世界と米国をひっくり返すトランプ大統領、毛沢東の亡霊と重ね合わせる中国人

香港(CNN) 10代の前半を中国で過ごした丁学良さんは、毛沢東主席が掲げる革命的理想の熱烈な信奉者であり実践者だった。だが、当時の記憶がいつの日にか現職の米国の大統領によって呼び起こされることになるとは想像もしていなかった。

1966年、貧しい農民の息子だった丁さんはわずか13歳で毛沢東率いる紅衛兵のひとりとなり、中国全土の何百万人もの若者とともに文化大革命に参加した。文化大革命は、高齢の毛沢東が共産党に対する絶対的な支配権を再び確立するための10年にわたる激動の運動であり、共産主義イデオロギーの維持という公の目的も掲げられていた。

あれから約60年が経過し、丁さんは香港を拠点に中国政治を研究する著名な学者となった。米ハーバード大学で博士号を取得し、自らも支持した破滅的な運動について教鞭(きょうべん)を振るっている。

しかし、この数カ月、丁さんは毛沢東による文化大革命の不気味な残像を思いがけない場所で目にするようになった。そこは、ドナルド・トランプ大統領のいる米国だ。

はっきりさせておくなら、一党支配の独裁国家で独裁者が引き起こす致命的な暴力や混乱と、成熟した民主主義国家で選挙で選ばれた大統領が行政権を拡大しようとする分断的な試みとの間には、根本的で比較にならないほどの違いが存在する。

「全く同じではない。しかし、確かに類似点はある」(丁さん)

トランプ氏が、第2次世界大戦以降に米国の世界的な優位性を支えてきた制度や同盟、自由貿易秩序そのものをひっくり返すなか、中国では一部の人々が、半世紀以上も前に革命的な熱意を持って旧世界を打破した自国のかつての指導者を思い出している。

中国の学者や評論家は記事やSNSの投稿で、トランプ氏と毛沢東を比較している。文化大革命に言及する人がいる一方、検閲を避けるために遠回しに触れる人もいる。トランプ氏が引き起こす混乱への明らかな欲求や、政権内での権威主義と個人崇拝の高まりを強調する人もいた。

トランプ氏はホワイトハウスに復帰して以降、連邦政府の官僚機構を混乱させてきた。省庁を解体し、当局者を粛清し、公務員を削減した。保守派が「ウォーク(意識が高い人たち)」とみなすイデオロギーとの戦いを仕掛け、丁さんの母校でもあるハーバード大を含む名門大学を「リベラル思想の洗脳」と攻撃して連邦政府からの助成金などを削減すると威嚇した。トランプ氏はまた、製造業の雇用を米国に呼び戻すことや、「米国の労働者を第一に考える」ことを約束している。

丁さんはトランプ氏の中に、かつて若き紅衛兵として崇拝していた毛沢東との驚くべき類似性を見いだした。両者には大きな違いがあるにもかかわらず、知識人エリートに対する深い軽蔑と官僚機構への根深い不信感、そして、農民やブルーカラーの労働者に向けた大衆的な訴えかけを共有している。

毛沢東主席=1952年2月21日/AP

毛沢東の模倣

文化大革命の間、毛沢東率いる紅衛兵は「四旧」と呼ばれる「旧風俗」「旧文化」「旧習慣」「旧思想」に戦いを挑み、共産主義以前の中国の過去の名残を消し去ろうとした。(その結果、中国で最も貴重な歴史的・文化的遺物の一部が広範囲にわたって破壊された)

文化大革命は、「まず破壊して、それから建設する」という毛沢東の長年にわたる信念、つまり、古い制度やイデオロギーは新しいものに置き換える前に破壊されなければならないという考え方から生まれたものだ。

丁さんは、毛沢東の理念の敵とされた教師や知識人、政府高官を辱めるための公開の集会に積極的に参加した。

「私は3世代にわたる貧しい農民の家庭に生まれ『紅五類』の一つだったため、文化大革命に特に熱心だった。当時、文化大革命は我々にとって非常に重要で、素晴らしいものだと感じていた」(丁さん)

だが、中国が10年間の悲惨な経験を通して学んだように、物事は再建するよりも破壊するほうがはるかに容易だ。毛沢東による暴力的な大衆運動によって、学校は閉鎖され、政府はまひし、経済は崩壊し、宗教的・文化的遺産は破壊された。この混乱が収まるのは、1976年に毛沢東が死去した後のことだった。専門家の推計によれば、文化大革命によって50万人から200万人が命を落とした。

現在、中国人の一部は、トランプ氏が米国で引き起こしている変化を理解するために自国の歴史における激動のページを振り返っている。

紅衛兵が主導したソ連大使館前のデモには約20万人が参加した=1966年8月、北京/AP

毛沢東の熱烈な崇拝者は、米国の大統領が尊敬すべき最高指導者の革命のための戦略を借用しているようにみえることに誇りを感じている。あるブロガーは、トランプ氏が2月に行った「祖国を救うものはいかなる法も犯さない」というSNSへの投稿を、毛沢東の象徴的なスローガンである「造反有理」になぞらえた。

このブロガーは「トランプ氏は毛沢東主席のまねをするのが得意だ。トランプ氏こそ中国の真の敵だ」と結論づけた。

トランプ氏に対する中国人の認識について調査している独立系のアナリスト、ウー・チアンさんによれば、別の毛沢東のファンは、トランプ氏がロシアのウラジーミル・プーチン大統領に接近する一方で、ウクライナと欧州に背を向けていることを称賛している。

最初の任期以来、トランプ氏は中国の民族主義者の間で「川建国(『建国者トランプ』の意味)」というあだ名が付けられている。これは、トランプ氏が米国を弱体化させることで中国を強くしているというからかった表現だ。

中国のリベラル派の一部からは、トランプ氏が第2期の最初の100日間で行政権を徹底的に拡大して、報道の自由や学問の独立、法の支配を攻撃したことをめぐり、不信や不満、失望の声が上がる。

中国のSNSでは、ユーザーが米大使館のアカウントのコメント欄で失望を表明し、米国がもはや信じていた理想とは似ても似つかないものになってしまったと悲嘆の声がもれた。

米大使館の微信(ウィーチャット)のアカウントのコメント欄には「私は常に米国が正義と公平さを体現し、世界にとって希望の光だと信じてきた。しかし、最近の米国の行動には完全に幻滅した。多くの中国人の米国への信頼は打ち砕かれた!」との投稿が寄せられた。

第2次政権が100日目を迎えたことを記念して開催された集会に参加するトランプ大統領=4月29日/Evelyn Hockstein/Reuters

米国式の文化大革命

中国のリベラル派は長年にわたり、毛沢東以降で最も権力を掌握した習近平(シーチンピン)国家主席の下で、文化大革命への回帰が徐々に進行していると静かに警告してきた。毛沢東の熱心な信奉者である習氏は中国を独裁政治へと近づけ、文化大革命時代を彷彿(ほうふつ)させると指摘が出るやり方で個人の自由を制限してきた。

そのため、ジョー・バイデン前米大統領の下で米中間の競争について「民主主義対権威主義」と位置付けていた米政界で権威主義的な方針転換が起こりつつあるのを目にしたことは、リベラル派にとってはなおさら衝撃的だった。

第2次トランプ政権が始まってひと月も経たないうちに、北京の憲法学教授の張千帆さんは「米国式の文化大革命」の出現をすでに警戒していた。「文化大革命は本質的に権力闘争だった」

毛沢東は自身が推進した大躍進政策が引き起こした3年にわたる飢餓で権威がむしばまれ、不安に陥っていた。自身が築いた体制にも疑念を持ち、「ブルジョア階級の代表者」が共産党や政府、軍、文化界に潜り込んでいると主張した。

同様に、トランプ氏は、「ディープステート(影の政府)」が自身を狙っていると信じている。そして、毛沢東のように、体制の外側にいる忠誠を誓う人たちに頼って体制を再構築し、自身の意のままに操ろうとしているという。

張さんは「毛沢東は紅衛兵を解き放ち、警察や検察、裁判所を『粉砕』し、忠実な革命家が国家機関を掌握できるようにした。トランプ氏は腐敗や無駄、非効率を撲滅するというスローガンの下、イーロン・マスク氏と6人の若きシリコンバレーの幹部をホワイトハウスに招き入れた。これはまるで『文化大革命指導部』が党中央指導部に入ったかのようだ」と指摘した。

張さんは米政界で個人崇拝の兆候が強まっていることにも不安を感じている。

張さんは4月、連邦通信委員会(FCC)のブレンダン・カー委員長がトランプ氏の横顔の形をした金色のピンバッジを胸につけている写真をSNSで見かけたとき、最初はフェイクニュースがパロディーだと思ったという。

中国では、このようなバッジは政治的に強い象徴性を持つ。文化大革命の間、毛沢東のバッジは紅衛兵をはじめとするあらゆる人たちが身に着け、毛沢東への忠誠と革命への献身を公に示すものだった。

毛沢東の肖像画の前で、制服を着て「毛沢東語録」を読む子どもたち/Hulton Archive/Getty Images

民主主義の灯台

さまざまな類似点はさておき、トランプ氏の2期目の最初の100日間は、中国を荒廃させ、何百万人もの人々が迫害され、党の集計によれば170万人以上が死亡した毛沢東による文化大革命とは根本的に異なっている。

トランプ氏は毛沢東と異なり、全米の若者を動員し、全国規模の自発的な政治運動を組織することはなかった。丁さんは、2021年1月に起きた連邦議会議事堂襲撃事件は似たような事案だったが、大々的に広がることはなく、国家的な反乱には至らなかったと指摘した。

丁さんによれば、2人の世界的な野心にも大きな違いがある。

「毛沢東の文化大革命は、中国がソ連に取って代わり世界のプロレタリア革命の唯一の指導勢力になるという壮大な目標を掲げていた。一方、トランプ氏の運動にはそのような野心的で国際主義的なビジョンが欠けている。それどころか、トランプ氏は世界の自由民主主義陣営における米国のイメージや信頼、影響力を著しく毀損(きそん)した」(丁さん)

多くの点で、トランプ氏は世界秩序を再構築している。数十年にわたり西側諸国にとっての安全保障の礎となってきた大西洋を横断した同盟を崩壊させ、アジアの同盟国に防衛費の負担増を迫った。世界的な関税戦争の標的を中国に絞り込み、事実上、世界最大の経済大国同士の貿易を遮断した。米中両国はその後、90日間の関税引き下げを発表している。

独立系アナリストのウーさんによれば、トランプ氏は中国にかなりの支持基盤を持っている。その支持基盤は多くの人が予想するよりも大きい。

「知識人やエリート層、一般大衆まで、トランプ氏への熱狂は中国の現在の政治体制に対する、より深い不満を反映している」(ウーさん)

多くの毛沢東主義者にとって、トランプ氏は、中国を毛沢東時代の社会的平等と思想的純粋さに近づけることができる政治運動への新たな憧れを呼び起こしたという。

実業界のなかには、トランプ氏の過激なやり方が中国に痛みを伴う改革を実行させるきっかけになると信じる人もいる。そうした人たちのトランプ氏に対する支持は変化に対する切望という象徴的な意思表示だ。

「そうした人たちに共通するのは、トランプ氏のような運動、あるいは、文化大革命のような政治的な変革が中国で起こること、つまり、現状を打破する方法を望んでいるということだ」(ウーさん)

憲法学教授の張さんも、トランプ氏の大統領再選は米国における広範な政治に対する不満を反映していると指摘した。

「こうした文脈において、米国の『文化大革命』は民主主義の失敗に対する必死の反応と見ることができる」(張さん)

それでも、張さんは過度に悲観的になる必要はないと考えている。

毛沢東の最後の10年間の混乱と破壊の後、中国はイデオロギー闘争と階級闘争の熱狂から離れて、経済成長に重点を移した。世界に向けて門戸を開き、米国が築き上げた世界秩序を受け入れた。その後のことは周知の通りだ

「結局のところ、どの国も間違いを犯す。重要なのは、それを適宜修正できるかどうかだ」と張さん。

「今、米国では社会契約の破壊と修復が激しい争いを繰り広げている。トランプ氏と『MAGA(米国を再び偉大に)』運動が永続的な損傷を与える前に、米国がその契約を修復できれば、まだ希望はある。『民主主義の灯台』は再び輝くことができる。(張さん)

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