サントリーHD海外戦略に暗雲、創業家社長に試練-新浪氏退任で
サントリーホールディングス(HD)の鳥井信宏社長は、就任からわずか半年で試練に直面している。成長のけん引役だった新浪剛史氏が、違法性の疑いのあるサプリメント購入で警察の捜査を受けて会長を退任し、海外戦略を含む事業の持続・拡大と信頼回復が急務となっている。
「経営戦略は何ら変わることはない」。鳥井氏は2日の緊急会見で、新浪氏が進めてきた方針を維持する考えを示した。会長退任の影響が業績や信頼に及ぶ懸念もあり、「先頭に立って事情を説明させて頂き、1日も早い信頼回復に努めていきたい」と述べた。
新浪氏は3月に社長職を鳥井氏に譲り、会長として主に海外戦略をサポートする役割を担っていた。両者とも「二人三脚」の経営を強調してきただけに、抜けた穴は大きい。国内外の政財界とのネットワークや積極的なメディア露出を通じた発信力も新浪氏の強みで、埋めるのは容易ではない。
みずほ証券の佐治広シニアアナリストは、サントリー食品インターナショナル(サントリーBF)の上場維持の是非、国内のビールシェア拡大、海外でのRTD(開封後すぐに飲める酒類)の展開など課題が山積しており、「うまくマネージできるか不安だ」と述べた。
白羽の矢
サントリーHDが創業家以外から新浪氏を社長に招いたのは異例の決断だった。白羽の矢を立てたのは当時社長だった佐治信忠会長だ。佐治家は創業者・鳥井信治郎の次男から続く家系だ。
「世襲と経営 サントリー・佐治信忠の信念」(泉秀一著)によると、佐治氏は国内企業で連合して基盤を固めた上で、海外に乗り出そうとしていた。しかしサントリーHDとキリンHDの経営統合が破談となり、自力展開を目指し米ビーム(現サントリーグローバルスピリッツ)との買収交渉が進む中、海外事業を任せられる人材として、ローソン社長の新浪氏を口説いた。
早稲田大学大学院でファミリービジネスを研究する淺羽茂教授は、ファミリー企業は祖業以外の新しい事業や海外に進出する際に十分な経験を持っていないことも多いと指摘。新浪氏が退任したことで、「サントリーのグローバル化進展の速度が遅くなることは懸念される」と話した。
今回の退任劇を除けば、佐治氏の狙いは当たった。新浪氏が指揮した約10年間でサントリーHDは売上高を1兆円近く増加。特にアジア・オセアニアの伸び率は2.2倍で同社にとって日本に次ぐ規模の市場へと成長し、米国も9割増と際立つ。売上高の海外比率は22年に5割を超えた。
国内では縮小するビール市場に対応し、低アルコールやノンアルコール製品を強化、グローバル戦略ではRTDで世界トップシェアを目指す。サントリーBFのオーストラリア工場では今年から主力の「-196」(イチキューロク)などの製造を始め、米国でも新ブランド「マルハイ」を発売した。インドでも昨年に拠点を設けて戦略を練っている。
先行き不安
足元は厳しい状況だ。2025年1-6月期の営業利益は前年同期比3割減の1296億円だった。前期に計上した関係会社売却益の反動に加え、米トランプ政権の関税政策による先行き不透明感や円安などが原因で酒類が大幅に落ち込んだ。食品・飲料でもベトナムとタイでの消費意欲減退が響いており、海外市場の悪化が重くのしかかる。
鳥井氏は4月のブルームバーグとのインタビューで、関税の影響次第で日本産ウイスキーの輸出先や配分量を変える可能性があると示唆した。
昨年12月の社長交代会見の際、新浪氏は鳥井氏を次期社長として育てることが、佐治氏に託された役目の一つだったと明かした。皮肉にも当の新浪氏が招いた危機をいかに乗り越えられるか。鳥井氏には経営者としての手腕が早くも問われている。