デスクワークをするだけで健康は蝕まれる…「週末の運動だけでは不十分」座りすぎのリスクを軽減する方法(プレジデントオンライン)
10:17 配信
長時間座り続ける生活は健康リスクを高める。産業医の池井佑丞さんは「座っている時間が長いと、心血管疾患、糖尿病、がんの発症リスクを高めることがわかっている。デスクワークの人には座りっぱなしを防止する対策を始めてみてほしい」という――。■平日に「8時間以上」座っている人は3割以上 毎日のオフィスワークで、気がつけば8時間以上も椅子に座り続けている──。多くのビジネスパーソンにとって、これはもはや日常の光景です。特に管理職やキャリアアップを目指す方々は、業務量の増加とともに、座位時間がさらに長くなる傾向にあります。 厚生労働省の「国民・健康栄養調査」(2013年)によると、平日の座位時間に関して8時間以上と回答した人は男性38%、女性33%にも及ぶことがわかりました(厚生労働省, 2013)。また、世界20カ国・約5万人を対象に行った国際調査でも、日本人の平均総座位時間は世界的に見てかなり長いことが報告されています(Bauman et al., 2011)。 「仕事だから仕方ない」として受け入れがちですが、この長時間の座位には、実は深刻な健康リスクが潜んでいます。心血管疾患や糖尿病、がんのリスク上昇など、座り続けることで生じる健康被害は想像以上に深刻で、キャリアを積み重ねるビジネスパーソンにとって、パフォーマンス低下や長期的な健康問題につながりかねません。 今回は、この「座りっぱなし」が私たちの身体に与える影響と、その対策についてお伝えします。■日本人は1日の座位時間が世界最長レベル 仕事で一日中PCに向かって座り続ける現代のビジネスパーソン。実は日本人の座位時間は、国際的に見て際立って長いという特徴があります。シドニー大学の調査によると、世界20カ国の成人を対象とした平日の座位時間を比較した結果、日本人は1日420分、つまり7時間で世界最長となったのです。これは世界平均の5時間を大幅に上回る数値です(Bauman et al., 2011)。
この7時間という数字は、単純計算すると1日の活動時間(16時間とした場合)の約44%を座って過ごしていることを意味します。朝の通勤電車、オフィスでのデスクワーク、昼食、会議、そして夜の帰宅電車――気がつけば私たちは立っている時間よりも座っている時間の方が長くなっている現実があります。最近の研究では、日本人の平均座位時間は約5.3時間という結果も出ており、調査手法や対象によって若干の差はあるものの、いずれも国際的に見て非常に長い水準にあることは間違いありません(Kitayama et al., 2021)。
■座りすぎると心血管疾患のリスクが高くなる では、長時間座り続けることで、具体的にどのような健康への影響があるのでしょうか。近年の医学研究では、座位時間の延長が様々な疾患の発症リスクを高めることを明確に示しています。 最も衝撃的なデータの一つが、アメリカ心臓協会(American Heart Association)のCirculation誌に発表された研究結果です。長時間の座位行動は、成人における全死因死亡率および心血管疾患の罹患率・死亡率と関連していることが疫学的エビデンスによって示されており、一部の国では座位行動を最小限に抑えるガイドラインが発表されるまでに至っています(Young et al., 2016)。 また、2022年に発表された国際的な研究では、1日8時間以上座る人は、4時間未満の人と比べて心筋梗塞や脳卒中といった心血管疾患を発症するリスクが19%増加することが明らかになりました。死亡リスクについても1日8時間以上座る人は、4時間未満の人と比べて20%増加し、とりわけ心血管疾患による死亡リスクは29%も高くなることが示されています(Li et al., 2022)。 つまり、多くの日本人に当てはまる7時間という座位時間は、まさにこの危険域に入っているといえます。■糖尿病やがんの発症リスクも高まる 長時間の座位行動は、インスリン感受性の低下や糖尿病発症リスクの上昇とも密接に関係していることが明らかになっています(Cavallo et al., 2022)。 特に、長く座り続けることで筋肉の活動量が著しく低下し、その結果としてインスリン感受性が悪化するメカニズムも解明されています(Yaribeygi et al., 2021)。筋肉は血中の糖を取り込む主要な器官であるため、その機能が低下すると血糖値の上昇やインスリン抵抗性の増大を招くのです(Abdul-Ghani and DeFronzo, 2010)。 実際、ある研究では、1日8時間以上座る人は糖尿病の発症リスクが17%高くなると報告されています(Åsvold et al., 2017)。 がんのリスクに関しても見過ごせません。 2020年、世界保健機関(WHO)は身体活動に関する新たなガイドラインを発表し、座位行動の健康リスクについて明確に警告を発しました。このガイドラインでは、長時間の座位が総死亡率や心血管系疾患、2型糖尿病の発症の上昇だけでなく、がんによる死亡率の上昇にも悪影響を及ぼすことが明記されています(WHO, 2020)。
複数の研究で、長時間座って過ごす生活が、いくつかのがんの発症リスクを高めることがわかっており、たとえば、1日7時間以上座る習慣のある人は、男性では膵臓がん、女性では肺がん、そして男女ともに食道がんの発症リスクが高まる傾向が報告されています(Ihira et al., 2020; Chen et al., 2017)。長時間の座位はがん予防の観点からも看過できないと言えます。
■動脈硬化が進み、血栓もできやすくなる ここまで述べてきたように、座りっぱなしは、さまざまな疾患との関連が明らかになっています。では、なぜ「座っているだけ」でこれほどまでに深刻な影響が生じるのでしょうか。その理由を、医学的な観点から解説いたします。 なぜ座るだけでこれほどのリスクが生じるのでしょうか。その答えは、私たちの体内で起こる代謝の変化にあります。座位状態では、特に下肢の大きな筋群の活動が停止し、これによって脂肪分解酵素であるリポプロテインリパーゼの活性が急激に低下します(Zderic and Hamilton, 2006)。この酵素の不活化により、血中の中性脂肪やコレステロールの処理能力が著しく減少すると、動脈硬化の進行が促進されます(Tsutsumi, 2003)。 また、座位時間の延長は血流の悪化を引き起こします。特に下肢では静脈還流が滞り、血液の粘度が上昇することで血栓形成のリスクが高まります(Pekas et al., 2023; Vranish et al., 2017)。これは俗に「エコノミークラス症候群」として知られる深部静脈血栓症の発症メカニズムと同様であり、オフィスでも同じリスクが潜んでいることを意味します。■朝のジョギングや週末のスポーツだけでは不十分 そして、ここで特に注目していただきたいのは、定期的な運動習慣がある方でも、座位時間が長ければリスクの軽減効果は限定的だという点です(Patel et al., 2010)。つまり、朝のジョギングや週末のスポーツだけでは、平日の長時間座位による健康被害を完全には相殺できないということです。 座ることの健康リスクは、もはや単なる警告ではなく、科学的に実証された現実です。日々のデスクワークが知らず知らずのうちに私たちの健康を蝕んでいる――この認識こそが、健康的なワークスタイルへの第一歩となるのです。 これほど深刻な健康リスクを前に、どのような対策を取ればよいのでしょうか。幸いなことに、解決策は決して複雑ではありません。 2017年にコロンビア大学メディカルセンターが発表した研究では、30分ごとに5分間立ち上がって軽く歩くだけで、食後の血糖値の上昇が58%減少し、血圧も4〜5mmHg低下したことがわかりました(Duran et al., 2023)。
さらに、別の研究では、約3000人を3年間にわたって追跡調査した結果、1時間に1回、2分間の軽い活動(例:ゆっくり歩く)を行う方は、座り続ける方と比べて死亡リスクが33%も低いことが判明したのです(Beddhu et al., 2015)。
■オフィスの工夫で身体活動が増加した企業 座位時間の削減を目指す企業の取り組みとして、「アクティブ・オフィス」の導入が注目を集めています。これは経済産業省が推進する健康経営オフィスの概念を具体化したもので、従業員の身体活動を促進し、座りっぱなしの環境を改善する職場環境です(経済産業省, 2015)。 先進的な企業では、高さ調整が可能なスタンディングデスクを導入し、従業員が立位と座位を自由に切り替えられる環境を整備しています。ある企業では、スタンディングデスク導入の効果に関する研究を行ったところ、被験者の70%が導入に満足し、業務効率の向上や心身のリフレッシュに良い影響を与えたことがわかりました(山田ら, 2018)。 また、1日に数回、計10分程度の「アクティブブレイク(ストレッチやラジオ体操などの活動的な休憩)」を導入した企業では、仕事中の座位行動が20分以上減少し、代わりに身体活動が増加したという報告もあります(Kitano et al., 2025)。さらに、オフィスの環境改善としてリノベーションを行い、回遊型通路をつくったり、共用席を設けたりしたことで座っている時間が1日あたり約40分減少し、立つ、歩くといった低強度の身体活動が1日あたり約24分増加したといった研究結果もあります(厚生労働省, 2023)。 これらの取り組みは単なる設備の変化にとどまらず、自分自身の健康への意識を見直すきっかけになります。アクティブ・オフィスの導入により、プレゼンティーイズム(体調不良による生産性低下)の改善効果も期待され、健康経営優良法人の認定を目指す企業にとって重要な戦略となっています。■今すぐ始められる「脱・座りっぱなし」アクション 最後に、明日から実践できる具体的なアクションプランをご提示します。 個人でできる基本対策 1.スマートフォンのリマインダー設定:スマートフォンのタイマーを30分にセットし、30分ごとに立ち上がる習慣をつける2.水分摂取の増加:トイレに立つ回数を意図的に増やす3.通話は立って:電話は立ってかける4.ランチタイム散歩:昼休みに10分でも歩く時間を作る チーム・部署での取り組み 1.立ち会議の導入:週1回から始める
2.スタンディングデスクや共有ワークステーションの導入:仕事のタスクや気分に応じて作業場所を移動したり、作業姿勢を変える
■まずは「30分に1回立ち上がる」から 座りっぱなしによる健康被害は、気づいた時には手遅れになりかねない「サイレント疾患」です。しかし、その対策は決して難しくありません。30分に1回立ち上がる、これだけで大きな変化が生まれる可能性があります。 あなた自身の健康を守るために、今日から「脱・座りっぱなし」の一歩を踏み出してみてください。 明日の朝、オフィスに着いたら、まず30分タイマーをセットしてみましょう。あなたの未来を変える、小さくて確かな一歩がそこから始まります。 ※参考資料・日本運動疫学学会・国立健康・栄養研究所・東京医科大学 「WHO身体活動・座位行動 ガイドライン (日本語版)」 2020・厚生労働省 「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」・Jindo T, Kai Y, Kitano N, Makishima M, Takeda K, Arao T. Impact of Ergonomics on Cardiometabolic Risk in Office Workers: Transition to Activity-Based Working With Height-Adjustable Desk. J Occup Environ Med. 2021 May 1;63(5):e267-e275.・Duran AT, Friel CP, Serafini MA, Ensari I, Cheung YK, Diaz KM. Breaking Up Prolonged Sitting to Improve Cardiometabolic Risk: Dose-Response Analysis of a Randomized Crossover Trial. Med Sci Sports Exerc. 2023 May 1;55(5):847-855.----------池井 佑丞(いけい・ゆうすけ)産業医プロキックボクサー。リバランス代表。2008年、医師免許取得。内科、訪問診療に従事する傍らプロ格闘家として活動し、医師・プロキックボクサー・トレーナーの3つの立場から「健康」を見つめる。自己の目指すべきものは「病気を治す医療」ではなく、「病気にさせない医療」であると悟り、産業医の道へ進む。労働者の健康管理・企業の健康経営の経験を積み、大手企業の統括産業医のほか数社の産業医を歴任し、現在約1万名の健康を守る。2017年、「日本の不健康者をゼロにしたい」という思いの下、これまで蓄積したノウハウをサービス化し、「全ての企業に健康を提供する」ためリバランスを設立。
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プレジデントオンライン
最終更新:6/17(火) 10:17