ガザ紛争:欧州がイスラエルの自衛権を支持し続けるのはなぜか
イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの攻撃が止む気配を見せない。
2023年10月にパレスチナのイスラム組織ハマスがイスラエルに大規模な襲撃を仕掛け、これに対抗してイスラエルがガザ地区への大規模な攻撃を始めてから、少なくとも6万人を超える死者が出ているという(ハマス運営の保健省による)。
「とにかく一刻も早く、停戦してほしい」と思う人は多いだろう。
英国に住む筆者も同感だが、不思議に思うのは英国も含む欧州主要国の政府が「イスラエルの自衛権を尊重する」と言い続けていることだ。
16日には国連人権理事会の調査委員会が報告書を発表し、イスラエルがガザ地区のパレスチナ人に対してジェノサイド(集団殺害)を行っていると認定したが、欧州各国が「自衛権を尊重」の看板を下ろす流れを作るまでには至らないようだ。
その背景を探ってみた。
焦土と化したガザ地区 アルジャジーラより
なぜ欧州はイスラエルの自衛権を支持し続けるのか?
欧州がイスラエルの自衛権を繰り返し強調するのは、歴史的、政治的、法的、そして戦略的な理由が複雑に絡み合った結果であるようだ。
主な要因として以下が考えられる。
ホロコーストの歴史的責任と遺産:欧州諸国、特にドイツは、ホロコースト(ユダヤ人の大虐殺)に関して重大な道徳的・歴史的責任を負うと認識されている。この歴史は、イスラエルの安全保障に対する長年にわたる政治的支援へとつながった。
国際法の枠組み:国連憲章(第51条)に基づき、すべての国は攻撃を受けた場合、自衛権を有する。イスラエルの自衛権を強調することで、欧州の指導者たちは、後に均衡性や文民保護を求める声を付け加える場合でも、自らの発言をこの国際法の原則に根ざしたものにしている。
国内政治と世論:多くの欧州諸国には、影響力のあるユダヤ人コミュニティと強力な親イスラエル派のロビー活動が存在する。同時に、各国政府は、親パレスチナ派の世論の高まりとバランスを取ろうとしている。
戦略・安全保障パートナーシップ:イスラエルは、テロ対策とサイバーセキュリティにおいて、欧州にとって重要な安全保障・情報協力パートナーだ。イスラエルを支援することで、欧州諸国は自国の安全保障にとって有益と考える協力関係を維持できる。
米国との連携:欧州は、中東政策において米国との足並みを揃えようと努める傾向がある。イスラエルの自衛権を支持する米国とあまりに大きく乖離すると、西側諸国の結束が弱まる可能性があるためだ。
欧州は歴史的責任、法的枠組み、政治的慣習、そして米国との戦略的連携のために、イスラエルの自衛権を支持する立場を維持している。同時に、世論と人道的懸念のバランスを取ろうとしている。
しかし、欧州は一枚岩ではなく、国ごとに歴史的背景・国内政治・外交関係によってニュアンスが違う。
欧州各国の対応の違い
ドイツ:最も強くイスラエル支持を表明する国。理由はホロコーストの歴史的責任である。ドイツの指導者は「イスラエルの安全はドイツの国益」と繰り返す。政治的には保守・リベラル政党を問わず超党派的なコンセンサスがある。
オーストリア:ドイツと同様に歴史的責任を意識しており、イスラエル支持の声明を頻繁に出す。
フランス:イスラエル支持を表明しつつも、同時に「民間人保護」やイスラエルとのパレスチナの間の「二国家解決」を強調。フランスには世界最大級のユダヤ系人口と、同時に大規模なアラブ・ムスリム系コミュニティがあり、国内世論が二分されやすい。中東諸国との外交関係も重視するため、ドイツほど無条件にイスラエル寄りではない。 スペイン:EU主要国の中では比較的パレスチナ寄りの姿勢をとる。近年、スペイン政府はパレスチナ国家承認に積極的で、イスラエルへの軍事行動について強い批判を発することも多い。左派政党の影響もあり、人権・人道的観点からイスラエルを厳しく批判する傾向が強い。
アイルランド:EU内で最もパレスチナ寄りの声を上げる国の一つ。長年、アイルランドは「植民地主義・占領に抵抗するパレスチナ」と自国の歴史(英国による支配)」を重ねる見方をする人が多い。そのため、イスラエルへの「防衛権」支持よりも、パレスチナの権利擁護に重きを置く。
イタリア:伝統的にイスラエルと良好な関係を維持。保守政権下では特にイスラエル寄りだが、左派政権時には人道的観点を強める。
英国:公式立場としては、イスラエルの「自衛権」を一貫して支持。ただし「国際人道法の遵守」「民間人被害の最小化」を強調するのが常だ。英国は歴史的にパレスチナ問題に深く関与してきた(第一次大戦後の委任統治やバルフォア宣言など、後述)。中東に強い戦略的利害を持ちつつ、米国との「特別な関係」から対イスラエル政策も米国寄り。与党・労働党は指導部や支持層によって揺れが大きく、ジェレミー・コービン氏が党首だった時代(2015-20年)にはパレスチナ寄りが目立ち、党内で論争になった。
欧州全体で見ると・・・
歴史的背景・安全保障の立場・国内世論によって「イスラエル寄り」「パレスチナ寄り」「バランス型」に分かれる。
ロシア:公式立場としては、イスラエルの「自衛権」には一定の理解を示す一方で、パレスチナ寄りの発言も多い。ソ連時代はパレスチナ解放を目ざすアラブ人の統一指導組織「パレスチナ解放機構(PLO)」の支援国だった。現在はイスラエルともシリア情勢などで協力関係を持つ一方、ハマスやイランとも対話ルートを維持する。ウクライナ戦争後、西側と対立する中で「グローバルサウス寄り」を強調し、パレスチナ支持を外交カードとして利用する傾向が強まっている。
北欧・スカンジナビア諸国
スウェーデン:2014年にEU主要国として初めてパレスチナ国家を承認。人道支援に積極的。イスラエルとの関係は冷え込み気味。
ノルウェー:オスロ合意の仲介国。伝統的に「和平プロセスの仲介役」を強調。基本はバランス志向だが、人道支援面ではパレスチナ寄り。
デンマーク:EUの主流と同調。イスラエルの自衛権を支持しつつ、ガザの人道状況に懸念を示す。
フィンランド:イスラエル寄りではないが、明確にパレスチナ側に立つことも少ない。EUコンセンサスに従う「穏健バランス型」。
東欧・中欧
ポーランド、チェコ、ハンガリー、ルーマニアなどは、伝統的にイスラエル支持が強い。理由は強い対米依存(米国の中東政策に足並みをそろえる)があるからだ。旧ソ連への警戒感から「西側との結束」を重視。
国内的には大きなユダヤ人コミュニティは少ないが、キリスト教保守政治の影響でイスラエルへの同情が強い。チェコは特にイスラエル寄りで、EU内でも声高に支持を表明する国の一つ。ハンガリー(オルバン政権)は、イスラエル右派と近く、EUの対イスラエル批判声明を弱める役割を果たすことが多い。
欧州は「大枠としてはイスラエルの自衛権を支持する立場を取るが、西欧・北欧のリベラル圏は人道重視、東欧・中欧は米国寄りでイスラエル支持、ロシアはパレスチナ側に傾く」という構図になるようだ。
そもそもパレスチナとは
パレスチナは、地中海東岸に位置し、古代にはユダヤ人王国が存在し、その後はローマ帝国、イスラム帝国、そしてオスマン帝国の支配下に置かれた地域。中心都市エルサレムはユダヤ教・キリスト教・イスラム教の聖地が集まる特異な都市であり、宗教的・歴史的に国際的関心が集中する土地でもある。
19世紀末、欧州での反ユダヤ主義や迫害を背景に、ユダヤ人の間で民族的故郷への回帰を掲げる「シオニズム運動」が台頭。これによりユダヤ人のパレスチナ移住が進み、土地の買収や定住が拡大。すでに居住していたアラブ系住民との摩擦が次第に深刻化していった。
英国の「三枚舌外交」
第一次世界大戦中、英国は戦略的理由からアラブ独立を約束した「フセイン=マクマホン協定」、フランスと中東を分割する「サイクス=ピコ協定」、ユダヤ人国家建設を支持する「バルフォア宣言」を同時並行で行い、相互に矛盾する三枚舌外交を展開した。
戦後、パレスチナは英委任統治領となり、こうした矛盾が紛争の火種として残された。
イスラエル建国とパレスチナ難民問題
英国は1947年2月、パレスチナの統治を国連に委ねると宣言した。ベヴィン外相は議会で「パレスチナ問題は極めて厄介で複雑であり、委任統治の過程で矛盾した約束が含まれていたことは否定できない」と述べ、英国が三枚舌外交の矛盾を残したまま統治してきたことを認めた。そのうえで「我々には解決の責任を果たせない。国連が将来の体制を勧告するまで解決は不可能だ」とし、事実上、国際社会に問題の処理を委ねた(朝日GLOBE記事ーー【解説】イスラエルとパレスチナはなぜ「2国家」が必要なのか?ガザ地区統治の行方はーーより)。
同年11月、国連総会は「パレスチナ分割決議」を採択し、アラブ国家とユダヤ人国家を併存させ、エルサレムを国際管理下に置くという構想を打ち出した。ユダヤ人は人口では少数派だったが、全土の57%がユダヤ国家に割り当てられた。翌1948年、ユダヤ人側はイスラエルの独立を宣言し、これにアラブ側が反発し、直後に第一次中東戦争が勃発。その結果、70万人以上のアラブ系住民が故郷を追われ、「ナクバ(大惨事)」と呼ばれる、今日に至るパレスチナ難民問題が始まった。
1967年の第三次中東戦争でイスラエルは西岸・ガザ・東エルサレムなどを占領する。国連安保理は決議242号で撤退を求めたが、占領は継続され、ユダヤ人入植地が拡大した。
この「軍事占領と入植」がパレスチナ人の権利侵害と対立の構造を固定化し、1987年には民衆蜂起「第一次インティファーダ」が起きる。「インティファーダ」とは広義のアラビア語で「民衆蜂起」を意味する。
オスロ和平合意
1993年のオスロ和平合意は、イスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)が互いを承認し、西岸とガザでの暫定自治を定めた。しかし、エルサレムの地位、国境線、難民帰還、入植地問題といった核心的課題は先送りされた。その後も入植拡大が続き、和平の基盤は揺らいだ。2000年には協議が決裂し、第二次インティファーダが発生。暴力の応酬と相互不信が決定的となり、オスロ体制は事実上崩壊した。
現在も西岸では入植地と隔離壁による分断が進み、ガザでは封鎖と度重なる軍事衝突により人道危機が続いている。国際社会は「二国家解決」を掲げてきたが、現実にはイスラエルの占領政策とパレスチナ政治の分裂が重なり、和平の展望は閉ざされたままだ。
全体の面積に占めるパレスチナ自治区=オレンジ色=の割合(「パレスチナ子どものキャンペーン」のサイトよりキャプチャー)
現在のパレスチナは「ガザ地区」と「ヨルダン川西地区」に分かれる。この2つの地域が「パレスチナ自治区」。人口は2つの地域の総合で約455万人、過半数が15歳以下である(「パレスチナ子どもキャンペーン」より)。
イスラエルの入植開始時、国際社会はどんな対応だったのか
イスラエルの入植政策は、1967年の第三次中東戦争後に始まる。以降、国際社会――特に欧州諸国――は入植問題をイスラエル=パレスチナ紛争の核心の一つとして扱ってきた。
この時の戦争によってイスラエルはヨルダン川西岸、ガザ、東エルサレム、ゴラン高原、シナイ半島を占領し、直後からイスラエル政府が戦略的拠点や宗教的に重要な場所に最初の入植地を建設した。
国際社会は、国連安保理決議242(1967年)で「戦争による領土の取得は認められない」とし、イスラエルに「占領地からの撤退」を求めた。ただし「入植」自体への明確な批判はまだなかった。米国・西欧は「安全保障のための一時的占領」と捉える傾向が強かった。
1970年代
入植は拡大し、特に1977年以降リクード政権の下で大規模化する。国連は繰り返し「入植は国際法違反」との決議を採択し、欧州は徐々に「入植は国際法違反」とする立場を明確化していった。特に1973年以降のオイルショックでアラブ諸国との関係を重視するようになり、イスラエルへの批判が強まる。
1980年:ヴェニス宣言
欧州共同体(EC=EUの前身)が初めて本格的な中東和平方針を発表する。その中で、「パレスチナ人の自決権を支持」と「イスラエルの入植活動は国際法違反」と明言した。これ以降、欧州は「入植=違法」という公式立場を維持して現在に至る。
1990年代(オスロ合意期)
オスロ合意(1993年)により入植活動が凍結されることを期待されたが、実際には拡大。欧州諸国は和平プロセスを積極的に支援しつつ、入植を「和平の障害」と批判し、英国・フランスなどの主要国も、国連で「入植反対」の票を入れるようになった。
2000年代(第二次インティファーダ後)
入植拡大が加速する。とくに「分離壁」の建設が国際的批判を呼ぶ。
2004年、国際司法裁判所(ICJ)が「分離壁は国際法違反」と勧告的意見を出す。同年、欧州司法裁判所(ECJ)は「入植地産品はイスラエル製品と認められない」と判決。EUは以降、入植地産品に関税優遇を適用しない方針を明確化。
2010年代
国連では2016年、安保理決議2334が採択され、「イスラエルの入植活動は国際法上無効」と明言した(オバマ米政権は拒否権を行使しなかった)。
現在(2020年代)
EUは、依然として「入植=国際法違反」との立場をとる。特にアイルランド、スペイン、スウェーデンなどが厳しく批判している。ただし、制裁などの強制力はほぼなく、イスラエルとの経済関係を優先する国も多い。
パレスチナ人の人権を欧州を含む国際社会はどう考えているのか?
欧州各国の政府が「イスラエルの自衛権」を強調すればするほど、パレスチナの人々が日々直面する暴力・占領・人権侵害が軽視されているように見えてしまう。これは多くの人が感じている矛盾だ。
公式には、EUは文書や声明で繰り返し「パレスチナ人も自決権と人権を持つ」と明記している。英国政府も公式には「パレスチナ人の権利を尊重し、二国家解決を支持する」と発言している。国連人権理事会や国際司法裁判所(ICJ)も、「入植」「ガザ封鎖」「過剰な軍事行動」はパレスチナ人の基本的人権を侵害していると繰り返し指摘してきた。つまり建前上は「パレスチナ人の人権も等しく尊重」という立場をとる。
しかし実際には、外交行動や政策は「イスラエルの安全保障」を「パレスチナ人の人権」よりも重視しているかのような印象を与えることが多い。例えば、ロシアのウクライナ侵攻では、欧州は全面的な制裁を実施した。イスラエルの入植・ガザ攻撃については、「違法」「人道的懸念」とは言うが、制裁はごく限定的。
この二重基準は中東や「グローバルサウス」から強く批判され、「パレスチナ人の命は軽く見られているのではないか」と疑念の声が出ることがある。
人種差別の要素はあるか?
欧州各国の政府は公式には差別を否定しているが、実際の言説やメディア報道には「差別的要素」があると多くの研究者・人権団体が指摘している。
例えば、パレスチナ人の死者は「数字」として扱われるが、イスラエル人の死者は「名前を持つ具体的な人物、そしてその家族の物語」として報道されやすい。
欧州の一部世論・政治家には、無意識的に「ユダヤ人は歴史的に迫害された被害者」「アラブ人は加害的で暴力的」という固定観念が残っていると言われている。
アムネスティー・インターナショナルなどの国際的なNGOは、イスラエルの政策を「アパルトヘイト」と呼び、パレスチナ人への人種差別的支配を指摘している。そのレポートは欧州政府にも届いているが、外交的に「正面から採用」するのは稀。政府レベルよりも、市民社会・NGO・学界の方がパレスチナ人の人権問題を強く訴えているといえるだろう。
日本政府の対応は?
日本は一貫してイスラエルとパレスチナが平和裏に共存する二国家解決を支持している。国連決議に基づき、入植は国際法違反とみなす。
イスラエルとの関係では、1970年代以降、米国との同盟関係を意識しつつ、イスラエルとも経済・技術協力を拡大し、近年はハイテク・イノベーション分野で協力を強化している。 パレスチナとの関係では、パレスチナ自治政府を国家としては承認していないが、実質的に「国家的存在」として扱う。
直接的な政治介入は避けつつ、人道支援・経済協力に注力する。例えば、ガザ、ヨルダン川西岸でのインフラ整備、雇用創出支援(JICAを通じた支援)。日本・パレスチナ・イスラエル・ヨルダンの4者による地域協力を通じてパレスチナの経済的自立を促す取り組み「平和と繁栄の回廊」構想(2000年代)もある。
国連や国際会議では「国際法遵守・暴力の自制」を呼びかけるが、欧州のような制裁には踏み込まない。米国のイスラエル寄り姿勢と、アラブ諸国との関係維持の間で「バランス外交」を展開している。
国連会合、パレスチナの国家承認
今月22日、国連本部でパレスチナに関する首脳級会合が行われる。
二国家解決が議題となるが、焦点の1つがこの時期に合わせてパレスチナを国家承認するかどうかだった。
これまでに約150カ国が国家承認しているが、最近になってフランス、カナダ、オーストラリア、ベルギー、ポルトガル、ルクセンブルク、マルタ、英国などが国家承認する方針を表明している(21日、英国、オーストラリア、ポルトガルなどが承認へ)。
日本政府は17日、承認表明を見送る方針を決めた。承認国が広がることでイスラエルを硬化させ、情勢を悪化させる恐れがあると判断したためだ。
米国はパレスチナの国家承認に反対している。
NHKの「国際報道2025」キャスター辻浩平氏の分析によると、「残念ながらパレスチナ国家が承認されたとしても、イスラエルによる占領の現実は変わらないまま」だ。「それでも、これまでとは違うレベルの圧力をイスラエルにかけることの意義は、過小評価すべきではありません」。
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編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2025年9月22日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。