光合成をしない植物が「葉」をもつ理由が明らかに

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進化の過程で光合成をやめた植物の一種であるギンリョウソウには、いまも葉が退化した器官が残っている。その謎に東京都市大学の研究チームが迫った。
Photograph: rockptarmigan/Getty images

純白の鐘のような花を咲かせる「ギンリョウソウ(銀竜草)」は、アジア固有の菌従属栄養植物だ。東アジアから東南アジア、さらには日本全土に広く分布し、針葉樹林や広葉樹林の湿った腐植上に生育している。地上に顔を出すのは4月から8月の開花期のみで、その部分は5cmから20cmほどに成長する。

菌従属栄養植物とは、自身では炭素を合成せず、地下に共生する菌類から間接的に樹木由来の栄養を受け取って生きる植物を指す。つまり、光合成をしなくても生きていける植物だ。世界には約530種、日本には約70種の菌従属栄養植物が分布しているとされる。

Photograph: PICCOLOGEOGRAPHIC/Getty images

葉緑素をもたないギンリョウソウは全体的に色が白く、葉は小さな魚のうろこのように薄く平たい器官へと退化している。この鱗片葉には光合成能力がない一方、地上部の17%もの質量を占めている。本来なら必要ないはずの“葉”がそれだけ残されているわけだが、その理由は長らく謎に包まれていた。

そしてこのほど、東京都市大学の研究チームはギンリョウソウの地上部に含まれる各器官の形態と質量を精緻に測定し、鱗片葉が担う役割を明らかにしたのだ。

研究チームは今回、静岡県内の森林に生育するギンリョウソウの41個体を対象に、花弁や萼(がく)、雌しべ、雄しべといった花器官と、鱗片葉のサイズの相関を調べた。すると、花の花器官と鱗片葉のサイズには、有意な正の相関があることがわかった。小さな鱗片葉をもつ個体は小さな花を、大きな鱗片葉をもつ個体は大きな花をつけていたのだ。

PHOTOGRAPH: TOKYO CITY UNIVERSITY
PHOTOGRAPH: TOKYO CITY UNIVERSITY

さらに、研究者たちが鱗片葉と萼、花弁の表皮細胞を比較したところ、鱗片葉の細胞はほかの器官よりも明らかに小さく、発達が抑制されていることが確認できた。つまり、鱗片葉は形としては残っているものの、組織レベルではすでに光合成機能をもたない状態へと退化していることが裏付けられたのである。

それでも鱗片葉が完全に失われていないのは、花器官との発生的なつながりが残っているからだと考えられる。研究者たちによると、植物の花は進化的には葉が変化したものであり、花弁や萼、さらには雄しべと雌しべも、かつては葉と同じ器官だったという。このことから、花を形成するには、その発生過程である一定の葉の組織が必要とされるという仮説が導かれる。

Photograph: Shohtaroh Iwasaki/Getty Images

こうした視点は、植物発生学で広く知られる「ABCモデル」とも論理的に整合するという。これは花の各器官の特徴が特定の遺伝子の組み合わせによって決まるという考え方で、花器官をつくる遺伝子がもともと葉の形成にも関与していたことから、遺伝子の働きを完全には切り離せない──。つまり、光合成をしないからといって葉の形成が完全に失われるわけではないという遺伝的制約を受けるのだと、研究者たちは考えている。

実際、ギンリョウソウの花はマルハナバチ類のような訪花昆虫(植物の花を訪れて蜜や花粉を集める昆虫)によって受粉する。昆虫を引き寄せるには、ある程度の大きさと適切な形態の花を維持する必要があり、そのために鱗片葉を維持していると解釈できるのだという。

Photograph: Yusuke Naraki/Getty Images

研究チームは今後、ギンリョウソウ以外の菌従属栄養植物や、同じツツジ科の近縁種、さらにはラン科などの完全非光合成植物にも対象を広げて、花器官と葉状器官の関係性を解析していく計画だという。こうした比較研究が進めば、植物の進化における器官の保存と機能の分化に関する理解がより深まるかもしれない。

このように、光合成をやめた植物でも、花を咲かせる以上は葉の役割を完全に放棄したわけではない。かつて炭素を固定していた器官は、花を支える構造基盤として、ひっそりとその使命を果たしているのである。ギンリョウソウの鱗片葉に刻まれた進化の痕跡は、決して無意味なものはないと静かに語っているようだ。

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(Edit by Erina Anscomb)

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