重要な課題である。世論や、それに後押しされるポピュリスト政党などに押されているばかりにはいかない。

財政や人口動態の中長期の見通しを示した上で、明快な理念に基づく対応策を提示し、国民に丁寧かつSNSなど新たな手段も活用し説明していくことが、今後の責任ある政権与党には求められるようになるだろう。

折から自民党では総裁選が行われている。保守空間を巡る自民党と保守系新興政党とのせめぎ合い、右サイドからのポピュリズム的熱狂の再来、といった新たな視点を加味しつつ、候補者間の政策論争を見守りたい。

Buruma, I. 2025. “Populism Comes to Japan by Ian Buruma.” Project Syndicate. https://www.project-syndicate.org/commentary/why-japanese-populist-sanseito-party-won-seats-in-upper-house-by-ian-buruma-2025-07.

Eichengreen, B. 2018. The Populist Temptation: Economic Grievance and Political Reaction in the Modern Era. Oxford University Press.

Guiso, L, H Herrera, M Morelli, and T Sonno 2017. “Demand and supply of populism”, CEPR DP 11871.

Ikenberry, G. J. 2017. “The Plot Against American Foreign Policy,” Foreign Affairs, May/June:3-7.

Kingston, J. 2025. “Japan is Entering the Populism Era.” Time. https://time.com/7312911/japan-populism-sanseito-kamiya-sohei/


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