米に原爆投下の責任を問うことが核廃絶への道 97歳元広島市長が考える「真の未来志向」
「米国が過ちを認めなければ、過ちは繰り返されてしまう」。被爆者の思いを受け継ぐ元広島市長の平岡敬さん(97)は原爆を投下した米国の責任を問うべきだと考えている。二度と核兵器が使われないように-。
根付く「神話」
6月上旬、広島市内であった戦後・被爆80年のシンポジウム。平岡さんは講演で「原爆神話」に言及した。「原爆が第2次大戦の終結を早め、多くの人命を救った」という、米国で拡散された正当化論だ。
無差別大量虐殺に対する非難をかわす方便に過ぎないが、神話は今も根付く。「それは間違っていると言い続けなければならない。原爆神話を打ち破るということが大事だと思っています」
広島市長時代の平岡敬さん=平成11年2月22日、広島市役所真意を直接取材した。「過ちを認めさせることから核廃絶への道が開けます」と平岡さん。その思いを一層強くしたのは、2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵略だという。
米欧など西側諸国による非難をよそに、ロシアのプーチン大統領は核の威嚇を繰り返す。
「なぜそういう態度を為政者に取らせてしまうかといえば、米国が80年前、原爆を広島、長崎に投下した行為を『間違っていた』と認めていないから」。あえてロシア側に立てば、「米国に核についてあれこれ言われる筋合いはない」(平岡さん)との理屈になってしまうわけだ。
被爆地・広島としては「(核保有国に)そういう口実を与えてはならない」。だから、米国の投下責任をあいまいにしてはいけないのだという。
若い世代に望み
平成28年5月には、オバマ元米大統領が現職大統領として初めて広島市を訪れた。「核なき世界」へ、思いこそ述べたものの、投下責任には触れず、謝罪もなかった。在任中のレガシー(政治的遺産)をつくるための舞台に広島がなってしまったとの見方すらある。
令和5年の先進7カ国首脳会議(G7サミット)で広島を訪問したバイデン米大統領からも原爆投下を悔いる言葉は出なかった。
広島を訪問したオバマ米大統領(当時)に抱きしめられる被爆者の森重昭さん(右)。夫婦で核廃絶を訴えてきた=平成28年5月、広島市中区日本政府は経済的かつ軍事的に緊密な関係を築く同盟国・米国に対し、今日に至るまで投下責任を問うていない。投下直後には、日本が米国側に国際法違反だと抗議したが、戦後、かつての敵国は同盟国へと姿を変え、日本は米国の「核の傘」の下に入っている。
平岡さん自身は被爆者ではないが、外地から引き揚げ、長らく新聞記者として、被爆者の苦しみや怒りに接していた。こうも考える。
「恨み続けるわけではない。ただ『原爆投下は間違っていた』と米国が非を認めない限り、被爆者の無念は晴れないと思っています」
米国が将来、原爆投下の過ちを認めることはあり得るのだろうか。
平岡さんは、先の大戦で日系人を強制収容した過ちを1988年、レーガン米大統領(当時)が認め、謝罪した経過を引き合いに、必ずしも「神話」にとらわれていない米国の若い世代にいちるの望みを見いだしたいという。
もっとも、現実は厳しい。トランプ米大統領は6月25日、米軍によるイランの核施設攻撃がイスラエルとイランの「戦争を終結させた」とし、広島や長崎への原爆投下と「本質的に同じことだ」と述べた。まさに原爆投下の正当化であり、発言から責任や反省は感じられない。
「『未来志向』という美辞麗句のもとで米国の機嫌を損なわないようにしてきた結果が今日の状況」(平岡さん)。トランプ氏の発言に対し、日本政府は公式に抗議などはしていない。(矢田幸己)
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ひらおか・たかし 昭和2年、大阪市生まれ。日本統治下の朝鮮・京城(現ソウル)や広島市で育った。中国新聞記者、同社編集局長、中国放送社長などを歴任。平成3年の広島市長選で初当選し、2期務めた。市長時代の1995年には、オランダ・ハーグの国際司法裁判所で核兵器の国際法上の違法性を訴えた。