「首相を替えれば国が変わる」という幻想…イギリスが陥った短絡的な政治の罠 スターマー政権を追い詰める「物価高・増税・スキャンダル」の三重苦
「首相を替えれば国が変わる」という幻想…イギリスが陥った短絡的な政治の罠 スターマー政権を追い詰める「物価高・増税・スキャンダル」の三重苦
・英国で再び首相退陣の危機、物価高と国債利回りの上昇が直撃
・労働党政権は増税や側近のスキャンダルにより支持率が低迷
・構造的な経済問題により、首相交代でも短期間での解決は困難
イギリスは“統治不能”な国なのか
ダウニング街10番地の官邸に住む19歳の猫、ラリーの身にもなってみてください。デービッド・キャメロンから始まり、テリーザ・メイ、ボリス・ジョンソン、リズ・トラス、リシ・スナクと、歴代の首相たちを見送ってきた彼は、今またキア・スターマー首相の退陣劇を目の当たりにするかもしれません。現在、数十名の議員がイギリス首相に対して退陣を求めています。
TBS CROSS DIG with Bloomberg過去7年間で5人もの首相が交代したイギリス。低成長と深刻な物価高が一向に改善されない現実を前に、歴代首相たちに言わせれば、イギリスはすでに「統治不能な国」なのかもしれません。有権者も政治家も変化を急ぐあまり、「まずは首相を替えよう」という短絡的な考えに至ってしまっています。
TBS CROSS DIG with Bloomberg労働党政権を揺るがす経済危機とスキャンダル
2024年、14年にわたる保守党政権が幕を閉じ、労働党が圧倒的な勝利を収めました。ブレアやブラウン両元首相以来となる中道左派政権の誕生でしたが、2年も経たないうちに勝利は暗雲に覆われています。5月の地方選挙では各地で議席を失い、ナイジェル・ファラージ率いる右派「リフォームUK」や、ザック・ポランスキー率いる左派「緑の党」の猛追を受けました。
TBS CROSS DIG with Bloombergそもそもスターマー首相は世論の圧倒的な支持を得たわけではなく、長年の混乱やブレグジットを招いた保守党への批判票、そして「チェンジ」というスローガンによって選ばれました。しかし就任後、レイチェル・リーブス財務大臣によって国の財政が予想以上に悪化している事実が明かされます。政府は物議を醸した年金削減案や、企業を対象とした400億ポンドもの増税を打ち出しました。これが雇用コストの増大や求人数の減少を招き、政権発足後から失業率は上昇、労働党の支持率は大打撃を受けています。
さらに、スターマー首相が任命したピーター・マンデルソン駐米大使をめぐるスキャンダルも政権の足元を揺るがしました。悪名高きジェフリー・エプスタインとの深い関係が2025年のブルームバーグ調査で暴かれ、首相は更迭と謝罪を余儀なくされたのです。
「債券自警団」が突きつける市場の現実
有権者が新たな候補者に目を向ける中、イギリス政治において見落としてはならない存在があります。それが市場の番人「債券自警団」です。今年5月、ギルト債と呼ばれるイギリスの30年物国債の利回りが1998年以来の最高水準に達しました。
TBS CROSS DIG with Bloomberg中東での紛争勃発以降、インフレ再燃の懸念から世界中で国債が売られ、市場は不安定な状態が続いています。日本やドイツ、アメリカなどG7各国全体で利回りは上昇基調にありますが、政治的な不透明さが重なるイギリスはとりわけ深刻です。海外投資家にとって国債の魅力が薄れ、極めて高い利回りを要求されています。
TBS CROSS DIG with Bloomberg公的債務の対GDP比が90%を突破しているイギリスにおいて、金利上昇は致命的です。直近の会計年度における利払い費は約1000億ポンドに達し、これはイギリスの年間教育予算に匹敵します。利払いに予算を奪われることで、投資や成長促進に回せる財源が削られてしまうのです。
イラン紛争が起きる前、イングランド銀行はインフレが沈静化し、2026年には目標の2%に到達して利下げが可能になると予測していました。しかし、中東の戦争による原油高でそのシナリオは崩れ去りました。スターマー政権下で経済は成長したものの、物価高によって実質賃金は低下しており、多くの家庭にとって経済成長は机上の空論に過ぎません。
TBS CROSS DIG with Bloomberg首相交代では解決しない構造的問題
国債への圧力は政界の混乱へと波及していますが、興味深いことに債券市場はスターマー首相とリーブス財務大臣を支持しています。彼らが財政ルールを徹底して守り、借金に頼る政治に戻らないよう規律を保っているからです。
一方、労働党内で次期リーダーとして注目を集めるアンディ・バーナム氏は、全く異なるアプローチを掲げています。マンチェスター市長を辞職して国政を狙う彼は、「政府は債券市場の言いなりになるべきではない」と主張し、市場暴落も辞さずに巨額支出を強行する構えを見せ、投資家を動揺させました。
TBS CROSS DIG with Bloombergイギリスが抱える社会保障費の増大、生産性の低迷、財政の余裕のなさといった経済問題の多くは構造的で根深く、短期間での解決は困難です。次の首相を待ち受けるのは、トランプ大統領が主導する激動の世界情勢です。次に官邸の黒い扉をくぐる者が誰であろうと、同じ現実に直面するでしょう。首相を替えても根本的な問題は解決しません。ダウニング街に長く居座る確実で唯一の方法は、猫になることくらいなのかもしれません。