〔アングル〕欧州最大のギャンブル市場イタリア、税収増だが「依存症」の暗い影も
[ピサ(イタリア) 5日 ロイター] - 元鉄道職員のルチアーノさん(69、偽名)がイタリア中部の都市ピサにある依存症治療クリニックに足を踏み入れた時、長年のギャンブル生活の果てに残っていたのは身につけている服だけで、それ以外のもの──家族と暮らした家、貯金、そして尊厳──は全て失われていた。
「カジノや競馬など、あらゆる賭けにのめり込んだ。欧州中のカジノを巡って全財産を使い果たした。全て溶かしてしまった」と、彼はロイターに話した。
イタリアは欧州最大のギャンブル市場となりつつあるが、ルチアーノさんの窮状はその背後にある暗い現実の一端を表している。オンラインやスマートフォンの普及に伴い、ギャンブル市場に誰でも容易に手を出すことができるようになった。
イタリアはギャンブル産業が英国、ドイツ、フランスを上回る成長を示し、カジノの総粗収益(顧客から集めた賭け金総額から事業者が支払った賞金を引いた額)は2024年に215億ユーロ(250億ドル)に達した。
Datawrapper/Stefano Bernabei<マフィアも関与>
ギャンブルの拡大は国庫を潤す一方で「家族の価値観の擁護者」を自認する保守派のメローニ首相と、カトリック教会など規制強化を求める勢力の対立を引き起こしている。
イタリア司教協議会議長のマッテオ・ズッピ枢機卿は6月に「(ギャンブルは)人を破滅させ、貧困に陥れ、多くの場合、人間関係を破壊する。だからギャンブル(の抑制に)皆が大きな努力を払う必要があるのは明白だ」と述べた。
マフィアがイタリアのギャンブル依存に関与している兆しもある。イタリア最大の労働組合、イタリア労働総同盟(CGIL)が今年まとめた「ギャンブル黒書」によると、ギャンブルは貧しく、マフィアの影響が強い南部地域で特に広まっている。
<国民に浸透>
イタリア国立研究評議会が昨年発表した報告によると、22年中に少なくとも1回はギャンブルに手を出した成人は人口の43%にあたる約2050万人に上り、割合は男性の方が高かった。またこのうち110万人は日常的に、1日に少なくとも1時間をギャンブルに費やしていた。
フランチェスコさん(52、偽名)は子どもの頃からギャンブルにはまり始めた。中学生時代にはクラスメートと机に隠れてサイコロ遊びをして100リラ(5ユーロセント)を賭け、教師に叱られた。今ではギャンブル依存症は治ったと感じているが、常に誘惑を受け続けている。
ギャンブル業界関係者は業界が「責任あるギャンブル」の促進に取り組んでいると主張。政府の監督機関も過度な規制は違法ギャンブルの拡大を招き、むしろ逆効果だと指摘する。
政府高官の1人は「イタリアはギャンブルに対して現実的なアプローチを取っている。この産業が雇用や経済に貢献していることを認識し、成長を支援することに前向きだが、リスクについては慎重に監視している」と話した。
一方、スロットマシン依存から約6カ月前に抜け出した獣医のジョヴァンニさん(44、偽名)は、政府の対策は十分ではないと批判する。「まるで政府がギャンブルを奨励しているようだ。広告がいたるところにあり、テレビコマーシャルが『簡単に勝てるチャンスがある』と煽る。自分たちで問題を作り出しておきながら解決法は持っていないかのようだ」と苛立ちを隠さない。
<オンラインギャンブルの拡大>
イタリアは過去20年間で国民のギャンブル支出が急増。新型コロナウイルスのパンデミック後には前年比15%超のペースで増え続け、24年には総額1574億ユーロに達した。
昨年のギャンブル関連の税収は115億ユーロと前年の116億ユーロからわずかに減ったが、アルコール関連の14億ユーロ、タバコ関連の145億ユーロと比べて引き続きかなりの額となっている。専門家によると、24年にギャンブル関連の税収が減ったのは税率が低いオンラインギャンブルが拡大し、税率の高いスロットマシンやスクラッチくじといった対面型ギャンブルが低迷したためだという。
Datawrapper/Stefano Bernabei依存症対策に取り組む「イル・カンミーノ」の活動家エミリアーノ・コンティーニ氏は、ギャンブルの全面禁止は現実的ではないものの、社会が支払っている「代償」にもっと正面から向き合うべきだと訴えている。「04年から24年の間にギャンブルの総額は約250億ユーロから1570億ユーロ超へと跳ね上がった。しかし税収は約70億ユーロから115億ユーロにしか増えていない。果たしてこの賭けは本当に割に合うのだろうか」と疑問を投げかけた。
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